61話 マリーは相談を受ける(前編)
眉間に「うぬぬ」と皺を寄せ、今日の私は川原で白い板とにらめっこ。
大きく深呼吸をして、手をかざし、本ぐらいの大きさの板切れへ向けて、ジワジワと魔力を流していくと――パキンッ
「ああ、また割れたぁー」
白い板は私の魔力を吸収しきれずに割れてしまった。
エルフ耳をしゅーんとさせる頭の上で、手のひらサイズの妖精シルキーの叱咤が飛ぶ。
「マスター、もっと力を抑えるのです」
「ちゃんとやってるじゃん」
ぷんすかっ! と唇を尖らせる私。
今日はマゼットさんの魔法の授業で、細かい魔力操作の練習である。
近くでローズやシール、それにゴプララとワットも同じ作業に挑戦中だ。
これが上達すると力を調整することで、同じ呪文でもたくさんの応用技が使えるようになるらしい。鉄板焼きをした時のローズがまさに良い例だね。
そして精密な作業とは私が最も苦手とする分野でもある。
シルキーは今回もそんな私のお目付け役を買って出たのだ。
「当然ですの。マスターはついうっかりで、この一帯を消し飛ばせる力があるのです。そのことをきちんと御自覚して下さいの」
失礼な、そんなことしないよ。
シルキーの方こそ、もっとマスターのこと信用して欲しいよね。
するとシルキーはスッと目を細めて声のトーンを下げたんだ。
「わっちは知っていますの。先日、寝ぼけたマスターが家の壁をぶち破ったことを」
「……」
「更にその先日、カブトムシを捕まえようとしたマスターが、勢い余って大木をへし折ったことも知っていますの」
「……」
「そして花の冠を作ろうとした時も、調子に乗ったマスターのせいで花畑の一部が消滅していましたの」
あうち、諸々バレテーラ。
その後も私の頭をぺちぺちと叩きながら、お説教を続けるシルキー。
くそう、たまにはマスターの威厳を示さないと駄目だよね。
だから私はボソッとその切り札を呟いたんだ。
「アナンダのシルキーと『コーカン』しよっかな……」
その刹那、ごっふぁーっと、シルキーが私の頭の上で吐血した。
「げっふ、か、か、勘違いしないで頂きたいですの。わっちはいつだってマスターの味方……いえ、一心同体の存在。村の一つや二つを消し飛ばすぐらい、むしろウェルカムですの。
だから……だからそれだけは。トレードだけは止めて欲しいのです!
寝取りも寝取られもイケるあのクズ共にとって、シルキートレードはまさに両方楽しめる大好物のシチュエーション。ゲッスい奇声を上げながら、『ぬへへ、前のマスターのことを忘れさせてやるぜ』と、真っ赤な顔で迫り来る奴らの欲望は通常の三倍。そしてわっち達は……わっち達は……きしゃぁぁぁ――!!」
結果として小言は止んだけど、今度は血と金切り声が止まらなくなった。
やっぱり人の嫌がることはしちゃ駄目だね。
マリーベルは非を認めるよ!
先ほどから使っているこの白い板は細かい魔力操作の練習用キットだ。
白い板にはそれぞれ動物の形が刻まれていて、指定された部位に決められた量の魔力を通すと、型通りに板がくり抜かれていく仕組みになっているんだ。ちなみに私のはうさぎの形だったよ。もう粉々だけどね!
これは都で子供がこぞって使う道具らしい。なんとこの型通り綺麗にくり抜くことが出来れば、美味しいお菓子として食べられるのだ。逆に失敗すると不味い。
地味で辛い練習をお菓子という餌で乗り越える。非常に考えられた教材だね。
その証拠に我が姉、ローズは真っ先に一本釣りである。
「はわわ、口の中で蕩けるぅー」
一瞬で課題を終わらせて、リスみたいにお菓子を頬張っているよ。
やっぱりローズは凄いみたい。
マゼットさんが「まさか時代が動き出すというの……長く停滞していた魔法界が、この子を中心に」と唇を噛んでいるから間違いないね。
私の方は結局、上手く出来なくて涙目状態になったんだけど、あとでローズがお菓子を半分こしてくれたんだ。舌の上でしゅわーと溶ける食感と、口に広がる甘酸っぱさが癖になる美味しいお菓子だったよ。
次回は自分でゲットしてローズに分けてあげるのだ!
そう思いながら口をモグモグさせていると、ローズがふと問いかける。
「こういうのはエルフ族語では何ていうの?」
「うーん、カタヌキだね」
ユグドラシル的にはお祭りの定番さ。
え? ちょっと古くないかって?
ノンノン、ユグドラシルの知識だからマリーベルは無関係だよ!
私達の隣で、ちょうどシールも課題を終えたようだ。
ちょっと形が崩れているけれど、十分美味しく仕上がったみたいだね。見学していたサリーちゃんと分け合って、一緒にお菓子を食べているよ。
「んんっ、美味」
「とても美味しいですわ」
シールは青系のチェックシャツに薄水色のカーディガンを羽織り、下にはデニムのズボンを履いている。上品な中に漂う爽やかさが、シールの銀髪と良く映えるんだ。
サリーちゃんはシールと色違いで赤系が中心。
上半身は同じものを着て、下はズボンじゃなくて丈の長いスカートだ。
私とローズがお揃いなのを真似したくなったらしい。二人で顔を見合わせて微笑み合う姿といい、お菓子を並んで食べる姿といい、本当の姉妹みたいで実に微笑ましいね!
ゴプララはワットと一緒に練習しているようだ。属性が同じだと、難しい魔力操作も協力して行えるらしい。二人とも土の器を持っているから相性はバッチリだね。
ちなみにゴプララは全裸に腰布さ。
自分を曲げないゴプリン族って素敵だね!
その後、二人はベッタリと体を密着させながらカタヌキを完成させた。
「ワット君……はい、あーんゴプゥ」
「ば、馬鹿。恥ずかしいだろ……」
「食べてくれないゴプゥ?」
「……食べるに決まってる」
「ギャギャ、嬉しいゴプゥ」
そして二人は何度も「あーん」と繰り返していたよ。仲良いね。
「ゴプララ……」
「ワット君……」
その後、見つめあう二人の周りはピンク色に染まり、ハートマークが大量発生していた。
何かの魔法かな? 世界には科学で説明できない謎がいっぱいあるんだね。
マリーベルは怪奇現象を目撃したよ!
その後も私は色々ぶっ壊し、ローズは才能の片鱗を輝かせ、シルキーは随所で吐血する。
まあ、そんな感じで私達の魔法の授業は和気藹々と続いていったのだが――
そんな時、私宛てに二人の人物がやってきたのだ。
一人は綺麗好きゴプリン族の族長ゴプリダ。
もう一人は常にプルルプル震えているもやし村長のイズディスさん。
二人の長が持ってきたとある相談――
それはニョーデル村とゴプリン族の連絡係として、私が行う最後の『コーカン』だった。




