60話 マリーは春を迎える
本格的に春が訪れたョーデル村はとても活気に賑わっていた。
冬の間は内職が中心だった反動かな? 農夫たちは嬉しそうに鼻歌を歌いながら仕事に向かい、今日も畑を広げる為にザクッ、ザクッ、と桑を地面に突き立てている。
狩人は冬と獲物が変わるから仕掛ける罠やポイントが変わるみたい。ラシータが「また狩り大会しよーぜ、次は負けねえからよ」と瞳をギラギラさせていたよ。
そして今、一番張り切っていのは村長の妻マゼットさんだろう。
シルキーから学んだ服や素材の作り方を生かして、この村から世に流行を送り出すと鼻息をふんがっとさせている。シルキーもここ数日はマゼットさんにレンタル中だ。
今はまだ材料や道具を準備している段階で、毎日のように荷物を積んだ馬車が都と村を行き来している。二人で「原価がー、流通がー」と唸っている姿はとても楽しそうだ。
私とローズは相変わらず日々を楽しく過ごしているよ。
シールやサリーちゃん、そしてゴプララの五人でいることが一番多いかな。森で昆虫採集をしたり、近所のお花畑で花の冠を作って王様ごっこをしたんだ。
もちろん村の子達ともいっぱい遊んだ。主に冬の間にばら撒いた聖剣モドキが大活躍したよ。
それっ、今日もストーカーを撃退だ。
「ぬはは、勇者達よ。マリーベル王の名の下に、木剣で変態を追っ払うのだ!」
「「全裸犯アナコンダ、覚悟ー!!」」
こうして潜伏している全裸エルフを皆でポコスカやっつけるのさ!
「変態でも、全裸でも、アナコンダでもない。我は真の勇者アナンダだぁー!」
いや、全裸は正しいよ。
いい加減、葉っぱ一枚を止めて服を着れば良いのに。
春になるとああいう頭の浮かれた奴が沸いてきて困るよね!
春になって暖かくなり私達の服も一新されている。
ローズは上に白のケーブルニットのセーター、下は浅めのグリーン色のロングスカートとグレーのカラーソックスというコーディネートだ。シンプルで控えめなのが、ローズをちょっぴり大人っぽい雰囲気に仕上げているよ。
最近のローズは体つきもグッと色っぽくなってきている。
日々、成長しているおっぱいに加えて腰もくびれ、丸みを帯びた可愛い小尻がふりふりと動く姿はとっても魅力的なんだ。
まだ子供なのに大人顔負けのやわらか豊満ボディに、私の中のユグドラシルが「実にけしからん」と憤慨しているよ!
だから村のド真ん中だけど押し倒して――
それっ、罰としてお尻を揉みまくるのさ。
「あんっ、あんっ、エルフって、エルフってぇー!!」
この後、シールとサリーちゃんに引き剥がされてめっちゃ怒られた。
これも全部、暖かな陽気のせいだね。
マリーベルは春に浮かれてるよ!
ちなみに私もローズと同じ白セーターを着ているが、下はスカートではなく短パンに、足には縞々のニーソックスを履いている。こうすると上は同じでも、活発な子供っぽい雰囲気にガラリと変わるんだ。実際、スカートより断然動きやすいしね。
そんなお揃いの装いで、私達姉妹は交換所でお茶の最中だ。
二人して、鼻の奥にスーッと広がるペコロンの清涼感に顔を綻ばせる。
「やっぱりペコロン茶は美味しいね!」
「ふふふ、そうね。あたしたちのお茶だもの」
そんな私達をマジルさんは怪訝な表情で見つめている。
「嬢ちゃん達、えらく機嫌がいいな」
私はお茶をズズーッとすすりながら、含み笑いを返した。
「ペコロン茶は私とお姉ちゃんのお茶だからね」
「まあ、飲みすぎてペコロン姉妹って呼ばれるぐらいだしな」
マジルさんはそう言ってガハハッて笑ってたけど、実はちょっと違うんだよね。
前々からペコロン茶は好きだったけれど、この前遊んでいる時にペコロンの花を初めて目にして、もっともっと大好きになれたのだ。
「ふふふ、理由は私達だけの内緒だよ」
「なんだそりゃ? まあ別にいいけどよ。それよりもお前さん達が出した手紙の件なんだが――」
マジルさんはあまり興味がないみたいだね。さっさと私達を呼び出した理由について話し始めた。
それは冬直前に出したお母さんの知人への手紙についてだ。
「都で耳にしたんだが、便がいつもより遅れてるらしい。なんでも都の近くで『村喰い』が目撃されていたらしくてな……」
「村喰いって何?」
「ああ、嬢ちゃんは知らねえか……村喰いってのは、ある条件に当てはまる危険な魔物のことさ」
話によると『村喰い』とは固有の魔物の名前ではなく、国によって危険と判断された特殊な魔物達の総称らしい。わかかりやすく言うと、『魔物の指名手配犯』だ。
討伐の難易度、過去の被害の大きさ、そして魔物自体の実力。
その全てがギャングリーウルフやゴルゴベアード等とは比べ物にならないほど厄介な存在なんだってさ。
「まあ、要は強いモンスターを迂回するために、遠回りして王都へ向かってるってことだ。手紙自体が届かないわけじゃねえから安心しな」
つまり予定では春頃に来ると思っていた迎えが、少し遅れるらしい。
普通の子供ならこの話を聞いて、気落ちするだろう。大変な自活の期間が延びるからね。
でも私とローズは違うよ!
「じゃあ、もっと長く皆と遊べるね」
「そうね。せっかくの春だもの。皆でいろいろなことをしましょう」
これからの計画を思い浮かべながら、二人で微笑みあうのだ。
「まあ、嬢ちゃんたちにはその程度の問題でしかねえよな」
そんな私達の様子に、マジルさんもカカカッと大口をあけて笑っていたよ。
ちょっぴり増えたこの時間を使って、皆ともっと思い出を作ろうね。
この時、そう言いながら笑う私達は思いもしなかったんだ。
まさかこの数日後――
私が原因で、この世からニョーデル村が消滅するなんて。




