62話 マリーは相談を受ける(後編)
授業中に突然、ゴプリダと村長に呼ばれ、私は「やっべー、何か壊したっけ?」と内心焦ったよ。たくさん魔法を失敗した後なので、若干弱気モードだったしね。
けどそんな私を見て、ゴプリダは「ギャギャギャ」とゴブリンそっくりに、村長はプルプル震えながらも穏やかに、二人は嬉しそうに笑っていた。
それもそのはず。
呼ばれた理由が、なんとも素敵な朗報だったからだ。
「実はゴプリン族全員でニョーデル村へ移住しようと思っているゴプ」
ゴプリン族がいま住んでいる集落は、村から少し離れた川原だ。
村との隔たりは少しだけ。駆け足で進めばあっという間の距離。だけど彼等にとって、その少しを埋めるのは決して簡単なことではない。
頭には二本の角を持ち、どす黒い肌にガリガリの子供のような体は誰がどう見ても魔物のゴブリン。故に同じ人間に狙われ続けてきた種族、ゴプリン族。
騙され、襲われ、同じ人間に居場所を奪われ続けてきた。
隠れて、警戒し、逃げ回る……故に心休まる土地なんて存在しなかった。
そんな彼等の苦労を知っているからこそ私はわかるんだ。
この答えを出すために、皆が勇気を振り絞ったということが。
そして、それだけニョーデル村を大好きになってくれたことが。
だから私は思わず笑顔を零す。
「本当に!? やったね!」
「ギャギャ、オマエが頑張ってくれたおかげゴプ」
「ああ、本当に感謝しているよ。ありがとう、マリー君」
二人の長は、オセロを挟みながら様々な擦り合わせを行ってきたらしい。
他種族と生活するというのは意外と大変だ。
なぜなら各種族ごとに変な習性や特殊なルールがあるからね。
例えば、シールの尻尾は勝手に掴んじゃ駄目って知ってた?
獣人族の間で、尻尾は自身と世界の神様を繋ぐ神聖なものと伝えられていて、気軽に他人が触ってはいけないものらしい。だから村の皆は、獣人族の尻尾に誤って接触しないように、普段から気をつけているんだ。
私もローズも、遊んでいる時にシールの尻尾へ触れないよう注意しているよ。
そうやって種族の大切なものを尊重し合って、村の生活は成り立っているんだ。
ゴプリン族にとってそんな他種族の流儀は、まだまだ不慣れな部分が多い。
「それでもゴプ達はこの村の一員になりたい。オマエと多くの『コーカン』を通して、一族の皆がそう思ったゴプ」
そうやって胸を張るゴプリダを見ていると、私も何だか誇らしく思えてくるよ。
やっぱり『コーカン』は凄いね!
そしてゴプリダと村長は色々な話をしてくれたんだ。
主な話題はゴプリン族の村での役割かな?
ニョーデル村は開拓村。自らの力で土地を開発し、村を発展させる役目を領主様から与えられている場所だ。
村の食料を確保する農家や狩人。道具や家を用意する鍛冶や木工の職人。土地を広げるために木々の伐採や整地を行う者や、マゼットさんのように村の特産品を作り出そうとする手先の器用な者――と、村人達は全員、何かしらの役目を持ってここにいる。
「もちろんゴプ達も村にどのように貢献するか話し合った。男は狩りや畑仕事、女は服作りに加わる方向で決まっているゴプ」
「そっか。マゼットさんも前々から人手を探してたみたいだし、ちょうど良いね」
「ああ、おかげで女達は綺麗な服を作ると張り切っているゴプ」
「さすがゴプリン族。筋金入りの綺麗好き」
「ギャギャ、オマエの赤き誓いの三角帽子がいいきっかけだったゴプ。これを被り始めて、ゴプ達は着飾ることに興味を持ち始めた」
いつか、ゴプリン族が着たくてたまらなくなるほど綺麗な服が仕上がるといいね。
そう言いながら、私とゴプリダはギャギャギャと歯を出して笑った。
すると、ここでイズディス村長が一度話を区切ったんだ。
「とりあえず、ニョーデル村についてはここまでかな」
そして次に困ったように頬を掻きながら、ゴプリダに視線を送る。
「ギャギャ、ここからはゴプリン族の問題ゴプ」
「なにかあるの?」
「ああ、大切なことだ。それでオマエに頼みたいことがあるゴプ」
村長から話のバトンを渡され、ゴプリダは私にある相談を持ちかけたのだが――
その内容に私は思わず首を傾げる。
「証が欲しい?」
「そうゴプ。ゴプ達がこの村にいてもいいと、誰から見てもはっきりわかる何かが欲しいゴプ」
それが物でも、行為でも、何でも構わない。
ゴプリン族がニョーデル村にいることが許されているとわかる何かが欲しい。
そうゴプリダは語った。
でも何でだろう?
今さらそんなの必要ないじゃん。
村長も私に同意しているけれど――
でもこれはゴプリン族の族長であるゴプリダにとって譲れないものらしい。
「確かに必要ないゴプ。今ここにいるゴプ達にはな。けれどここにいないゴプリン族は別ゴプ」
これは先の話になるが、ゴプリダはいずれこの地に離れ離れになった同胞を迎えてやりたいそうだ。
それ自体は問題無い。イズディス村長も可能な限り、彼等を受け入れてあげるつもりでいるし、村人達の同意も得ているそうだ。
「でもその時、後から来た奴らはすぐに警戒を解くことができないと思うゴプ。ゴプ達がオマエラを信用するのに費やしたものが、後から来る者にはないからな」
「つまり証は、その人達の為に必要なものってこと?」
「ギャギャ、正解ゴプ。いつかここに辿り着いた同胞達が、一目で『ここにいてもいい』と安心できるような……そんな証を作っておきたいゴプ」
村長はとりあえず入村を終えて、それから考えればいいと提案したらしい。
けどゴプリダは、この件をきっちり片付けてからじゃないと移住は出来ないと決めているそうだ。これは他のゴプリン達も同じ意見だとか。
さすがゴプリン族。綺麗好きで石頭、そして仲間想いな種族である。
彼等の固い意思を前に、イズディス村長も苦笑いを浮かべていた。
「僕もゴプリダと一緒にいろいろと考えたんだが、どうにも良いアイディアが浮かばなくてね。でも彼らがニョーデル村で暮らす為に他種族へ歩み寄るのと同じ様に、僕達もゴプリン族の考え方を尊重してあげたいのさ」
「ギャギャ、すまんゴプ」
「気にすることないさ。違う種族が共に暮らすなら、こんなことはよくある話さ」
そして行き詰った二人は、ゴプリン族と一番関わってきた私に意見を求めに来たのだ。
でもいきなり言われても、何も思いつかないよ。
「こんな時は攻略本に頼むのが一番早いよね」
そう思って私は攻略本を取り出したんだけど――
「……やっぱりやめた」
「どうしたゴプ?」
突然、本を引っ込めた私に、ゴプリダは不思議そうに首を傾げる。
「私もちゃんと考えるって前に決めたんだ。攻略本にお願いするのは、もう少し自分の頭を使ってからにするよ」
ローズがいなくなった時の後悔を、私は絶対に忘れないよ。
今までの考えなしの私とはさよならするのだ。
「むしろ攻略本よりも、ド派手で目立つものを考えてみせるよ。バラバラになったゴプリダの仲間達が自然に集まってくるぐらい凄いやつをね!」
「ギャギャ、宜しく頼むゴプ。もし全てが上手く片付いたら、お礼に良いものを『コーカン』するゴプ」
その言葉に私のエルフ耳はピコーンッと反応する。
「本当!? これはますます頑張らないとだね!」
「さすが交換の器。食いつき方が半端無いゴプ」
何を『コーカン』してくれるかはまだ内緒だって。
でも相手は嘘を付かないゴプリン族だから心配はいらないね。
もちろん、考えるのも私一人じゃないから安心してよ。
「あたしも手伝うわ」とローズが微笑み。
「私も考える」とシールが尻尾をピンと張る。
「わたくしも頑張りますわ」とサリーちゃんが胸を叩き。
「ゴプゥも一緒」とゴプララがワットと共に駆け寄ってきた。
仲間達と共に、ゴプリン族の希望を叶えてみせる。
マリーベルは知恵を合わせるよ!




