35話 マリーはゴプリンを知る(後編)
私とゴプリダが握手を交わすとゴプリン族はホッとしたような顔を浮かべていた。
随分と緊張していたのか、その場で倒れるように寝転がる者まで出てきたよ。
故郷を追われてからずっと警戒していて、眠ることも出来ない辛い旅路だったそうだ。
うんうん、安心しなよ。
マリーベルは裸体主義の味方だよ!
私がそんな同士達を感慨深く眺めていると、集団から一人のゴプリンが恐る恐る近づいてきたんだ。彼女はゴプリダの娘で名前をゴプララというらしい。
ゴプララは私の前に辿り着くと、あるものを差し出した。
「コレ、あげるゴプゥ」
少し舌足らずな話し方で渡されたのはまるで宝石みたいな丸石だった。
薄黄色と濃い茶色、そして白の三色が縞模様になっているまん丸な球体は、太陽の光をピッカピカに反射して輝いていた。形も色も恐ろしい程に整っている。
「何これ、凄く綺麗じゃん!」
「助けてくれたお礼ゴプゥ……」
話によるとゴプリン族は石に愛された種族らしい。だから魔力は弱いけれど全員が土の器を持って生まれる。この丸石は土魔法でゴプララが磨いたそうだ。
その素晴らしさにローズ達少女組はキャッキャとはしゃぎ、大人の奥様方は目を見開いて深い感嘆のため息をついていた。
あまりの高評価にゴプララは恥ずかしそうに指をモジモジさせているよ。
ギャギャ♪と微笑む様は完全に小鬼だけど中身は純情な乙女である。
「じゃあ、助けたのと『コーカン』だね!」
……あれ? 何か違くね?
元々、攻撃を仕掛けたのはこっちだ。
なのに、それから助けた事と『コーカン』というのはマリーベル的には面白くない。私はもっとウィンウィンな感じがお好みなのだ。
「ちゃんとゴプララと『コーカン』したいなぁ……」
すでにガシャーンと傾いてしまった心の天秤は止められない。
肉にほいほい釣られる姉に似て、私は『コーカン』にほいほい釣られる妹なのだ。
眉を寄せて、うぬぬと唸る私を見て、ローズは「マリーらしいわね」とクスクスと笑い、シールとサリーちゃんは「さすが!」と誇らしそうにしていた。
残りのメンバーは「またか例の発作か……」と呆れているよ。
要は今回の『コーカン』はゴプリン達がちゃんと助かればマリーベル的には成立するのだ。
だったら――
「ねえマジルさん、ゴプリン族を村に連れて行ったら駄目なの?」
住む場所が無くて困っているみたいだし、私とローズみたいにニョーデル村で迎えてあげられないのかな?
するとマジルさんはとっても深いため息を吐き出した。
「あのな、そういうことは村長に相談しろ」
あ、いけね。忘れてた。村長ってやっぱ影が薄過ぎだよね。
ワットが「やっぱり親父は……」とか呟いて睨んでた。ごめん、ごめん。
まあでも、この考えに子供組は好感触だ。ワットですらゴプリンに同情してたよ。
でも大人の判断は別だったんだ。
「マリー君は優しいね。でも――」
村長は柔らかい笑みを浮かべてはいたけれど、駄目だとはっきり断られた。
ゴプリンは五十人以上いる。この人数をニョーデル村で受け入れるのは住む場所や物資の面から考えても不可能だ。普通、外部からの受け入れにはもっと準備が必要らしい。
そしてもう一つ。彼らの情報が何も無いのも問題らしい。
ゴプリン族という種族を知らないだけではなく、私達はまだ彼らの人となりを全く把握していない。
村長は村の安全を第一に考えないと駄目だからね。
誰も知らない種族をいきなり村内へ大量に招くことは許可しかねるらしい。
「そっか、駄目かぁ……」
「仮に君の希望通りにするとしても、もう少し時間を掛けないと駄目だね」
村長は困った笑みを浮かべ、私はエルフ耳がだらしなくぶらーんと下がる。
そんな私達を見ていたゴプリダが陽気に笑った。
「ギャギャギャ。ゴプも族長の身だからわかる。その村長の言うことが正しいゴプ。
それにエルフの気持ちは嬉しいが、どちらにしろゴプ達も村に住むのは遠慮するゴプ」
「なんで?」
「他種族とは今までいろいろあったゴプからな」
だからゴプリン族は以前のように彼らだけで住める場所を探すつもりらしい。
そっか……本当は私達と話すだけでも相当勇気が必要だったんだね。
「ギャギャギャ、ゴプ達は綺麗好き。オマエは綺麗だから大丈夫!」
嬉しいこと言ってくれるじゃん。マリーベルは齢八歳なのに口説かれてるよ!
――と、思ったら少し違ったみたい。
「あと、アイツも綺麗ゴプ」
ゴプリダに指差されたのはなんとサリーちゃん。
「……わたくしですか?」
同時に私とサリーちゃんをチラチラと見ていたゴプリン族が「「ギャギャギャ、綺麗綺麗!」」と一斉に叫び始めたのだ。
「マリー様と一緒だなんて照れますわ!」とサリーちゃんは純粋に喜んでいるけれど……
ローズやマゼットさんに見向きもしない彼らの様子を見て、私は察したぜ。
『ゴプリン族は綺麗好き』つまりツルツルしてて凹凸の無いすっきりなペッタンが好き。
そう、ゴプリン族はツルペタ幼女が大好きなのだ!
ぬぬぬ、やっぱり村に近づけるのは危険な奴らなのかも……?
でもゴプリダは悩める私に族長として雄雄しく宣言したよ。
「アレは愛でるもの! ゴプ達は綺麗好き。だから絶対に汚さないゴプ」
へいへいへーい、聞いたかい?
待てが出来ない獣人族とは雲泥の差だね。
YESロリータ、NOタッチ。
ゴプリン族はユグドラシル的にも紳士だよ!
話によるとゴプリン族たちは体がすぐに洗える川の側に好んで住み着き、家は魔法で石を組んで作るそうだ。川の側である程度開けた安全な土地があれば理想的らしい。
こんな時こそ攻略本だ!
助けて神様ぁーと祈ったんだけれど。
「……何も出ないや。神様にもわからないことなのかな?」
「違うゴプ。多分オマエのそれは『エルフ族の章』。だからエルフ族に不可能なことには反応しないゴプ」
……ん? なんだかサラッとゴプリダが重要なこと言ったよ!?
でもその時、私達の会話をワットが遮ったんだ。ちっ、もやしめ。
「おい、お前はこいつらが安全に住めそうな場所を教えてやりたいんだよな?」
「そうだよ。どっか心当たりでもあんの?」
「それなら、あそこが丁度いいんじゃないか?」
そしてワットから告げられられた内容に、私はニヤリと笑みを零した。
――なるほどね。そういえばちょうど良いとこあったじゃん。




