50話 マリーは異変に気付く(中編)
今日の私達はシールの家で晩御飯を食べて、そのまま皆でお泊り会の予定である。
なんでも姉のラシータと兄のマジータの狩人見習いヤンキーコンビが生きのいい獲物を捕まえたらしい。それを母親のカシーナさんが料理するので晩御飯にお呼ばれしたのだ。
私とカシーナさんは晩御飯とマジックアイテムを『コーカン』するのである。
「シーちゃん。こんばんわ」
「やっほー、シール」
「ボス、ローズ。待ってた」
尻尾をフリフリして出迎えてくれたシールの隣にはすでにサリーちゃんもいた。
「わたくしとお姉さまとでお料理をお手伝いましたの」
「楽しみだね! もうお腹ペコペコだよ」
「うふふ、期待しておいて下さいね。
それとザッカルーは食前と食後のどちらになさいますか?」
「……その二択なら食後かな」
すでに両手に木苺を握って佇む幼女に「いらない」なんて言えないよね。
それに果てしなく続く『幼女×馬乗り×ねじ込み』という木苺漬けの生活だけれど、これが意外と悪くないのだ。むしろ最近はそれがないと物足りないと感じてしまう自分がいる気がするよ。
故にやめられないとまらない。
マリーベルはまだまだ頬張るよ!
晩御飯はカイロバードという珍しい鳥を使った料理だ。
この鳥の肉は火属性の魔力を持っている影響で食べると体の芯からホカホカするから今晩はお布団で暖かく寝られるらしい。
脂がとても乗っていてコクのある味わいが特徴であり、煮込み料理にするとお肉の出汁がよく染み出しておそろしく広がりと深みのある味になるんだ。
それが添えた野菜に絡みつくのがまた乙で、カシーナさんの料理は思わず舌がうなる出来に仕上がっていた。
おまけに素材の効果で体も温まり、私たちとシール一家は身も心もほっこりできたんだ。
まあ一部、ギスギスしていたメンツもいたけどね――
その代表が空気の読めないヤンキー姉さんのラシータだ。
「おい、シール。お前の肉の方がでっかくないか? お姉さまのと交換しろ」
「んーん、断る。良い肉を守るのはケモミミの義務」
「面白れぇ。ついでに弱肉強食がケモミミのルールだってことを教えてやるぜ」
「それはこっちの台詞。姉さんにそろそろ現実を教えてあげる」
それで二人して取っ組み合いの喧嘩を始めてた。
最終的に二人はカシーナさんの拳骨によって床にめり込むことになったんだけれど、ローズはそんな一家の様子を少し影を落とした表情でずっと眺めていたんだ。
私はその顔を見てピーンと来たよ。
ローズはきっとラシータみたいにいっぱいお肉を食べたいんだ。でもきっとカシーナさんの拳骨が怖いから言い出せないんだね。
だから私は空気を読んで自らローズにお肉を差し出した。
「はい、お姉ちゃん。もっと食べたいんでしょ?」
ちょっと分けてあげようという私のナイス心遣い。
するとローズは大きく目を見開き、涎をダッパーと大量に垂れ流したんだけれど―ー
何故かすぐに腕で口元を拭って、首を大きく横に振った。
「そ、そんなことないわ。あたしはマリーのお姉ちゃんなんだから!」
あんまりお姉ちゃんなのは関係ないと思うけど……ローズ的には違うみたい。
不機嫌に頬を膨らませながら、プイっとそっぽを向いちゃった。
「お姉ちゃんは妹のご飯を取ったりせずに、ちゃんと我慢するものよ」
あ、一応欲しいのは否定しないんだね。
でも結局、ローズは私のお肉に手をつけなかったのだ。
いつもの食いしん坊なら絶対に喜ぶはずなんだけどなぁ。
どうしたんだろ……
なんだか無理している気がするよ。
食事をした後は遅れてきたゴプララも交えて、皆でパジャマパーティーである。
せっかくだからシルキーに全員分のおニューパジャマをお願いしたら、「幸せですわー」と叫びながら作ってくれた。夜だから静かにして欲しいよね。
あ、ちなみにゴプララは全裸だ。
ゴプリン族はヌード睡眠派なのさ!
ジーッ
パジャマも完成したし、これから女子五人でキャハウフ! といくんだぜ。
と言いたのはやまやまなんだけれど……
ジーッ
「ねえ、今日は帰ってくんない?」
さっきからずーっと元勇者にして現全裸ストーカーのアナンダが窓の外から私達を監視しているのが大きな問題だ。
私は窓から身を乗り出して奴に頼んでみたのだが――
「ならぬ。我には危険因子である貴様を監視する義務があるのだ!」
今一番危険なのは変態だという事実になぜ気付かぬ。
どんな理由があろうとも年端もいかぬ美少女の寝所を覗き込むのは許されぬぞい。
「問題あるまい。我は貴様等にいかがわしい想いなど抱かぬからな」
「じゃあ、確認するけど美少女のゲロゲーロは?」
「無論、御褒美だ」
当然のことをぬかすな。と、アナンダはこめかみを押さえる。
ユグドラシル的には正解だけど、状況的には完全にダウトだよ!
いつの間にかシールとサリーちゃんは武器を構えて、ローズも起動呪文の準備をしているね。ゴプララに至ってはシーツで体を隠して「ゴプゥ……助けてワット君」って涙目になって怯えてるじゃん。
かといって一時休戦中だからエルフパンチすると絶対に後が拗れるし……
うーん、こうなったら『コーカン』でも何でもいいから穏便に帰らせよう。
「ふん、例えどんな物を提示されようが我は役目を放棄する気はない」
けれどアナンダは私の頭の上のシルキーをチラ見しながら「だがしかし」と続けた。
「どうだ、貴様のシルキーと我のシルキーを一晩トレードして――」
その時点でシルキーが「ひぎゃあぁぁ!」と叫んで頭をかきむしり始めた。
「わかってましたの、わかってましたの。どんなにとんでもない魔力を有していても、わっちのマスターは交換狂いのただのアホ。交換という餌をぶらつかせれば、すぐに飛びつく世間知らずのお馬鹿さんなのです。
そんな子供が老獪なエルフの要求に抗うことができるなんて一瞬でも信じたわっちが愚かでしたの。
どうせこの後、他のシルキーとトレードされたわっちは抵抗も空しく一枚、また一枚と妖精としての尊厳を剥ぎ取られていくのです。
その先に待っているのはローション?
それともぬか床でスライムまみれ?
ははは、それともついにアレを使う気ですの?」
知らんがな。むしろ私のことただのアホだと思ってたんだ……。
ちくしょう。
マリーベルはディスられたよ!
私は騒がしい妖精と変態に冷めた視線を向けつつ作戦を実行した。
アナンダが『コーカン』で欲しそうなものといえばアレしかないでしょう?
私は攻略本に祈りを捧げてピカッと光らせると、すぐにページを確認する。
うん、どうやら問題ないみたいだ。
「もし帰ってくれたら今度、ユグドラシルの聖剣を作ってあげてもいいよ?」
ニヤリと笑う私の提案に、アナンダは驚愕に声を震わせながら「本当か!?」と詰め寄ってきた。
ぬふふ、見事に食いついてきたよ。
「なぜ貴様にそんなことが出来るのだ?!」
「攻略本のおかげだよ」
「こーりゃくぼん? また面妖な……」
そんなことないよ。これはいろんな魔法が使える神様からの便利な贈り物さ。
ざっくり説明すると、アナンダは訝しげな表情だったが深く頷いていた。
「どうりで貴様のような幼子が様々な術を会得しているわけだ。ようやく合点がいったぞ」
ともかくこれで『コーカン』成立である。
さっさと回れ右してお家に帰れ、アナコンダ。
「あ、それと材料のユグドラシルの木片はそっちで用意してね」
「貴様が折った我の聖剣では駄目なのか?」
「あれはもう私のじゃん」
「くっ、納得はいかんが仕方あるまい……」
悔しそうに歯軋りをしていたけれど、その後アナンダには無事にご帰宅頂けた。
最後に彼はもう一度攻略本を睨んで「まさか伝説のアレではあるまい……」と呟いていたけど、そんなことよりパジャマパーティーの方が大切だよね。
今回もありがとう攻略本。
マリーベルは変態をおっぱらったよ!




