45話 マリーは違和感を覚える(後編)
ラシータ主催の雪合戦はその後も続いた。
後半になると皆はアイスシールドの扱いに慣れてきたみたいで、危うかった手つきが徐々にスムーズな動きへと変わっていく。
中でも一番器用に氷の盾を操っていたのはローズだろう。
彼女は全方位から襲いかかる弾丸を瞬時にシールドで叩き落すという絶対防御の持ち主である。
「繊細な食材を捌く腕。それがあればこの程度はお茶の子さいさいよ」
さすが我が姉。
全ての結果が食を起源とするビックな女である。
逆に私はパリンパリンと何度も氷を割っちゃったよ。
つい力を入れて持っちゃうんだよね。手加減って本当に難しい。
するとエルフ耳をしゅんしゅんさせる私の前でローズは氷の盾を構えたんだ。
「行きましょう、マリー。あたしが貴女を守ってあげる」
頼もしすぎる姉の背中に思わず耳がピーンとなったよね。
そして私はにへらーと頬をだらしなく緩めながらローズと一緒に雪合戦を楽しんだのだ。
ローズが守って私が影から投げる。
いつもと逆だけど我らペコロン姉妹の連携に隙は無し。
するといつの間にか護衛にゴプリン族が加わり、私がお姫様という設定でゲームが進行していた。
森で全裸だった私が、今ではお姫様。
ぬはは、マリーベルは成り上がったよ!
やがて長い激戦の末、優勝者が決まった。
意外なことに今回の戦いを制したのは――
「危ねえ、ゴプララ!」
「ゴプゥ、ありがとうワット君」
いつの間にかワットがゴプララの防御を担当し始め、そして――
「絶対に俺の側を離れるなよ。お前は俺の命に変えてでも守ってみせる!」
「そんなの嫌ゴプゥ。ゴプゥが生き残ってもワット君がいなければ何の意味も無い。だから必ず二人で生きて帰るゴプゥ」
「ゴプララ……。ああ、そうだな。必ず二人で村へ帰ろう」
ここ村の中だけどね。
でもそんなツッコミは聞こえないみたい。
二人は体を密着させて抱き合うと額と額がくっ付く距離で見つめ合っていたよ。
「ゴプララ……」
「ワット君……」
そんな二人からは謎のハートと熱が迸り、驚いたことに投げた雪玉が着弾する前にジューッと溶けちゃうんだ。積もった雪も二人の周りだけお湯になってた。
凄いよ。
凄いけど雪合戦という競技においては迷惑だよね。
とにかく不思議な仲良しパワーで雪玉を消滅させたワットとゴプララの優勝で本日の戦いは幕を閉じたのだった。
一言だけ物申すと、こいつら敵チーム同士である。
ルール守れし!
雪合戦の後も子供たちの和気藹々とした交流はいつまでも続く。
今日も、明日も、そしてこれからも――
ギャギャギャと陽気な声色で、赤い帽子は私達と一緒に笑うのだ。
「……綺麗な光景ゴプ」
その呟きを零したのは私達をずっと見守り続けていた一本の電柱だ。
私は声の主に近づいて、こっそりと話しかけた。
「もう体は大丈夫なの?」
「ギャギャ、心配ないゴプ」
ギザギザの歯を光らせながら微笑むのはゴプリンの族長ゴプリダだ。
ゴプララとワットが密着するごとに「ギャバッ!」と口から血を吐いてるけど、そこそこ元気そうだね。復調おめでとう。
「いろいろと世話をかけたゴプ。村長にも今度礼をしに行くと伝えて欲しいゴプ」
「村長に? 何で?」
首を傾げる私へ、逆にゴプリダが不思議そうな顔をする。
「オマエ、村長に頼まれていたはずじゃなかったゴプか?」
「え……? うん、村長ね。覚えてるよ!」
やっべ、遊びと『コーカン』に夢中で完全に元の目的を忘れてたよね。
マリーベルはゴプリン族との連絡係だったよ!
「ギャギャ、忘れてたゴプな」
しー、黙っといて。ワットが「やっぱり親父は……」って落ち込んじゃったじゃん。
ゴプリダはそんな私達を笑い終えると自分の頭にある赤い三角帽子を指差した。
「ありがとうゴプ。この帽子のおかげでゴプ達は随分と救われた」
「別に気にしなくていいよ。『コーカン』するものはラシータからもらったし」
「……あんなものでいいゴプか?」
ゴプリダが信じられないものを見るような顔を私へ向けている。
いいじゃん。
かっこいいじゃん、氷の盾。
「ギャギャ、オマエの器はやっぱり面白いゴプ」
私が拗ねるように頬を膨らませていると、ゴプリダは面白そうにお腹を抱える。
器って前も言ってたね。魔力の属性のことじゃないの?
そんな私の疑問にゴプリダは首を横に振ったんだ。
「違う。ゴプのいう器とは、神へ捧げた『誓い』のこと」
ゴプリダによると攻略本を得た者は、必ず何かの想いを神へと捧げているそうだ。
例えば、ゴプリン族のご先祖様は一族みんなが幸せに生きるために『清潔』にすることを神へと誓った。この場合の誓いとは、神すら認める強い信念のことだ。ゴプリダはご先祖様から攻略本と共に清潔であるという信念を受け継いでいる。
故にゴプリダは『清潔の器』と呼ばれるそうだ。
「私が神様に誓ったことか……」
攻略本が現れたあの時、私はお姉ちゃんの幸せを祈ったんだ。
その手段はもちろん――
「私の場合は『コーカン』かな」
「ならオマエは『交換の器』。神すら認めたオマエの交換は綺麗ゴプ!」
「つまり私たちは馬鹿が付くほどの綺麗好きと交換好きってことか」
「ギャギャ、その通りゴプな」
私の言葉にゴプリダはますます大口を開けて笑っていた。
そして彼は最後に表情を引き締めると私にあることを告げたんだ。
「攻略本についてまだ話していないことが一つだけあるゴプ」
それが何かは今はまだ言えない。
なぜならそれはゴプリン族のご先祖様たちが守り続けてきた命よりも大切なことらしい。
その話をする間、ゴプリダはまるで見定めるように私の顔を伺っていたよ。
「もしもオマエが本当にそうなら……その時に教えてやるゴプ」
「えー、中途半端に聞くと逆に気になるじゃん」
「ギャギャ、スマンな。でもオマエには伝えておきたかったゴプ。それに何より――」
そしてゴプリダは再びゴプリン族の子供たちへと視線を戻した。
「今の情報はこの綺麗な景色と『コーカン』だ」
ギャギャギャ。
私も真似をして今度は二人で一緒に笑った。
いつまでもいつまでも――
同じ人間として私達は共に笑い続けていた。
その後、ゴプリダと話し終えた私は一つのミスに気付いていた。
「あ、おやつ袋忘れた」
いつも攻略本と一緒に腰に提げているはずのおやつ袋がない。そういえば雪合戦を始める前に邪魔だから木の根元に置いてきたんだった。
するとローズがおやつ袋を持ってやってきたんだ。
「はい、これ忘れてたわよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
お互いに笑顔でやりとりしていたけど、私は確信していたよ。
このシチュエーションで横領常習犯がおやつに手を出さないはずがないってね。
「ぬふふ、問い詰めておっぱいモミモミの刑にしてやろう」
荒い鼻息を出しながら卑下た笑いを浮かべ、私は袋の中を確認した。
すると……驚いたことに何も減っていないのだ。
マジか、マジでか。
マリーベルは驚愕したよ!
あのローズがつまみ食いをしていない……だと?
あり得ない事実を目の当たりにした私は真っ先にシールとサリーちゃんへ相談した。
「良いことだと思う」
「良いことですわ」
しかし返ってきたのは、二人の暢気な反応だ。
いや、だってローズだよ?
今まで何でもホイホイ口に入れてただらしのない女だよ?
「ボス、それはローズに言わない方がいい」
「間違いなく怒られますわ」
二人に口酸っぱく止められたので、この話はここで終わった。
ローズに起こっている小さいけれど、とても大きな変化。
それは決して見逃してはいけないものだったのに。




