44話 マリーは違和感を覚える(前編)
赤き誓いの三角帽子のおかげで容易に見分けが付くようになり、ゴプリン族と狩人の関係もすこぶる良好になった。
それを決定的にしたのはシールの姉ラシータの存在が大きいだろう。
「ボス、例のブツを持って来たぜ。今の時期だと丁度いい薄さのが採れるんだ」
今回の相談と『コーカン』にラシータが用意したもの。
それは両手で抱えるほど面の広い氷だった。
けれど厚みはかなり薄い。
少し力を入れたら割れてしいそうな氷は近所の泉から拾ってきたらしい。
狩人総出で運んだおかげで沢山の薄氷が目の前に並んでいるよ。
そして準備を終えるとラシータは邪悪に口元を吊り上げた。
「これはニョーデル村に封印された伝説防具、薄氷の盾だ。
こいつは決して無敵じゃねえ。むしろボスの攻略本シールドと比べると、最弱の部類だろう。けどなその分、使い手の腕が問われる面白装備なのさ」
ラシータが試しに雪玉を投げてみると、何発目かで氷盾は砕け散った。
この防具の本質は防御力にない。
自身の力すら迂闊に込めることのできぬ薄氷が与えるのは、『割れるか割れないか』というスリル。そのギリギリを味わうことこそがこのアイスシールドの存在意義なのだ。
そして、もしこれで雪合戦を始めたとしたら――
私が全てを理解するとラシータは鼻をすすりながらガキ大将のように笑った。
「へへへ、ボスこういうの好きだろ?」
うへへ、わかってるじゃん。
この子は本当にマリーベルの好みがわかってるじゃん。
伝説のアイスシールド。
その脆く危うい存在が放つ美しさにゴプリン族は大喜び。
「「ギャギャギャ、綺麗、綺麗ゴプ」」
そしてラシータをジーッと見つめると彼らはまたもや騒ぎ出した。
「「ヤンキーも綺麗。綺麗ゴプ」」
普段から褒められ慣れていないラシータは照れていたけど、私は気付いたよ。
ラシータはわりと貧乳。
そして――
ヤンキーは生えてない。
マリーベルは意外な事実を知ったよ!
そして始まった雪合戦。
攻略本の盾なんて無粋なものは使用禁止だ。
アイスシールドで防ぎきるか、雪玉で防御網を破壊するかの真剣勝負である。
悲鳴と共に飛び交うのは慈悲無き雪の弾丸。
そして次々と砕け散るは氷の盾と人の命。
伝説の防具とは名ばかりの短命な消耗品でいかに身を守るか。
兵士たちは創意工夫を凝らしてこの戦いに臨んでいる。
そんな戦場を誰よりも可憐に立ち回る一人の乙女の姿があった。
彼女の名はシール。
銀髪をなびかせる獣人族の少女はシールスカウターで危険を察知し、配下に置いたゴプリン族の子供たちに次々と指示を出していた。
「む、そっちは危ない。防御壁を張れ」
「「ギャギャギャ、了解ゴプ!」」
「あそこに一人隠れている。攻撃準備」
「「ギャギャ、姉さんの指示は綺麗。綺麗ゴプ!」」
あまりに的確かつ合理的な指揮にゴプリン族の子供達はいつの間にかシールのことを姉さんと呼んでたよ。彼らはシールを将と認め、嬉々として戦場の駒となったんだ。
そんな妹の晴れ姿に姉のラシータも感動して涙ぐんでいたね。
「へへ、シールの奴。いつのまにか派手に着飾るようになったじゃねえか」
友達をナチュラルにアクセサリー扱い。
やっぱり獣人族ってクールだね!
そして一回戦はシール組の勝利である。
勝因は混乱に乗じたサリーちゃんのねじ込み。うん、またか。
とにかくシールは凄かった。
常軌を逸した索敵能力と、未来予知に近い危機察知能力。
それらを駆使して年齢に見合わぬスピードで戦場を駆け回り、敵も味方もまとめてコントロールしていたよ。
そんな妹の姿に姉のラシータは言葉を失っていたんだ。
なんかシールは凄いっぽい。
ラシータが「まさか、あいつが伝説の銀狼姫の再来だというのか……?」って呟いてたから間違いないね。
でもちがうよ。
漏らしてただけだよ。
だってあんなに爽やかな顔してるじゃん。
お疲れ様だね。
シールは出し終えてスッキリしたよ!
あえてシールの活躍の理由を補足するならば、彼女の右手の人差し指にある白い指輪だ。
あれは私が新魔法ミミナガアルケミストで創り出したマジックアイテムなのさ。
【名 称】
銀狼の指輪
【効 果】
風の加護により移動速度UP
材料はギャングリーウルフの骨付き肉だ。
せっかくアイテム化という面白そうな魔法を覚えたから使ってみたいじゃない?
だからローズが食べ終えた骨の部分を貰ってエルフの錬金壺に入れてみたのだ。
ちなみに指輪が出来上がった時に一番喜んでいたのはシールだ。
特にローズの食い残しって部分に食いついてた。このローズ大好きっ子め。
そして指輪は私達四人とゴプララの女子組が友達の証として装備することになった。
ワットの分?
ごめん、作るの忘れた!
とにかくこれでマジックアイテムをいっぱい作って『コーカン』を楽しめると思ったんだけど、この魔法には二つの誤算があったんだ。
まず一つ目の理由は私の気持ちの問題。
壺は見た目から私のこと馬鹿にしているし、蓋開けたらくっさいし、魔力土の感触は最悪だし、完成したアイテムもしばらくはくっさいし、そしてくっさいし。
ユグドラシル的にはぬか床なエルフの錬金壺。
マリーベルはこの魔法が生理的に嫌いだよ!
そして二つ目の理由はローズだ。
「私はこの魔法の匂い好きよ」
そう言うとローズは私にこびり付いた魔力土の匂いをクンクンと嗅いだんだ。
美少女にくんかくんかされて私の中のユグドラシルが暴れださないわけないよね?
何より私もローズのおいにーが大好きなのだ。
それお返しに胸へ顔を埋めて、くんかくんか、くんかくんか。
「あひゃん!? ま、マリー駄目よ。女の子同士なのに」
「安心して私に身を任せて。美少女をくんかくんかするのはユグドラシルの十八番だよ」
「ユグドラシルって木のはずよね!?」
多少の設定ミスなんて気にするな。
マリーベルは香りを楽しめる女だよ!
「エルフって、エルフってぇー!!」
その後、ぷんぷん怒ったローズによってミミナガアルケミストは使用禁止にされた。
まあ、進んで使う気になれない魔法だから別にいいけどね。
おいにーとの差し引きでいえばむしろプラス。
故に黒字決算だ。
マリーベルは利益を得たよ!