57話 マリーはローズを想う(後編)
初めての大喧嘩。
そして初めての仲直り。
すれ違っていた想いを確かめ合い、私たちはいつものペコロン姉妹へと戻る。
嬉しい。幸せだ。ローズとまたこうやって触れ合えて本当に良かった。もう二度と会えないかもしれないと思い込んで、村で泣き叫んでいた自分が恥ずかしい。
今回を通して、私はやっぱりローズが大切だって改めて思ったよ。
そして同時に、私はあることに気付けたんだ。
私はローズに馬鹿と言った。
実際そうでしょ? 勝手な思い込みで、こんなになるまで無理するんだもん。ローズは一人で抱え込んで頑張り過ぎなんだよ。
けれどローズ以上に、私はもっともっと大馬鹿だ。
ニョーデル村に来てから今まで、私はずっと楽しかった。
友達も、『コーカン』も、いっぱいできて満足していた。彼女と一緒の生活をただ幸せに感じていた。
でもそれはローズがいつも私の為に頑張ってくれていたおかげなんだ。
いつだって彼女は私が幸せでいれるように考え続けてくれていたんだ。
それに比べて、私はローズの為になにをした?
ローズのことを想っていても、「私は馬鹿だから」と最後はいつも諦めた。
攻略本が光らない。
その事実を前にして簡単に思考を放棄した。
怯えるローズの胸の中でただじっとしていることしか出来なかった。
――本当はもっとたくさん考えなきゃいけなかったんだ。
ローズが私にしてくれたように、最後まで投げ出さずに、どこまでも諦めずに、考えて、考えて、考え続けなければいけなかったんだ。
だから今度は私もちゃんと考えよう。もっといっぱい自分の頭を使うんだ。
神様に祈るだけで終わらない。他の何かに頼って思考を止めたりしない。
もうローズが怖い思いをしないように。
明日から一緒に笑って暮らせるように。
考えろ、考えろ――
お姉ちゃんを幸せにするのは、神様でも他の誰でもない。
私自身でありたいから。
だから考えろ、考えろ、考え続けろ――
そして私は思いついたのだ。
自他共に認める『コーカン』好きな私にしか出来ないローズを幸せにする方法を。
「ねえ、お姉ちゃん。『コーカン』するならちゃんとしよう!」
いつものようにエルフ耳をピコピコさせて、私はローズに提案する。
これはきっと世界でローズの妹にしか出来ないとびきりの『コーカン』さ。
「お姉ちゃんが私と約束してくれたように、私もお姉ちゃんと約束する。そうやってお互いの約束を『コーカン』するんだ!」
「約束を……? あたしとマリーが?」
かみ締めるように呟くローズの言葉を、私は精一杯の笑みを浮かべて肯定する。
「お姉ちゃんが私を守ってくれるように、私がお父さんとお母さんの思い出を守ってみせる。お姉ちゃんが忘れそうになっても、私がずっと隣にいて何度でも思い出させてあげるんだ。私はそう約束するよ!」
そうやって私はローズを怖いものから守ってみせる。
この先、何度でもお姉ちゃんの心を救ってみせる。
その約束をローズと『コーカン』したいんだ。
「だからもっといっぱい教えてよ。お父さんとお母さんの思い出を。私、いっぱい覚えるからさ。ニョーデル村に来てから、お姉ちゃんが私の為にたくさん頑張ったみたいに、私もお姉ちゃんの為に頑張るんだ」
そう決意して鼻息を荒くする私を見つめ、ローズはモジモジと恥ずかしそうにしていた。
頬を少し朱色に染めながら、彼女は申し訳なさそうに口を開く。
「……でもあたし忘れたくないことたくさんあるわよ?」
「頑張る。どんと任せて!」
「調子に乗ってお願いし過ぎて、マリーを困らせるかも……」
「問題ないよ。我がまま言ってこそ私のお姉ちゃんさ」
「……あたし、そこまで我がままじゃないもん!」
ローズはプクーッと頬を膨らませて、そっぽを向いてしまったよ。
あらら、さっき馬鹿にしたのをまだ根にもってるのね。
私はローズの頬を両手で挟み、グイッと顔の向きをこちらへ戻した。
「我がままでいいんだよ。お姉ちゃんのお願いは全部、私が叶えるんだから!」
他にもして欲しいことがあるなら言ってみてよ。と促すと、ローズは少し迷うそぶりをみせながらも、数々のお願いを私に教えてくれた。
「……つまみ食いしても許してくれる?」
「もちろん。ただし現行犯の場合はおっぱい揉むよ」
「本当は……ご飯をもっといっぱい食べたいの」
「いいよ。たくさん食べて、二人で毎日お腹一杯になろう」
真っ先に確認したのが食べる関係ね。
さすがローズ、ぶれない。
そのあと、あれもこれもと続けるローズのお願いを私は全て肯定してみせる。
今まで彼女が与えてくれたものに比べたら、本当に些細な我がままばかりさ。
最後にローズは縋るような目つきで私を見つめ、問いかける。
「あたしのこと嫌いになったりしない?」
「なるわけないよ。駄目だっていっても離れるもんか。ずーっと側にいて――」
私はニカッと明るい笑顔を作り、その決意を伝えた。
「お姉ちゃんに一生美味しいお肉を捧げるよ!」
ボフンッ!
すると突然、ローズから真っ白な湯気が大量に噴出した。
顔もみるみる真っ赤に変わり、「あうあう」と口を何度も開け閉めしている。
ありゃりゃ、どうしたんだろう?
なんだかプロポーズの言葉がどうのって呟いているよ?
急に動きもギクシャクし始めたから心配だったけれど、ローズはやがて潤んだ瞳で私の顔を見つめると、小さな声で「はい」と返事をくれたんだ。
何故かローズの周りだけ雪が大量に溶けているんだけど大丈夫かな?
「ねえ、どうかしたの?」
「……なんでもない。マリーが格好良過ぎるから悪いの!」
なんか怒られた。解せぬ。
でも、いっか。ローズも元気になったみたいだし。
それに今、大事なのは『コーカン』さ。
「私がお姉ちゃんの思い出を守ってみせるよ」
「マリーを苛める人がいたらあたしが守ってあげる」
そうやって私たちは互いに誓いの言葉を述べたんだ。
互いのおでこをくっ付け合って、吐息が触れ合う距離で私達はクスクスと笑いあう。
「でも、もう変に我慢しないでね」
「マリーこそ、あたしみたいに無理したら駄目よ」
「大丈夫。困った時は絶対にお姉ちゃんへ相談するよ」
「うん、あたしも……次はちゃんとマリーにお話するわ」
「ずっと一緒だもんね」
「ずっと一緒だものね」
今度は一方的な思い込みじゃない。
頑張るのはお姉ちゃんだけじゃない。
「へへへ、これで『コーカン』成立だね」
「うん、『コーカン』成立ね」
私達は二人で共に支えあって生きていく。
マリーベルとローズは二人の意思で、そう決めたんだ。
「帰ろう、お姉ちゃん。私達の家に」
「うん、一緒に帰りましょう。あたしとマリーの家に」
そして私たちは共に歩む。
大森林を出たあの日のように、手を繋ぎ。
はぐれ集落を出たあの日のように、二人並んで。
ずっと怖かった反動かな?
今まで以上に周囲がキラキラと輝いて、目に映る世界がとても綺麗に見えるんだ。
繋がれた手のひらから伝わる熱が、心の奥まで伝わって全身がポカポカするよ。隣にローズがいるのを見上げると、胸がきゅーっとして、幸せな気持ちが溢れて止まらないんだ。
そんなことを考えていると、ふいにローズと目が合った。
どうやら同じ気持ちみたい。彼女の頬もゆるゆるに綻んでいるよ。
「こんな時、なんて言えばよかったのかしら。たしか……たしか……」
するとローズは何かを一生懸命に考え出したんだ。うーん、うーん。と何度も首を捻っていたけれど、やがて探していたものに辿り着いたみたい。
嬉しそうに私の顔を見つめて、その答えを紡いだんだ。
「ローズはマリー、萌え」
それは私がかつて彼女に送った言葉――
大好きな気持ちがいっぱい詰まったエルフ族の言葉――
蕩けるように緩んでいく頬を懸命に抑え、数年越しに通じ合った暖かな想いを胸に、私達はニョーデル村への帰路へとつくのであった。
もちろん、この話はこれで終わりじゃないよ!
さあ、これからローズを怖いものから守るために行動を始めよう。
今度は絶対に諦めたりしない。
マリーベルはお姉ちゃんを幸せにするよ!




