51話 マリーは異変に気付く(後編)
邪魔者を追い払った私達は皆でパジャマパーティーだ。
私がローズやシールと枕投げを始め、サリーちゃんがゴプララにいろいろと問いただして「ロマンですわー」と叫ぶ混沌とした状況になったけれど、カシーナさんに「うるさい」と怒られたので一旦落ち着いた。
けれど灯りを消した後も私たちのそわそわは治まらない。
サリーちゃんとゴプララはシールのベッドの上で、私とローズはマジルさんが藁とシーツで作ってくれた簡易ベッドの上で、声を潜めて皆でおしゃべりしたんだ。
シールは家族のお話。
彼女はパパ大好きっ子だからマジルさんの話が多かったかな。たまにラシータへの不満を漏らしつつ、姉のお漏らし伝説もチクッてたよ。
そして何故か懐からエルフのオムツを取り出したんだ。
「さっきの仕返しに寝てる姉さんからオムツを回収しておいた」
つまり今のラシータはノーオムツ。
シールは不敵に口の端を歪め、フフンと鼻で笑った。
「明日の朝が楽しみ」
次の日、十五歳のヤンキーはお布団に見事な世界地図を作ったよ。
きっちり姉のメンツを潰しにかかる。
シールはやっぱりクールな仕事人だね。
サリーちゃんは最近のラーズ村のお話。みんな元気にやってるみたいだね。
なんでも木苺を栽培して村の名物にしようという計画まであるらしい。
嬉しさを押さえきれず、サリーちゃんの幼い声はとても弾んでいたよ。
「心を込めてねじ込んだら、みなさん快く同意して下さいましたわ」
何か不思議な言葉が混じっていたけれど、パジャマな時間にツッコミは無粋。
ラーズ村の皆が幸せならばオールオッケーさ。
ゴプララはこれからのゴプリン族のお話だ。
なんでも本格的にニョーデル村へ移住しようという意見があるらしい。
「まだ一部の大人が反対してるけど、いつかゴプゥもこの村で皆と一緒に暮らしたいゴプゥ」
こうやって他種族の子とお泊り会ができる日が来るなんて夢にも思わなかった。
ゴプララはそう言うと潤んだ瞳で私達の顔を見渡した。
「今日は誘ってくれて本当にありがとうゴプゥ」
私達はそんなゴプララの手を皆で握り合った。
いつでも、何度でも、大人になってもまた必ずこのメンバーでお泊り会をしよう。
絶対に約束を汚さないゴプリン族と共に、私達は固く固く誓い合った。
んでもって次はシルキー。
「わっちに思い出を語れと……? 与えられるものは監禁と陵辱。そんな忌まわしいわっちのメモリーを皆様に全て曝け出せとおっしゃいますの?」
はい、終了。
そしていよいよやってきたローズの番。
ローズは昔、両親と一緒にニョーデル村へ遊びに来ていた時の話をしてくれた。
お肉が大好きな母子が森の入り口で見つけた猪を追いかけて、村の人たちに迷惑をかけてしまったという話はとても面白くて、皆はところどころで噴出していたよ。
私もその話を聞くのは初めてだったから夢中になって耳を傾けていた。
けれど……いま思えば、この出来事がローズを変えるきっかけだったんだ。
その引き金を引いたのはシールが何気なく発した一言だった。
「ローズ、それ少し違う」
「え……?」
話の中でシールのお母さんの台詞とローズのお母さんの台詞が入れ替わってたんだ。
それは誰にでもあるちょっとした記憶違い。
別に物珍しいことはない、普通のこと。
その場で一言訂正すればいいだけの小さな問題だ。
だからシールも私もこのことはたいして気には留めなかった。
けれど、ローズは違ったんだ――
「そ、そうだったかしら」
みるみる表情と声色が固くなり、明るかった顔色が青く染まる。
そしてローズは視線を少し俯かせると、何度も何度も力なく口ずさむ。
「そっか……そうだったんだ」
私達が心配して声をかけると、ローズはすぐに笑顔に戻っていたけれど……
その背中はすごく落ち込んでいるように見えたんだ。
その後、お話も終わり寝ろうと目をつぶった時――
ローズが無言で私のことをぎゅっと抱きしめたんだ。
「おねーちゃん?」
びっくりした。でもそれは抱きしめられたことにじゃない。
私たちは晩御飯にカイロバードのお肉を食べたはずだ。だから体の芯からホカホカしていて、今夜は床の中で暖かい時間を過ごせるはずなのに――
密着した肌から感じるローズの体温は驚くほど低くなっていた。
「どうしたの、お姉ちゃん。体調でも悪いの?」
けれどローズは心配する私へ曖昧な笑みを浮かべるだけだ。
「大丈夫。私は大丈夫だから……」
そう何度も何度も呟きながら一晩中、ローズは私のことを離そうとしなかった。
何をどうしたらいいかわからない私は、いつかのはぐれ集落の時のようにお姉ちゃんの胸の中でただじっとしていることしか出来なかったんだ。
そして次の日から――
ローズは徐々におかしくなっていったのだ。




