36話 マリーは引越しを手伝う
私とワットの提案に村長はようやく首を縦に振ってくれた。
「本当は村長としてはもっと慎重に話を進めるべきなんだろうけどね……」
相変わらず少し困っている表情は変わらなかったけれど、「まあ、大丈夫だろう」と呟き、そして全員が似たような言葉を続けた。
「マリー君のことだし……」と、諦めきった顔で呟くイズディス村長。
「まあ嬢ちゃんだからな」と、疲れきった顔で呆れるマジルさん。
「そうねえー、マリーちゃんだものね」と、微笑むマゼットさん。
「ああ、ボスだしな」と、大口を開けて笑うカシーナさん。
さすが私、相変わらず妙な信頼感を得ているぜ!
狼、熊、シルキー、大蛇事件と色々あったもんね。
数々の珍騒動で培った信頼と実績のマリーベルのなせる業である。
そうして私とゴプリンが辿り着いたのは村のすぐ近くにある川原だ――
「本当にここに住んでもいいゴプか……」
「村長の許可はもらったから大丈夫だよ」
ここは木々が無くなっていて、周囲の地面ものっぺらぼうになっているんだ。
なぜかって?
私が風魔法ファーンの竜巻で何もかも吹っ飛ばしたからね!
そう、ここは私達がかつて魔法の練習をしていた場所なのだ。
「村長が村の人たちにもゴプリン族のことを説明してくれるから、うちの村人に狙われる心配はないよ。それにここなら魔物がきてもニョーデル村にすぐ逃げ込めるしね」
本格的な村への出入りはまだ様子見だけれど、これでお互いを知る時間もできる。
おまけに川の近くで、土地も開けていて条件にもばっちり一致だ。
ニョーデル村には神様の像もあるから万が一の時は走って逃げてこればOK。知らない人に襲われそうな時はイズディス村長にお願いしてゴブリンじゃないことを話してもらう。
これだけでも今までに比べれば安全性はかなり高いね。
「よくここを思いついたね、ワット」
「これだけ衝撃的な事件を起こしといて忘れることができるお前がスゲエよ」
珍しく褒めてやったのになんか苦い顔された。もやしめ。
私は折れて転がっている大木を片手でひょいひょいと放り投げ、残ってた根っこを素手でぶっこ抜く。
ゴプリンは全員ぽかーんとした顔で私を見ていたよ。
「オマエ……大物だったゴプな」
その中で何故かゴプリダが妙に固い顔をしていたのが印象的だった。
それでは皆でここに住むための準備を始めよう。
ニョーデル組の大人たちは村へ説明に戻ったので、私とローズ、シールとサリーちゃん、そしておまけのワットでお手伝いだ。
「誰がおまけだ!」
せいぜい労働力として役に立つがいい。もやしめ。
私は落ちているでっかい木や根っこを隅っこによける係だ。
そしてそれをいい感じに切るのはシールの役目である。
「任せて。この剣の錆にしてくれる」
キリッと言い放つケモミミ娘。まあ木剣だから錆はつかないけどね!
けれどここでユグドラシルの聖剣の切れ味が大活躍だ。
すぱぱーんと出来上がる斧やノコギリよりも鮮やかな切断面にゴプリンたちは大喜び。
「切り口がツルツルのペタペタ! 綺麗、綺麗ゴプ!!」
歓喜に震えるゴプリン達を前にシールの尻尾がブルンブルン回転しているよ。
「漏らすまでもない」
はい、出ました決め台詞。
誇らしげに胸を張る仕事人。シールさんは今日も絶好調だね!
その姿にゴプリン達は更に「オマエも綺麗! 綺麗ゴプ!!」と大騒ぎ。
微乳もイケる。
そんなツルペタ好きのゴプリン族も絶好調である!
サリーちゃんは皆の為にペコロン茶を配って回る役だ。適度な休憩も必要だからね。
そしてお茶受けとしてザッカルーを用意してくれたんだけど……
「さあ、召し上がれー!」
「ギャギャギャ! 綺麗で美味いゴプ!!」
ツルペタ幼女による馬乗りザッカルーねじ込みサービスにゴプリンの行列が並ぶ並ぶ。
味もシチュエーションも堪能できる素敵な時間を過ごせたおかげで、長旅に疲れ果てていたゴプリン族は全員復活。作業のスピードがみるみる上がっていった。
脅威のリラクゼーション効果。
サリーちゃんのねじ込みは今日も絶好調だね!
そして何よりも見事だったのはゴプリン族だ。
幼女に跨られても自分からは指一本触れてません。
「「ゴプ達は綺麗好き。だから絶対に汚さない!」」
獣人族とは一味違う。
ゴプリン族に宿った崇高な精神も絶好調である!
ローズとワットは落ちている石を集めて家作りのお手伝いだ。
ゴプリン族には石の形を変える種族魔法があるらしい。
用意した石に起動呪文を唱えたら、うにょうにょと真四角な形に変わってたよ。
ゴプリン族の中で一番魔力が大きいゴプリダがローズに説明してくれた。
「これを組み上げて家を作るゴプ。形は魔法でどうにでもなるゴプから、なるべく大きめの石を集めて欲しいゴプ」
「大きめの石が必要なのね……この石って魔法で作ってもいいのかしら?」
「ギャギャギャ。いいがオマエみたいな子供にできるゴプか?」
するとローズは一度咳払いをすると両手を前にかざし、「カチン!」と唱えた。
次の瞬間、両手に抱えるぐらいの真っ黒な大石が出現する。
その光景に「何だ!? 何でだ!!」と一番仰天していたのはワットだった。
「これって初級土属性魔法のカチンじゃねーか!? お前、この前に教わったばっかりなのにもう覚えたってのか!?」
「ええ、少し前に使えるようになったわ」
「姉妹揃って何でこんなに許可が下りるの早いんだよ?! しかもカチンは手のひらサイズの石を作る魔法のはずだぞ?」
その言葉にローズは目を見張るような色香を振りまきながら髪をかき上げ、「まだまだひよっこね」と柔和な微笑みを浮かべた。
「マリーだってもっと大きな石を出していたでしょう? だから魔力を多めに込めればいけるかもと思って色々試したのよ。そうしたらなんとなく出来るようになったわ」
その言葉にワットは衝撃を受けてたみたい。
「そんなに簡単な問題じゃないぞ。くそっ、天才め……」とか呟いてたから間違いないね。
その後、魔力の多いローズは次々と石を作り、ゴプリダ達はそれを加工して組み上げたんだ。魔法がまだ使えないワットはゴプララと二人で石を運ぶお手伝いだ。
何故かゴプララがちょっぴり赤い顔をしていたけど、どうしてだろう?
そしてしばらくすると居住の環境が大分整ってきたんだ。
「ギャギャ、オマエラのおかげで随分と早くて綺麗にできたゴプ」
ゴプリダが代表してお礼を言ってくれたんだ。
落ち着ける場所ができたおかげでゴプリン族の皆もとても嬉しそうな顔をしていたよ。
するとローズが「もういいわよね?」と呟くと、瞳をキュピーンと妖しく光らせたんだ。
「ふふふ。この魔法があればアレが出来るのよ」
そこからのローズの行動は早かった。私とシールには川で魚を獲ってくることを、サリーちゃんとワットには村から桶をいっぱい借りてくることを指示したのだ。
そしてローズはカチンを唱えて小石を大量に用意し、火種魔法チャッカマを使い小石を焼き始めた。すると石は真っ赤になるほど熱くなったんだ。
「焼いた石はね……こうするのよ」
桶に魚を入れて水を注ぎ、ローズは焼いた小石をドバドバーッ!!と投入する。
するとジューッと音が弾け、瞬間的に水がお湯へと沸騰した。
中にあった魚はあっという間に煮えたぎり、辺りには美味しそうな磯の香りがぶわっと広がったんだ。
そして口に含んだお魚は……う・ま・かっ・た・よ!!
一瞬で煮てしまうこの豪快な料理は、瞬間的に火が通ることで魚の身がギュギュっと引き締まり、普通に焼くのとは別格の味わいになるんだ。
調理の見た目も派手で鮮やか。そして何より美味である。
だからゴプリン族もガブガブと魚を頬張っていたよ。
「「ギャギャギャ、美味いゴプ。この料理は綺麗ゴプ!」」
種族一同が大喜びだ。今日もローズの料理の腕は絶好調だね!
「カチンという魔法の存在を知った日から、あたしはこの料理を夢見てきたのよ!」
つまり石焼料理のためだけに土魔法を特訓していたのか。
魚肉もイケる。
さすが我が姉ローズ、今日もぶれない!
そしてこれでゴプララとの『コーカン』成立だ!
さあ、あのピカピカ光る石を貰うぞー……と、思ったんだけどさ。
よくよく考えたら今回の功労者って私じゃなくて――
「はぁ!? 俺が受けとるのか!?」
そう、ワットだ。
「でもこの場所を作ったのはお前の魔法だろ?」
「そうだけど、私はこの場所のこと思いつかなかったもん。だから今回の『コーカン』を受け取るのはここを思い出して教えてくれたワットだよ」
そりゃ、正直悔しいよ。私だってゴプララと『コーカン』したいよ!
でも駄目。そんな横取りのようなことは私のしたい『コーカン』ではないのだ。
戸惑うワットにゴプララは、ピカピカの丸石を差し出した。
「ゴプ達を助けてくれてありがとうゴプゥ」
「べ、別にお前らのためじぇねえよ。気が向いたからだ……」
ワットはそっぽを向いて、ゴプララは少し視線を下げて、互いに真っ赤になりながら『コーカン』をしていた。
特にゴプララはその後もずっと頬を赤く染めてワットのことをポーッと見つめていたよ。
なんでだろう?
でも「ぐぬぬ」と悔しがっていた私の為に他の子たちがピカピカ丸石をくれたんだ。
いっぱい木を運んでくれたのと『コーカン』だってさ。ローズ達も貰ったみたい。
残念ながらゴプララとの『コーカン』は今回出来なかったけれど、また次の機会だね。
ゴブリンそっくりだが中身は全く違う、人間のゴプリン族。
ニョーデル村の近所にやってきた新たな種族の引越しはこうして無事に終わったのだった。
そしてその日の夜も更け、私とローズはすでに暖かい床の中だ。
一日中歩き回り、たくさんの魔力を使ったローズはあっという間に眠りに落ちた。
私は『コーカン』で手に入れたピカピカ丸石を眺めてニヤニヤ中だ。
ぬふふ、今日も楽しく『コーカン』できたよ。
マリーベルは満足、満足。なんだけれど――
「でも何か忘れてるような気がする……何だっけ?」
そしてしばし考えて私は思い出した。
「あ、攻略本のこと聞くのすっかり忘れてた!」
何故かゴプリダも持ってた上に、私の攻略本を『エルフの章』とか言ってたよね?
うーん、『コーカン』に目が眩んで完全に忘れてたよ。
まあ、明日聞けばいっか。
――と思った瞬間、私はその異変に気付いたんだ。
「魔力の気配……誰だろう?」
外から僅かに魔力を感じる。
いや、それだけではない……その中に強烈な殺気が混ざっているのを感じる。
エルフ族は魔力に敏感だからわかるのだ。
この殺気が私に向けられていることが――
私は急いで外へ飛び出し、暗闇に向かって問いかけた。
「誰? 出てきなよ」
そして闇の中から現れたのはゴプリン族の族長ゴプリダ。そして――
「さすがエルフ族……いや、この本の所有者ゴプ」
その手に握られているのは攻略本だ。
戸惑う私をあざ笑うように、ゴプリダは「ギャギャギャ」と声を上げる。
彼から昼間の陽気な態度は消え失せ、石のように固くなった表情からは暗く冷たい声色が放たれる。
「オマエは知っているゴプか? これを持つ者同士が出会った時はどうするのか……」
夜の闇を背に重苦しい空気を纏い、ゴプリダはその答えを紡ぐ。
「殺して本を奪うゴプ」
彼の鋭く尖った瞳は、真っ直ぐに私を捉えていた。




