41話 マリーは外で遊ぶ(後編)
お外で遊ぼう大作戦のおかげでゴプララは村に随分と馴染んできている。
今では私達以外の子達とも遊べるようになったし、大人達とも普通に会話しているよ。
常にワットが側にいてフォローしてくれているのが大きいかもね。
さすがゴプララ専用クッション、対人関係の衝撃も吸収する便利な道具である。
「ゴプゥ……いつもありがとう、ワット君」
「こんなの大したことないさ。ゴプララの為ならな」
「ギャギャ! ワット君……」
「ゴプララ……」
たまに二人で手を握り合い、ずーっと見つめ合うせいで遊びが中断するのが欠点かな。
その度にサリーちゃんは「美しいですわー!」と小躍り。
その後ろでは魔法で姿を隠したゴプリン族が「「綺麗、綺麗ゴプ!」」と騒いでいる。
よくわからないけど異種族間に芽生える友情は美しくて綺麗ってことだね!
ちなみにローズとシールはさっき捕まえた野ウサギをせっせと捌いてるよ。
ワットより今夜のおかず。肉食系女子コンビはいつだってクールだぜ。
あと最近、ゴプリダが血を吐きすぎて倒れたらしい。
なんでだろう?
これだけの人数がいると遊びも捗るんだ。
今日は森に入って様々な技能を修得する特訓ごっこで遊ぶのだ!
「ごっこじゃねえよ!? 本当の特訓だ」
ワットがギャーギャー騒いでいるけど気にするな。
唸れコーチの手腕。
マリーベルは技を伝授するよ!
教えるのは約束していたエルフパンチと二段ジャンプだ。
もちろん冒険者志望のシールも参加予定である。
「俺の時はなかなか交換しなかったくせに、シールだけタダで教えるなんてズルイぞ」
「んーん、私もちゃんとボスと『コーカン』した」
抗議するワットへ、シールはキランと目を輝かせた。
「次のおままごとではローズの夫役をボスに譲る」
「何だそりゃ!?」
ワットは不満そうにしているが、これは凄い『コーカン』なのだ。
いつもシールが旦那役をやりたがって、私は娘かお肉屋さんの役だったからね。
不動の夫役を譲り受け、お肉屋さんと人妻の秘密の関係はついに卒業だ。
にっしっしっ。
マリーベルはとうとうローズと夫婦になるよ!
「マリーは妹、マリーは妹……。これは遊びよ……遊びなんだから」
なんだかローズが頭から湯気を出しながら、ぶつぶつ呟いてるけど――
違うよ、夫だよ。
次のおままごとでは絶対に「あなた」って呼ばせるからね!
ゴプララとサリーちゃんのコンビは特訓という名の石磨きだ。
二人で拾った石を磨いてアクセサリー作りに夢中になっている。髪飾りにするかペンダントにするかで、キャッキャウフフと相談しているね。
よいよ、微笑ましいぞい。
正直、あっちに混ざりたい気持ちがムクムクと膨れ上がっているが、ここはグッと我慢である。
その気持ちを拳に込め、私は遠慮なくワットにエルフパンチ(弱)を放つのさ。
「ごっふぁ!」
かるーく打っただけなのに吹っ飛んでいっちゃった。もやしめ。
転がった先で、ワットはお腹を押さえてグエグエ喚いているよ。
「ななな、なんだこれ」
「エルフパンチ」
「名前と内容のギャップがありすぎるだろ!?」
そーなの?
ぶっちゃけ、ちょっと魔力を込めて殴ってるだけなんだけど。
「そんなわけあるか!? 拳のインパクトが与えるのは単純な物理ダメージだけではなく、後を引く激しい魔力の渦――。この技を受けると打ち込まれた魔力が体内で嵐のように暴れまわって内臓がめちゃくちゃにされるような感覚がずーっと残っているんだ。
拳が触れたほんの一瞬の間に自分と相手の魔力を混ぜ合わせ、強制的にかき乱すまさに剛の技……。
お前、自分がどれだけ凄いことをやっているのかわかってねーのか?!」
パンチソムリエ、その名はワット。
おかげでなんか凄そうなことだけはわかったよ。
エルフパンチってそんな感じだったの?
するとシールもコクンと頷いている。
「二段ジャンプの術も私とワットだと一度でほとんどの魔力を持っていかれる」
「お前の技はエグイ仕様のやつしかねえのかよ!」
ちくしょう、またエグイって言われた。
本気出したらワットどころか、この辺一体消し飛ばせるけど黙ってよう。
それに私以外には絶対に使えないってわけじゃなさそうだしね。
「でもお姉ちゃんはできてるよ」
私が口を尖らせながら指差した先では、ローズがピョコピョコ二段ジャンプしている。
私みたいに空高く飛ぶのは無理だけど、高いところから飛び降りた時の衝撃を吸収したり、子供の木登り程度の高さならいけるっぽいね。
でもあんなに軽々と真似できるローズ自身が凄いらしい。
ワットが「くそう、ペコロン姉妹はマジで規格外すぎるだろ」って呟いているから間違いないね。
でも一つ気になることがあるんだ。
ローズがジャンプするごとに何故かピチャピチャと水滴が降ってくるんだよ。
どうしてだろう? と思っていたら、答えはローズの口元にあった。
「夢だったの……マリーみたいに木の実を好きなだけもぎ取って食べるのが」
うん、ジャンプするごとに涎が空中で飛び散っていたんだね。
まさに執念のなせる業。
さすが悪食のローズ、ぶれない。
そしてローズはエルフパンチも見事にコピーしてのけたよ。
私みたいな威力は無いけど、大人の男も一発でKO出来るようになったのだ。
ちなみに実験体はマジルさんである。
「かかッ、もし食いしん坊のパンチで俺が倒れるようなことがあれば、店の商品から何でも好きなものをやるよ」
「お姉ちゃんパンチ」
「ごっふぁ!」
マジルさんはその場で膝を付き、ゲロゲーロとお漏らしを同時に垂れ流した。
店内で上も下もえらい騒ぎである。
きちゃない!
するとマジルさんは青い顔でプルプル震えながら、私に縋りついてきた。
「へへへ、やるじゃねえか……。
けど、ユグドラシル的にはご褒美とご馳走が手に入ったから店の商品は必要ねえだろ? な? な?」
いや、おっさんのはどっちもただの汚物だよ。
また今度好きな物を貰いにくるねと言ったら、目からも色々と垂れ流してた。
さすがローズ、パンチと『コーカン』で商品もゲット。出来る女である。
けれど結果として――
「ローズ。私にも教えて」
「お、俺も、マリーよりお前に教えて欲しい!」
弟子までローズにゲットされ、マリーベル流道場は一日で潰れました。ちくしょう!
その後も、私達は色々と遊びまわった。
ゴプララがマリーベルツアーに興味を持ってくれたので籠にインして走り回る時もあれば、村の子たちと協力して雪像を作ったりなんかもしたね。
汚れたら拭く。
それを何度も繰り返すうちに、ゴプララ自身も慣れてきたようで多少の汚れで川に飛び込むことも無くなってきたようだ。
そのことに私が気付いた時、ゴプララは嬉しそうに教えてくれた。
「ゴプゥ達は今までこんな風に他種族の子と遊んだことは無いゴプゥ。一族以外に関わると危ない。そう口すっぱく教えられてきたゴプゥ。でも――
やっぱり皆が羨ましかったゴプゥ。他の種族の子達のようにゴプゥも一緒に遊べたら……そう思って、ゴプリン族の子供は隠れん棒を使っていつも他の子達の様子を覗き見していたゴプゥ」
だからこの村に来てからの毎日が楽しくて仕方が無い。
ゴプララはそう言うと「ギャギャギャ」とゴブリンそっくりに笑う。
けどその顔は、ちゃんと歳相応の可愛らしい女の子のものだった。
「何度も遠くから眺めていたあの光景はとっても綺麗だったゴプゥ。そしてゴプゥは今その中にいる。だから汚れても綺麗! 皆と一緒なら平気ゴプゥ」
そして私達は日が暮れるまで夢中になって遊ぶ。
ゴプララがようやく手に入れた綺麗な世界の中で、泥だらけになって遊ぶ。
そんな日々が何日か続いたある日のこと……ついにその変化が現れたんだ。
「ギャギャ、やっと来たゴプゥ……」
ゴプララが嬉しそうに見つめる先には――
草葉の陰からちょっぴり覗く赤い角。
隠匿の魔法を使わず。その角が自らここへやって来た――
それはゴプララにとっても、ゴプリン族にとっても、とても大切な意味を持っていた。




