47話 マリーは不安を覚える(中編)
冒険者の人たちには涙を流しながら感謝された。彼らの中に髭がふっさふさのドワーフがいたので、助けたのと『コーカン』にお髭に触らせてもらってお別れしたよ。
それ以降も何体か魔物を倒したけれど特に問題は無かった。
ローズは器用に魔法を使っていたし、シールもかすり傷一つ負わなかったね。
あえて変わったことを挙げるなら、サリーちゃんも後半から普通にねじ込み……もとい戦闘に参加し始めて、マゼットさんたちが仰天していたぐらいかな?
そして奥様方もマジックアイテムを欲しがったので今度何かと『コーカン』する約束をした。本当はミミナガアルケミストは嫌いだからあまり使いたくないんだけどね。
しかし『コーカン』の為なら我慢である。
マリーベルは折り合いをつけるよ!
そして夕方が近づき、街道にいるカエルを狩り終えた頃――
そろそろ帰ろうかと話していたらそいつが現れたんだ。
誰がって?
全裸に葉っぱ一枚の変態、アナコンダだ。
「変態でもアナコンダでもない。勇者アナンダだ!」
ぎゅぎゅっと眉間に皺を寄せての仁王立ち。不審者のくせに偉そうだね。
いい加減、服を着ればいいのに。
「私には勇者にしか装備できぬこの伝説の防具『ユグドラシルの葉』がある。故に防御面の心配は不要だ」
多分、その葉は誰でも装備出来ると思うよ。
またエルフの里に騙されているんだね。可哀想な男である。
「で、今日は何の用?」
「もちろん貴様の討伐に決まっておろうが! 勝負だマリーベル」
なんだかんだでアナンダは他のエルフに比べて根性だけはあるのだ。
何度しばいても次の日には立ち直ってくるからエルフパンチのしがいがあるよ。
あと里の奴らと違って、あの目をしていないから私も相手をしてあげている。
「いいよ、さっさとかかって来なよ」
もう何度も繰り返されているやりとりのおかげでお互い慣れたものだ。
あ、皆も結果がわかってるから休憩がてらにお茶を飲みだしたよ。
やっぱりさっさと終わらせて私もあっちに混ざろう。
「ゆくぞ、正義の前に滅びるがいい!」
アナンダは宣言と同時に起動呪文を唱えた。
葉っぱ一枚の身だけど、こいつは魔力が豊富なエルフ族だ。
だから戦闘になると結構強そうな魔法をたくさん使ってくる。
電撃や炎の槍が休むことなく飛んでくるんだ。
まあ、私にとってはアクビの出る速度だけどね。
私は魔法の間を華麗に潜り抜けると、エルフパンチを決めるべくジャンプした。
するとアナンダはニヤリと口の端を吊り上げたんだ。
「もらったぁ!」
なんか動きを予想していたっぽいね。アナンダの火球が私へ目掛けて飛んできた。
けど残念。
マリーベルには二段ジャンプの術があるのさ。
ガガンッ! と何もない空中で角度を変えてアナンダへ突撃だ。
「な、なんだそれはぁー!?」
そしてどてっぱらにエルフパンチで決着である。
「お、おのれ……またもや……」
アナンダは悔しそうに地面に這い蹲りながら、私を睨みつけていた。
何度もえずきながらギギギと歯を食いしばる姿はここ最近で見慣れたものだったけれど、今日は特に腹の虫が収まらないみたい。私の動きを研究してきたのに全く敵わないのがショックだったようだ。
どうあがいても勝てない私とアナンダの圧倒的な実力差。
直面した現実と挫折を前にアナンダの瞳はドロドロとした感情に染まっていき――
そして彼はその言葉を吐き出した。
「この……化け物め!」
ああ、またこの目か。
私の中でこいつへの興味が急速に失われていく。
化け物……その言葉は『私』という存在を理解する気がないという証だからだ。
自分とは違う者を拒絶し、相容れぬものを迫害する。生まれたばかりの私を知ろうとすらせずに里から追い出したあの冷たい瞳の持ち主達の宣誓なのだ。
いつまでも心の隅にこびりつくあの日の記憶を思い出すと、私の中にやもやとした想いがどんどん溢れ出してくる。
結局、こいつも十三番のエルフたちと同じ。
そうやって私が見切りを付けようとしたその時――
響いてきたのは世界で一番大好きな人の声だ。
「ファイボール!」
そして飛んできた火球が直撃し、「ぐっふぁー!?」とアナンダは吹き飛んだ。
声の主、ローズは私を庇うように前に出ると凄まじい剣幕で怒鳴った。
「あたしの妹は化け物なんかじゃありません!」
同時にぎゅっと抱きしめられ、私の胸を締め付けていた嫌な感情が、すーっと消えていく。体を包み込む優しく暖かな抱擁に、私は思わず目頭が熱くなる。
更にふっとばされたアナンダはシールにウルフパンチをされ、サリーちゃんにねじ込まれて完全に動かなくなった。
「ボスはそんなのと違う」
「その通りですわ!」
シールとサリーちゃんもそう宣言するとローズと一緒に私へ、ぎゅーっと抱ついてきた。
どうしよう……幸せ過ぎてちょっと泣いちゃったよ。
ローズはそんな私の頭を優しく撫でると、アナンダへ今までの怒りを吐き出したんだ。
「ちょっとやんちゃな時もあるけれど、それが何?
あたしの妹はあなた達の様に一方的に決め付けて人を苛めたりなんかしないわ。
けれどエルフ族の人達は違う。皆で生まれたばかりのマリーにひどいことをしたくせに、それすら棚に上げてこの子の悪口を言いたい放題じゃない。
おまけに自分達の思い通りにならないからって遠くの里のあなたまで巻き込んで……
あたしにはあなた達の方が化け物に見えるわ!」
「……!?」
「マリーはちゃんと相手とお話も出来るし、誰とだって仲良くなれるのよ。だって私の妹は化け物じゃなくて『コーカン』が大好きな普通の女の子なんだもの。
そんな子供に襲い掛かった挙句に暴言を吐くのが本当に勇者のすること?」
マジックアイテムの効果で硬直しているアナンダは何も言い返すことが出来ない。
けれど青い瞳の奥は激しく揺れていた。
「マリーのことを悪く言うのなら、もう二度とあたし達の前に現れないで!」
そしてローズは踵を返し、日向のように暖かな笑みを私へ向けたんだ。
「さあ、帰りましょうマリー。あたし達の家に」
「うん、お姉ちゃん!」
差し出された手のひらを握り締め、私は嬉しさで頬を緩ませる。
全裸の変態を置いて帰路についた私の両手はローズとシールにしっかりと繋がれ、サリーちゃんは後ろの籠から私の首にずっと抱きついていた。
ああ、本当に幸せ過ぎて頭がどうにかなりそうだよ。
見渡せば夕焼けに赤く染まった優しい光景。
共に歩むのは大好きなお姉ちゃんと大切な友達。
そんな夢のような世界の為に、私は神様へ祈った。
こんな日がいつまでもずーっと続きますように……




