32話 マリーはもう一冊に会う(中編)
今回のパーティの任務は『ゴブリン狩り』である。
ゴブリンの見た目はガリガリにやせ細った十歳程度の子供の姿だ。
ただし全身の肌は黒ずんでいて、頭部には二本の青くて短い角がある。目つきはナイフのように鋭く、顎や牙も鋭角に尖っているので人間と見間違える者はいないだろう。身に着けているものも布の腰巻だけだ。
ゴブリンの実力は大したことない。追い払うだけならば子供にもできる。
ではなぜ積極的に討伐されるかといえば、それは物事に対して好奇心が強いという特徴のせいだ。気になるものを見つけて好奇心に支配されたゴブリンには、神様の像の魔物除けが効かないらしい。
要は像が嫌だと思っていても気になるものは気になるんだね。
そして奴らは好奇心を満たす為に人里にどんどん現れる。そして農具を壊し、家畜を殺し、畑を荒らす。そんな魔物が放置しておくと増えるのだから非常に厄介だ。
そんな魔物講義をマゼットさんから受けていると、また一匹のゴブリンが草葉の陰から飛び出してくる。
「ギャギャギャー」
何が嬉しいのかゴブリンは笑いながらこちらへ襲いかかってきた。
するとマゼットさんがボインボインとおっぱいを揺らしながら一歩前へ進んだ。
「私に任せてー。ファイボール!」
唱えたのは火の玉が飛んでいく炎属性の呪文だ。マゼットさんから突き出しされた手のひらから炎の塊が発射され、ゴブリンに直撃する。
「ギャッギャギャー♪」
何が嬉しいのかゴブリンは笑いながら昇天した。
うーん、『人妻×巨乳×火責め』に喜ぶとはゴブリンもなかなか通だね!
好奇心に命をかける魔物ゴブリン。その本質はユグドラシルも認める逸材だ。
ゴブリンは大地の魔力の影響で石が魔物化したものらしい。
だから討伐されると手で掴めるサイズの石に戻るのだが、それには魔力が篭っていて素材として利用できるのだ。
今もマジルさんが漏らしながら拾っているよ。
「このゴブリンの魔石は魔道具の材料にもなるからそこそこ良い値で売れるんだ。冒険者の中じゃ、結構な小遣い稼ぎになるからゴブリンを専門にしている奴もいるぐらいさ」
「なるほどゴブリンはいっぱい『コーカン』できるのか」
にっしっし。マリーベルのやる気メーターがぐいんと上がったよ!
「次に出てきたゴブリンは私が仕留めていい? そんで『コーカン』したい」
「はは、嬢ちゃんらしいぜ。だが気をつけろよ。これは噂だが、たまーに魔石にならないゴブリンがいるらしい。俺は経験したことはないが、そんときゃ空振りの大損さ」
「要は運次第ってことね。それなら心配いらないよ。私は普段の行いがいいからさ!」
許可をもらい私はパーティの先頭に踊り出た。
そしてしばらく進むと、草むらからガサガサと動物の気配がする。
獲物は見えないがちょうどいい、こんな時は用意していた必殺技の出番である。
「いくよ、マリーベル流『攻略本ブーメラン』!」
文字通り巨大な質量を持つ攻略本をブン投げる奥義である。
攻略本は猪張りの速度で茂みへと突き刺さり、敵を捉える―ー
「グギャーッ!!」
お見事。マリーベルはゴブリンを倒したよ!
――と思ったら出てきたのは不審な人影だった。
葉っぱ一枚で股間を隠した全裸のエルフがプンプン怒って立ちふさがったのだ。
「おのれマリーベル! あのような不意打ちで勝ったと思うなよ」
なんだ変態か。ゴブリン以下の存在だ。しょぼーんである。
「変態ではない。勇者アナンダだ!」
この状態でも勇者と名乗るその度胸だけは勇者だね。
でもあんた里に帰ったんじゃなかったの?
「この状態でおめおめと戻れるものか。何としてでもユグドラシルの聖剣を取り戻し、貴様を討伐してくれる! 我は勇者だ。邪悪な者になど絶対に屈しはせぬぞ」
こんな美少女捕まえて、邪悪とは失礼な変態である。
「どんなに頼まれてもシールの聖剣は渡さないよ?」
「ふん、それは十三番の聖剣だろう。他里のものになど興味はない。我が取り戻したいのは一番の里に伝わるこの世で最強と謳われる聖剣だ!」
アナンダは眉間に皺を寄せながら叫ぶ。全裸のくせに生意気な男だ。
うーん、でも参ったな。あのことを言うべきか、言わざるべきか。
そんな風に迷っていたらシールが耳打ちで助言をしてくれた。
「ボス。きちんと教えてあげた方がいい」
「そだね。あんまり纏わりつかれても面倒そうだ」
そして私はそっと差し出した。何をって?
ポッキリと真っ二つに折れた聖剣をだよ!
「ごめん、ちょっと力を込めて遊んだら壊れちゃった」
聖剣の無残な姿を前に、アナンダは顎の骨が外れそうな勢いで口があんぐりと開いている。
「ば、馬鹿な……我が里中のエルフが全魔力を捧げて鍛え上げた聖剣を……お、お、折っただとぉ! そんな非常識なことあるはずがない」
「いや、切れ味は良くてもこんなのただの木じゃん。子供でも折れるよ」
ばきんっ。私はその場で聖剣をもう半分に折ってみた。
そしてその時点でアナンダは「そんな馬鹿なぁー!!」と、ひっくり返って気絶した。
「これを期に勇者ごっこは卒業しなよ、アナコンダ」
「ア、アナンダだ……」
うん、思ったよりは大丈夫そうだね。全裸男は安心してここに置いて行こう。
さらば勇者。マリーベルは放置プレイを覚えたよ!




