34話 マリーはゴプリンを知る(前編)
突然現れた二冊目の攻略本。
それを持つゴブリンそっくりな人たちに色々聞きたいことはあるけれど、まずは互いに自己紹介だ。
「「ゴプリン族!?」」
目の前で「ギャッギャギャー♪」と牙を覗かせながら笑う人間の言葉に皆は一同に声を揃えた。
ゴブリンではなくゴプリン。『ブ』じゃなくて『プ』ね。超ややこしいよ。
なんと彼らゴプリン族はエルフ族や獣人族と同じれっきとした人間の種族の一つらしい。
「そうゴプ。ゴプ達は正真正銘の人間!」
漆黒の肌に痩せこけた子供のような体躯を持ち、おまけに頭には親指サイズの小さな角が角二本生えているという容姿はどうみてもゴブリンそのもの。
笑い方もゴブリンそっくりだし、おまけに語尾にゴプって付けるんだよ。
ちなみにゴプリン族を代表して私達と会話しているのは族長のゴプリダだ。
なんとも強烈なゴプゴプ尽くしの一族である。
でもメンバーの中で一番物知りなマジルさんでもこの種族を知らないみたい。
「聞いたことねえなぁ」
顎鬚を摩りながら、半信半疑でゴプリンの群集を眺めている。
今私達の側にいるのは代表のゴプリダだけだ。他のゴプリン達は私達のいる所から少し距離を置いている。でも何故か彼らは怯えるような目でこっちを見ているよ。
村長達が間違って攻撃したから警戒しているのかな……?
でも理由はすぐにゴプリダが教えてくれたんだ――
「ならこれなら聞いたことあるゴプか? 冒険者の間でハズレと呼ばれるゴブリンのことを……」
「そういえばマジルさんが言ってたね。魔石にならないゴブリンがいるんだっけ?」
「ああ、そういうのを冒険者の間ではよくハズレって……おい、まさか!?」
マジルさんの驚愕の声にゴプリダは一度だけ深く頷きを返した。
「ゴプ達は人間。だから死んでも魔石にならないのは当然ゴプ」
衝撃的な事実に固まる私達に、ゴプリダはこれまでの経緯を話してくれた。
マジルさんの察したとおり、ハズレとは間違って狩られたゴプリン族の同胞のこと。
彼らは魔物のゴブリンと間違われて常に他種族から狙われる。時には害獣として狩人や軍に、時には魔石狙いの冒険者に、そうして何度も住処を失ってきたそうだ。
今回も隣国で居場所を失い、危険を覚悟で大森林を抜けてこの国まで逃げてきたらしい。
「これまで何度訴えてもゴプ達が人間だとは信じてもらえなかったゴプ。元々、ゴプリン族は数が少ないマイナーな種族。知らないのが当たり前……過去に何度も他の種族と繋がりを持とうとしたゴプが、最後には珍しいゴブリンとして売られてしまった同胞ばかりゴプ」
だからゴプリン族は目立たないように他種族から隠れて暮らしているらしい。
残念なことに彼らは見た目と同じく戦闘力もゴブリンと同程度。おまけに襲撃を受けるごとに仲間もバラバラになってしまい、数も減っていく一方なのだ。
さっきも私が割って入らなければ、確実にゴプリン達の何人かは死んでいただろう。
元冒険者組は完全に言葉を失っていたよ。知らなかったとはいえ実際に自分達もこの人間をゴブリンと同じように扱っていたからね。
「ギャギャギャ、いつものことゴプ。それに今回は違った!」
するとゴプリダは陽気に笑って私へ目を向ける。
「驚いたゴプ……ゴプ達の見分けがつく奴がいるなんて」
「そうかな? 近くで見ると顔つきも全然違うよ。ゴブリンはみーんな同じ顔だったけど、ゴプリン族は一人一人が個性的な顔してるし」
私の言葉を聞いて、マジルさんは何度も不思議そうにゴプリダの顔を凝視していた。
「マジか? マジでか? 全然わからん」
「マジルさんにはわからないの? お姉ちゃんは?」
「ごめんね、あたしもわからないわ……」
ローズも申し訳なさそうに首を横に振る。
うーん、私以外は誰もわからないみたい。
きっと間違い探しみたいなものだね。固定観念があるとなかなか気付けないのだろう。
私は明らかに違うその一点を指差した。
「でもゴブリンと一番違うのは角かな? ゴブリンは青いけど、ゴプリンは赤いよ」
「「き、気付かなかったー!!」」
私の発言にマジルさん達だけではなく、遠くで様子を伺っていたゴプリン達も動揺している。相当ビックリしたんだね。「れ、歴史的な大発見ゴプ!」とか叫んでるよ。
マジか、マジでか!? マリーベルは歴史に名を刻んだよ!
そして最終的に「盲点だった。さすがエルフ族ゴプ!」とかいって全員が私を拝み始めたよ。やめい。
あとゴプリン族ってどうしてか他人のような気がしないんだよね。
それもあって違いに気付けたんだけど、この親近感って一体何だろう。
するとローズがゴプリダに気になっていたことを尋ねたんだ。
「でもどうしてゴブリンと同じ布の腰巻しかしていないの? もっときちんとした服を着れば他の皆にも人間だって伝えやすいのに……」
「ゴプリン族はみんな綺麗好きゴプ。少しでも服が汚れたら気になって何も出来ない。布地の面が少なければそれだけ汚れにくいゴプからな。つまりーー」
そしてゴプリダはあっけらかんと笑った。
「裸が一番。服なんて本当は邪魔なだけゴプ!」
次の瞬間、私はゴプリダと熱い握手をがっつり交わしていたよ。
向こうも優しい瞳で、うんうんと大きく頷いているね。
へへへ、お互い言葉が無くても言いたいことがわかるんだ。
巡り会えた同好の士。マリーベルは類友を見つけたよ!




