04話 マリーはローズと家族になる
「ねえ、マリー。うちにおいでよ!」
ある日、ローズがそう切り出した。原因はエルフの里の話をしたことだ。
「そういえばマリーって家族の話したことないね」という会話から始まり、私の身の上を詳しく話したらローズが大激怒した。
特に『エルフ』『幼女』『全裸』の部分でぶち切れてたよ。
どうやらローズは私が普段は他のエルフと暮らしていて、遊ぶ時だけ里から出てきていると思っていたらしい。まあ、普通はそうだよね。
「お父さんとお母さんも連れておいでって言ってくれたの! だから一緒に暮らそう」
マリーを追い出すなんて許せない! と憤った彼女はすぐ家族に許可を得た。
両親も子供が大森林でぼっち生活をしていると聞いて驚いていたそうだ。
ローズも彼女の両親も私のことをとても心配してくれている。
私もローズと一緒にいれるならすごく嬉しいよ。
でも駄目なんだ――
「私、化け物だからきっと嫌われる」
自分への言い訳のように小さく呟く。
いつも思い出すのは生まれた瞬間に向けられた同族からの暗く冷たい瞳だ。
あの時のように、今度はヒト族から拒絶されるかもしれない。
そうしたらきっと、このローズとの夢のような時間が終わってしまう。
だから私はローズ以外のヒト族と積極的に関わる気にはならなかった。出会ってから三年も経つのに、実は彼女の住む集落へ近寄ったことすらない。
『コーカン』で生まれたローズとの日々は、どんなに力や魔力があっても手に入れることが出来ない大切なものだ。
裸一貫で捨てられたあの時とは違う。
私はもうこの幸福を知ってしまったから……。
きっと失うことに耐えられない。一人に戻ることが我慢できない。
だからこのままが一番いいのだ――
「マリーは化け物なんかじゃないよ!」
突然、ローズから今までに聞いたことのない声量が上がる。
俯いていた視線を上げると、私の手を彼女の暖かな手のひらが包んだ。
「いっぱい遊んで、いっぱいお話して、いっぱい交換して、あたしは知ってるもの。
マリーが本当はとっても優しくてカッコいい女の子だって!」
手加減はちょっぴり下手だけどね。と、こっそり付け足してローズは優しく微笑んだ。
その笑顔に私は鼻の奥がツンとするのを感じる。
だっていくら力があってもどうにもならなかったんだもの。
殴っても、魔力で脅しても、大声で違うと叫んでも、エルフや森の動物達にとって私は『化け物』だった。
化け物なんかじゃない。私が欲しかったその言葉をローズはくれるんだ。
「だから一緒にいよう。家族になろう。マリーは今日から私の妹になるの」
「いもうと……?」
「そう、私がお姉ちゃんでマリーが妹。お姉ちゃんっていうのは妹を守る人のことよ」
いつの間にか私の頬には一筋の涙が流れていた。
ローズはその涙をそっと拭い。大丈夫よ、と微笑んだ。
「あたしがあなたを守ってあげる」
あの冷たくて嫌な瞳から私を守ると言ってくれる。
たとえ何があっても一人にしないと言ってくれる。
そんな彼女と出会えて、そしてこれからも共にいることができるのなら――
きっと私は世界で一番幸せなエルフだ。
「行く」
掠れた声で、けれどはっきりと私は答える。
「私、ローズの……お姉ちゃんの妹になる」
そして私達は手を取り合って駆け出した。
大森林を出て、ローズと一緒に新しい世界へ向かって。
もう私は化け物でも孤独でもない。
私の名はマリーベル。
お姉ちゃんの妹で家族だ。
ローズの家に向かいながら、私はこれからやってくる幸せな未来に想いを馳せた。
お父さんやお母さんっていう人にも早く会ってみたい。ヒト族の両親ってどんな感じなんだろう。エルフは親が聖樹のユグドラシルだからね。光合成する親の背中しか知らないのよ。
ローズ以外のヒト族はどんな人たちなんだろう。いっぱい『コーカン』できるといいな。お肉もいっぱい取ってこよう。もちろんローズには一番大きいのをあげるのだ。
もう不安になんて思わない。むしろ楽しみでドキドキが収まらないよ。
だって頼りになるお姉ちゃんが一緒なんだもん。
けど辿り着いた先に私が思い描いた未来なんてなかったんだ。
そこにあったのは無残な家の瓦礫だけ――
もうヒト族の集落なんてこの世から無くなっていたのだから。