33話 マリーはもう一冊と会う(後編)
マジルさん達は中々とバランスがいいパーティだ。
大盾と手斧で敵を引き付ける役目のマジルさんと、素早い動きで敵を翻弄するカシーナさんが前衛役。
土と水の器であるイズディス村長は魔法メインで、火の器であるマゼットさんは魔法と弓矢を織り交ぜて、共に後衛役を務めている。
あ、今度はゴブリンが十匹も同時に現れたよ。
すると村長は素早くパーティメンバーへ指示を出した。
「マジル君とカシーナ君はゴブリンを引き付けてくれ。マゼットは奴らが散らないように炎で牽制を。僕が大きいので一気に仕留める。子供達は決して前に出ないように」
見た目は虚弱でもパーティのリーダーは村長みたいだね。
そしてマジルさんが斧で派手に暴れて敵を引き付け、動きの早いカシーナさんが隙をついて剣で切る。マゼットさんは弓矢と炎の玉を飛ばして敵を一点に留めているよ。
そして最後にイズディス村長が土属性の攻撃魔法を唱えた。
「アースルパイク!」
すると村長の周囲に大人の腕ぐらいの太さと長さはある石柱が二十本近く発生した。
その先端はつららのように鋭く尖り、術者の合図と同時に標的へと飛び掛る。
ズサズサズサッ!
轟音と共にゴブリン達は土魔術に次々と貫かれ、本来の魔石へと戻った。
「村長ってば、やるじゃん」
「マリー君にそういってもらえると光栄だよ」
今にも風で吹き飛びそうな埃系男子は照れくさそうに幸薄い笑みを浮かべている。
なんか常にプルプル震えている男だから弱っちいイメージだったけれど、戦いになると魔法は派手だし、指示も的確で頼りになるんだね。
正直侮ってた。ごめんね、マリーベルは見直したよ!
でも息子のワットは少し不満だったみたい。
「へん。こんなの大したことねえよ」
そんなツンとした態度を取ってマゼットさんに頬をつねられていた。
思春期かな? 面倒くさいお年頃である。
パーティはその後どんどん森の奥へ進み、数多のゴブリンを順調に討伐していく。
するといくつかの戦闘を終えたあたりで、ローズがあることに気付いた。
「マジルさん、腕から血が出てますよ」
「ん? ああ、本当だ。ちょっぴり切られちまったみたいだな」
「あたしが治療してもいいですか?」
「お、例の回復魔法の特訓か? それじゃあ、いっちょ頼むぜ」
ローズはトコトコとマジルさんに近づくと、傷へ手をかざして起動呪文を唱えた。
「ファイヒール」
赤色の光が傷口を包み込むと、腕の切り傷はみるみると塞がっていく。
ふふふ、なんとローズは初級の回復魔法を覚えたのだ!
「悪いな、嬢ちゃん」
「いえ、むしろどんどん使ってレベルを上げないといけないので」
「例の神聖魔法を覚えるためにまずは他の属性を鍛えるんだっけか?」
「はい、そうマリーが教えてくれたんです」
ローズの言葉で皆の視線が一斉に私へ集まった。
全五属性を持つ『王の器』のみに使える神聖魔法。それを扱える者があまりに稀有な存在である為、その認可条件は世間一般に広まってはいない。マゼットさんも知らなかったのだ。
ではなぜわかったのかって?
私はローズの為ならいつだって本気で神に祈れる妹、マリーベルなのだよ。
最近やっと仕組みのわかってきた攻略本から情報を仕入れたのだ。
【魔法名】
ゴスペルヒール
【種 別】
属性魔法・聖
【概 要】
聖属性の回復魔法。使用者のレベルに応じた範囲で対象の体力を回復する。
又、肉体の欠損部位の再生も可能であり、傷を塞ぐ程度である他属性の治療術とは一線を画する。
【認可条件】
☆五属性を持つ王の器であること。
☆規定以上の魔力量を保有すること。
☆各属性の回復術『ファイヒール』『アクアヒール』『アースヒール』『サンダヒール』『ウィンヒール』の熟練度がそれぞれ規定値を超えること。
☆前記の条件を満たした上で、神の像へ祈りを捧げること。
ありがとう攻略本! おかげでお姉ちゃんにいっぱいナデナデしてもらえたよ!!
ちなみにローズがさっきマジルさんに使っていたのは切り傷や焼けどに効果的な炎属性のファイヒールだ。そうして何度も使用して今は他属性の熟練度を上げている段階である。
レッツトライ。ローズは回復要員としての修行を始めたよ!
お姉ちゃんは私と違って魔力の細かい操作も得意だから、きっと凄いことになるぞー。
シールとサリーちゃんはマジルさん夫婦に冒険者の心得を学び、ローズはマゼットさん達に魔法について教わりながら、たまにヒールをして熟練度を上げる。
その一方で、大人たちは素早い連携プレイで戦闘を終わらせるんだ。
また村長が派手な魔法を使ってゴブリンを一掃したよ。
「へん、大したことねえよ!」
そして悪態をつくワットはまた母親に怒られる。
この光景がなんだかテンプレ化してきたね。
父親の勇姿を前にワットはずーっとムスッとしているよ。
「ねえ、何でそんなに不機嫌なの? 村長、強いじゃん」
「こんな魔法じゃ全然足りないんだよ」
……足りない? 意味がわからず私はコテンと首を傾ける。
ちょうど皆がそれぞれ指導を受けていたのが良かったみたい。ワットは近くに私しかいないのを確認すると口を尖らせながら呟いた。
「わかってるよ……本当は親父が凄いことぐらい。けど村でこんなふうに魔法を使う機会なんて滅多にないだろ? だから影の薄い親父は村の皆に忘れられるんだ」
忘れられるって、実の父親に対してそりゃひどい言い草だよ。
「お前だって前に親父の顔忘れてただろ」
「そんなことは……あったね」
村長ったら幸薄すぎて印象に残らないんだよね!
魔法を使ってなかったらただの栄養の足りないツクシだもん。
ワットは「それも酷くねえか?」と呆れた顔をして話を続けた。
「だから何かあったら皆は最初にマジルおじさんを頼るんだ。親父は村長なのに肝心な時には忘れられてる……。俺はそんな影の薄い男になりたくない!」
そういえばサリーちゃん達も一番最初にマジルさんのとこに来てたね。
ワットは悔しそうにぐっと拳を強く握っているよ。
「だから親父よりも、もっと強くて派手な魔法を覚えたいんだ。村の奴らが一度見たら俺のことを一生忘れないぐらい凄いやつをさ」
「だからワットは攻略本が欲しかったの?」
「ああ、そうだ。魔法が得意なエルフの本ってことは、それって凄い魔道書か何かなんだろ? 一つでもいいから教えてくれよ」
二段ジャンプも覚えたがっていたし、意外とワットに向上心があったのも納得したよ。
思ったよりも真剣みたいだし、一回だけ試しに祈ってみてもいいかな。
「具体的にどんな魔法が欲しいの?」
「ギュワンと派手で、ブワブワっと敵が吹っ飛ぶ伝説の魔法がいい!」
所詮はガキンチョか。
まあでもリクエストには応えよう。マリーベルは寛容な女だからね!
「ワットが派手になる方法、ワットが派手になる方法」
しーん、攻略本は何の反応も示さなかった。
「うん、ないね。きっと神様にも不可能なんだよ」
「何でだ!? 諦めるの早すぎだろ!」
「まあまあ、代わりに二段ジャンプを教えてあげるからさ。今ならオマケでエルフパンチも付けてあげるよ?」
「……何かと交換にだろ?」
完全に疑ってかかる半目のワットに、私はニシシと笑みを返した。
「よくわかってるじゃん」
そこは譲れないよ。マリーベルは『コーカン』が大好きなのだ!
その後も幾度か戦闘を続け、そろそろゴブリンも狩り尽くしたかと思われた時――
パーティの最前列を進んでいたマジルさんが「全員伏せろ!」と声を荒げた。
なんと目の前の川原で五十人近いゴブリンの集団が歩いていたのだ。
「くそ、大分増えてやがるぜ……。でもどういうことだ? ゴブリンがここまで大きな集団で移動するなんて珍しいな。まるで引越しだ」
私達は少し高い丘にいたおかげでゴブリン達にはまだ見つかっていない。急いで草陰へ伏せると息を殺し、丘の上からゴブリンの集団を見下ろした。
小さな子供サイズの黒い肌の鬼達がわらわらと下流の方へ向かっていくよ。
でも……あれ? あのゴブリン何かおかしくない?
その違和感を覚えたのは私だけみたいだ。
村長達は既に討伐の打ち合わせを始めていた。
「まずは僕とマゼットの全力攻撃で数を減らそう。同時にマジル君達は突っ込んでくれ。数が多いからあまり前へ出過ぎないようにね」
大人たちは頷き合うと配置についた。子供組は危ないから少し離れた場所でこの戦いを見守っている。
その間に私は目を凝らして再度ゴブリンの集団を観察してみた。
うーん、やっぱり何かおかしいよね?
しかし私がうんうん唸っている間に、戦いの火蓋は落とされた。
村長とマゼットさんがゴブリンの集団へ向け呪文を放つ。
「アースルパイク!」
「ファイルパイク!」
そして生まれたのは何十にも及ぶ円錐状に尖った石と炎だ。さっきより魔力も多く込められているみたい。同じ呪文なのに前より太さも数も随分と増えていた。
ゴブリンたちも発動した魔法に気付いたみたいだけれど、もう手遅れだ。
みるみるうちに数多の石と炎の槍が集団へと迫っていく――
けれど、私はその瞬間に確信した。
「あ、やっぱり違う」
同時に私は大地を蹴り、高速で村長たちの魔法を追い越した。
そして腕を強めに振り払い、風圧で魔法を全て叩き落す。
「「な、何やってんの!?」」
全力攻撃があっさり撃墜された。おまけに味方の子供に。
衝撃的な行動と光景に、元冒険者組は目玉が飛び出そうなぐらい驚いている。
ローズ達も何事かと心配しているみたいだ。
皆、急にごめんね。でもこの魔法が当たったらマズイと思ったんだよ。
その理由は――
「だってこいつらゴブリンじゃないよ?」
「「はぁー!?」」
私以外の全員がその事実に固まっている。
ゴブリンっぽい人たちの方を向けば、彼らも同じくフリーズしていた。なんでや。
あ、でも奥にいるガタイのいい奴が私へ攻撃魔法の準備しているよ?
とりあえず面倒なので、攻略本ブーメランを投げておく。
凄いでしょ? こんなシーンでもマリーベルは冷静に攻略本を使いこなしてるよ!
決まった。と思っていたら一人のゴブリンっぽい人が荷物を放り出して、私の元へと慌てて駆け寄ってきた。
「お、お前……ゴプ達がゴブリンじゃないってわかるゴプか?」
あ、しゃべった。なんかゴプって言ってるよ。
そんなスルっと出てきた変な語尾に気を取られたのが失敗だった。
私は戻ってきた攻略本をキャッチし損ねてモロに頭へゴッツンコしてしまったのだ。
「「ぎゃいん!?」」
あれ? 今、私以外の悲鳴も聞こえなかった?
声の主を確認すると目の前でゴブリンっぽい人も頭を押さえて蹲っている。
その原因は――私達の下に転がっているそっくりな表紙をした二冊の本。
私達は互いの頭に突き刺さったものを見比べ合うと、同時に呟いた。
「「攻略本……?」」
魔法についての補足(読み飛ばしてもOK)
↓
今回使ったルパイク系の魔法は、ざっくり表現すると『尖ったものがいっぱい飛んでいく魔法』です。
炎属性=ファイ 水属性=アクア 土属性=アース 雷属性=サンダ 風属性=ウィン
属性名+ルパイクなので、ファイルパイクなら尖った炎がいっぱい飛んでいきます。
劇中にて解説する機会が多分無いので補足させていただきました。
ちなみに前話のファイボールは単体攻撃。名前はルパイクと同じ法則です。
ヒールも同じ法則ですが、ファイヒールは『炎系のダメージと切り傷向け』、アクアヒールは『水系のダメージと打撲骨折向け』というように属性ごとの得手不得手があります。
話で使うことがあるかはまだ不明ですが! 一応、こういう設定でした。




