53話 マリーはローズを見つける
最初は何が起こっているのか理解できなかった。
だから私はベットの上でずっと待っていたんだ。昨日の夜から頭をよぎっていた嫌な考えを懸命に振り払い、いつもローズのいるはずの場所をただジッと見つめてた。
少し外の空気を吸いに行った。
井戸に水を汲みに行った。
きっとそんなたわいもない理由でちょっぴり早起きしただけに決まっている。
もしかしたら私に隠れて扉の向こうでつまみ食いをしているのかもしれない。
うん、きっとそうだよ。
だからあと少し……
あと少しできっとお姉ちゃんは帰ってくるんだ。
胸に押し寄せる不安を必死に抑え、私は自分に言い聞かせる。
けれど時間が経つにつれ、その現実は否応なしに私へと突き刺さった。
ローズはどこかへ消えてしまったのだ。
「お姉ちゃん! お願いだから出てきて、お姉ちゃん!」
私は家から慌てて飛び出し、村中を駆け回った。
泣き声に近い私の叫びに村人たちが、何事かと心配して次々と顔を覗かせる。
騒ぎを聞きつけてやってきたシールと、ちょうどラーズ村から到着したサリーちゃんの二人も青ざめた私の顔を見てすぐに駆け寄ってきた。
「ボス、どうしたの?!」
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんがいないんだよ」
「……!? 私も一緒に探す」
「わたくしもお手伝いしますわ!」
そして私はいつも遊んでいる森の中を、シールは村の中を、サリーちゃんはゴプリン族の所へ、思いつく場所を手分けして探し回ったんだ。
やがて村中が協力して周辺を探してくれたんだけれど――
ローズはどこにも見つからなかった。
すでに日は高くなり、もうすぐお昼の時間になるのにローズの姿は見当たらない。
いつものローズなら「お腹すいたぁ」とひょっこり戻ってくるかもしれない……。
そんな光景を期待していた面々は揃ってがっくりと肩を落とす。
けど、その時にシールが思いついたんだ。
「ボス、変態に訊こう」
「そっか、アナコンダなら私のことをいつもストーキングしてるもんね」
そして私の言葉に反応して、草葉の陰からガサッと飛び出す安定のストーカー。
「変態でもアナコンダでもストーカーでもない。勇者アナンダだ!」
こいつなら一晩中ずっと私とローズを監視していたはずだ。
私が問い詰めると、アナンダはぶちぶち文句を垂れながら教えてくれた。
「貴様の姉なら日が昇る前に出て行ったぞ。村の外へ向かったようだが……詳しくは知らぬ。我の使命は貴様の監視だからな」
ローズが村を出た……?
私を置いて、一人でこのニョーデル村を……?
その事実に私は堪えていた涙がついに溢れ出してしまった。
「わ、わだじが、昨日怒らせだから……?
だがらお姉ちゃんはわだじを置いでどこかにいっじゃっだのかな?」
「ボス!? そんなことは絶対にない」
「そうですわ。ローズ様がマリー様にそんな仕打ちをするなんてありえません!」
「でも……でもぉ……」
一度、堰を切ると悪い考えが次々に浮かび、もう我慢ができなかった。
ローズが私のことを嫌いになってこの村を出て行ったのだとしたら?
もしもこのまま二度と会うことが出来なかったら?
朝から堪え続けていた感情が、私の頬を大粒の雫となってボロボロと零れ落ちる。
大口をあけ、鼻水を垂らし、私はその場にへたり込むと大声で泣き叫んだ。
「おねーちゃんに会いたい……
おねーちゃんに会いたいよぉ……」
あんなに大好きだったこの村も、
たくさん『コーカン』した品々も――
ローズがいない。
たったそれだけで全てが色あせて灰色の世界に変わってしまう。
もっとちゃんとお話をすれば良かった。
もっとちゃんと抱きしめておけば良かった。
ローズが何かに悩んでいるのはわかっていたはずなのに私は何をやっていたんだろう。
泣きじゃくる私をサリーちゃんが慰め、シールは村人たちと共に再びローズの捜索に向かう。アナンダはそんな私たちの様子を呆然とした顔で見つめていた。
「マリーベル、白絆の首飾りを使うゴプゥ」
悲しさで頭が一杯になり、動けなくなった私にその言葉を掛けたのはゴプララだ。
急いでここへ駆けつけてくれたのだろう、彼女は乱れた息のまま私へ詰め寄った。
「白絆の首飾り……?」
「前に交換で譲ったマジックアイテムのことゴプゥ」
ゴプララと『コーカン』した白い石の付いた首飾り。
その効果は確か……
大切な人の方角がわかるというもの。
私はその存在を思い出すと、エルフ耳をピンっと張り立たせる。
そしてすぐに家に戻り、たくさんの宝物の中からアイテムを取り出した。
「あった! これを使えばローズのいる方向がわかるんだね?!」
「それを首に掛けて、大切な人の顔を思い浮かべながら石に魔力を通すゴプゥ。その想いが純粋で綺麗なものならば石がきっとマリーベルを導いてくれる」
「わかったよ。ありがとう、ゴプララ!」
私は目を閉じ、ゆっくりと石に魔力を注ぎ込みながらローズの笑顔を思い出す。
会いたい。
ローズに会いたい。
会って話して、ローズをいっぱいぎゅっとするんだ。
「お願い……私をお姉ちゃんの所に連れて行って」
すると首にかけた石がふわりと浮き、ある方向へと私を引っ張る。
私は腕で涙をぬぐうと、首飾りの示す先へと一目散に駆け出した。
この石の示す先にローズがいるんだ。
そう思うだけで、体の奥からどんどん力が漲ってくる。
私の走る風圧で周囲の木々がふっとび、一蹴りごとの反動で道がでこぼこに変形しているけれど今は気にする余裕なんて全く無い。
私が駆け抜けているこの場所は……かつてローズと一緒に歩いた道だ。
そう、ここはお母さんたちが眠るはぐれ集落へと続く道なのだ。
ようやくわかった。
ローズはニョーデル村からきっとはぐれ集落へ向かったんだ。
でも何で?
どうして私に何も言ってくれなかったの?
ローズを見つけたら、今度こそ全部話してもらおう。
ローズの悩んでいることを、一緒にきちんとお話しよう。
私がそう決心したのとほぼ同時――
「……見つけた」
視界に捉えたのは、目を真っ赤に泣き腫らして地面に蹲っている女の子。
「お姉ちゃん!」
この世界でもっとも大切で――
今、一番会いたい存在がそこにいた。




