43話 マリーはみんなと遊ぶ(後編)
「「あははっ!」」
大勢の子供たちの明るい笑い声が森の中にこだまする。
「「ギャギャギャ!」」
その中にいる明らかに異質な黒ずんだ子鬼。
けれど彼らはもう逃げも隠れもしない。
種族も笑い方も全く違うけれど、怯えることなく共に手を取り合う人間の姿がそこにはある。
その光景を前にローズは私に優しく微笑んでくれた。
「やったわ。これもマリーのおかげね」
ローズに褒めてナデナデしてもらえたので、とっても幸せな気持ちになれたけど……
でも私は首を横に振るよ。
「ううん、お姉ちゃんがいたからだよ」
そして二人で見つめるのはゴプリン族の被っている赤い三角帽子だ。
このマジックアイテムがあっという間に用意できた裏には、私の魔法とローズの協力があったのだ。
話は攻略本が光った直後に戻る。
ページに記された内容はとあるアイテムの情報だった。
【名 称】
赤き誓いの三角帽子
【必要素材】
・ゴブリンの魔糸
【概 要】
浄化の魔力を持つゴブリンの魔糸を使用した三角帽子。
シルキーメードレベル5より作成可能。
このアイテムを物質的に汚染することは出来ない。
穢れ無き三角帽を汚すことのできるものはこの世でただ一つ『嘘』のみである。
この帽子を装備した者が虚偽の申請をした場合、真紅は漆黒へと変わり二度と元に戻ることはないだろう。
古来よりエルフ間で諍いが起きた時に使用されるが、最近はエルフの若者がシルキー召喚と併用して楽しむことが多い。
要は嘘をつかなければ汚れない帽子ってことかな?
読み上げるとゴプララが尖った目を輝かせて私に詰め寄ってきた。
「これ良いゴプゥ。帽子なら目立つ上に、服ほど邪魔にならないから皆も受け入れやすいゴプゥ。何よりゴプリン族は綺麗好き、嘘なんかで自分を汚さない。だから帽子もずっと綺麗ゴプゥ!」
私もそれは思ったよ。
命捨てるほど馬鹿正直な種族だもんね。
でも一つわからない単語があるんだ。
素材のゴブリンの魔糸って何だろう?
ローズが隣で「シルキーさんに聞いてみましょう」って笑顔で言っているけど、私は嫌な予感がするんだよ。だって最後に「楽しむ」とか不吉な単語があったもん。
私は本当に嫌々だが、シルキーを呼び出した。
「……かしこまりましたの。レッドキャップについてわっちの知っている情報を全てお伝えしま……ごっふぁ!」
シルキーは真っ赤な血を口から吐き出した。
やっぱり、またトラウマか。
「ごふッ、この帽子はユグドラシル的表現を使うなら『嘘発見器』ですの。
エルフ達はこれを使って相手を尋問し、色の変化で嘘を見破るのです。
そして同時にこれはわっち達から言論の自由を奪う恐ろしい魔法……。
帽子を強要されたシルキー達には『ここがええんか? ほれ、ここがええんか?』というゲスい質問を拒むことすらできぬ苦痛と恥辱の生活が待っているのです……。
この赤い帽子が黒く染まった時、お仕置きと称して奴らが何をしたか知りたいですの?
潰れたカエルの様な笑みを浮かべたエルフ達が、げへへと舌なめずりをしながらわっち達にナニをしたか……
ねえマスター、本当に知りたいですの?」
いや、ゴブリンの魔糸について知りたいっす。
マスターが頼んでもないのに進んでトラウマを説明しないでよ。
「こほん、失礼。取り乱しましたの。
その魔糸というのはゴブリンの魔石から作られる特殊素材のことなのです。本来、魔力を含んだ素材の加工は非常に難しいもの……いわゆるマジックアイテム化と呼ばれる行為ですが、それはご存知ですの?」
魔力を含んだ素材というのは保存性、頑丈さなど色々な面で重宝される。
身近な例でいえば魔物の肉なんかは普通に置いておいても腐らずに長持ちするんだ。
銀狼の魔物や一つ眼の石化熊の肉は今でも新鮮だし、大森林でゲットした黄金のリンゴなんかの果物はいつまでたっても水水しいままなのだ。
そういったものを調理する程度ならコツはいるがさほど難しくは無いらしい。
だが魔石や骨や皮、羽などを『アイテム』へと加工するならば話は別だ。
熟練した魔力の扱いや、特殊な技法。それらを持つ者が専用の工房で作業を行う必要がある。
アイテム化は料理に比べると作業の時間も難易度も段違いに跳ね上がるのが普通だ。
「ですが、エルフ族にはアイテム化に関するとても便利な種族魔法がありますの。ゴブリンの魔糸はその魔法のレシピの一つなのです」
そこまで告げた時点で、シルキーは小さな人差し指をちょいちょいと動かした。
「ですので……マスター、またやっていませんか?」
その仕草が示すのは次のページを捲れという意味だ。
いっけね。
マリーベルはまた慌ててたよ!
【魔法名】
ミミナガアルケミスト
【魔法名】
種族魔法≪エルフ族≫
【概 要】
エルフの錬金壺を召喚することで魔力素材を加工する魔法。
対象を魔力土の溢れた壺内に投入し、一定時間漬けておくことでマジックアイテムを作成することが可能。
完成してしばらくは魔力土独特の匂いが付着するが、時間経過と共に消失するので心配は無用である。
作成可能なアイテムの種類や性能は術者の魔力レベルに依存する。
また最近では若いエルフの男性によって別の使い方も発見されている。
まずはシルキーを召喚し、壺内にあるネバネバとしたジェル状の魔力土をぶっかけ――
ぱたん。
マリーベルは攻略本を閉じたよ!
シルキーが今度は目から血の涙を流しているけどもう触れない。
さっさと赤き誓いの三角帽子を作って帰ってもらおう。
さらば妖精。
マリーベルは見切りをつけるよ!
私はすぐに世界から魔法の許可を得て、エルフの錬金壺を召喚した。
起動呪文と共に現れたのは口の大きい蓋付きの壺だ。
特に持ち手はないシンプルな形で、全体が艶のある赤茶色だった。
真ん中にへったくそなエルフ耳の女の子の顔が描かれているけど、これもしかして私かな?
割ってやろうか、ちくしょう。
初見から嫌な印象だったけど、この魔法で一番気に食わないのは匂いだった。
蓋を開けた瞬間、何かが腐ったような香りが漂ってきたのだ。
「うっ、変な匂いがする……これが攻略本にあった魔力土?」
「変かしら? あたしはこの匂い結構好きよ」
ローズは魔力土の香りが平気みたい。
でも他の皆はこの匂いが駄目のようだ。
露骨に距離を取って逃げてるよ。ずるいよね!
「とにかく一度やってみよっか」
ゴブリンの魔石はこの前の狩りでコレクション用にゲットしていたから問題ない。
私は匂いを我慢しながら魔石を壺の中へと押し込んだ。
壺いっぱいに詰っているのは青光りするネバッとした半液状――
土っていうよりスライムの感触に近いかな。
意外に弾力があるから手で奥まで突っ込まないと駄目みたいだ。
ネチョッとした質感が腕に絡み付いてなんか気持ち悪いよ。
わかった、これ『ぬか床』だ。
私の中のユグドラシルが教えてくれたよ。これエルフ族語で『ぬか床』だ。
そうしてしばらく置くと壺からピカッと強い光りが放たれた。
私は嫌悪感を我慢しつつ再び手を突っ込み、ネバネバの魔力土から完成した糠漬け――
もといゴブリンの魔糸の束を取り出した。
魔力土まみれでネチョネチョしているが、これでマジックアイテムの完成である。
しかしシルキーに材料を渡したけれど――、
「さすがにこれだけではご希望の数を揃えることができませんの」
私の手持ち分では足りないらしい。
どうしよう、今からゴブリンを探しにいこうかな?
そう考えているとローズが「任せて!」と胸を張ったんだ。
「魔石の用意ならあたしに心当たりがあるわ」
そしてローズが向かったのは交換所だ。
確かにマジルさんがゴブリンの魔石をいっぱい集めてたよね。
しかもこの『コーカン』はすでに成立しているのだ――
「ま、待ってくれ。それだけ量の魔石は結構な値打ちもんで……」
「ふふふ、マジルさんが自分で言ったんですよ? お姉ちゃんパンチで倒れたら何でもくれるって」
有無を言わさぬ女神の微笑みを携えながら、ローズは店の棚と倉庫にある全ての魔石をゲットしてたよ。
マジルさんは「ゴプリン族の為なら仕方ねえか……」とぼやきつつも、マジ泣きだけどね!
でもローズはまだ納得していないみたい。
「マジルさん、その場でジャンプして下さい」
「マ、マジでか……何でバレたんだ?!」
おっさんがピョンピョン跳ねるとズボンのポケットの中で魔石がジャラジャラ音を鳴らしていた。
ローズは黙って手のひらをマジルさんに突き出しているよ。
「くそう、姉妹揃って容赦ねえな!」
マジルさんが涙混じりに尿漏れしていたけどもう触れない。
こうして私たちはゴブリンの魔石を大量に入手することに成功し、ゴプリン族全員分の赤き誓いの三角帽子を作ることが出来たのだ。
本当に頼りになるね。
ローズはカツアゲを覚えたよ!




