29話 マリーは魔法を学ぶ(後編)
魔力操作の修行は思ったよりも早く終わった。
ローズは過去の経験で、シールは勘。この初心者二人組みの飲み込みが素晴らしかったおかげだ。
これで認可条件その一を達成できた。次は覚えたい魔法を思い描いて、神様に祈りを捧げる。
この祈りが届けば、世界から魔法の許可が下りるのだ!
まあ、すぐには無理みたいだね――私以外は。
「あ、覚えたみたい」
「「はぁ!?」」
声を揃えて目を見開いているのはワットとマゼットさんだ。
「な、何でだ!? 俺なんてもう二ヶ月もやってるのに一つも覚えてないんだぞ」
「そうよー、普通は最低でも数ヶ月は祈らないと駄目なものなのよぉ」
二人とも頭を抱えてアワアワしている感じがそっくりだ。やっぱり親子だね。
一方のローズとシールは攻略本の件もあるから慣れたもんである。
「でもマリーだもの」
「うん、ボスだから」
二人ともちょっぴり誇らしそうな顔をしてくれてるのが嬉しいね。
でも微笑ましいのはここまでだったんだ。
まず私が試したのは初級の火魔法『チャッカマ』。これは火種用の魔法だ。
マゼットさんが起動呪文を唱えた時は赤い炎が指先にゆらゆらと燃えあがっていた。ローゾクの火力とほとんど差が無いぐらいの小さいものだ。
この程度なら万が一、失敗しても危なくないね。
「マスター。絶対に、絶対に手加減を忘れてはいけませんの!」
「わかってるって。シルキーはいちいち口うるさいなぁ」
私は拗ねるように口を尖らせる。そんなに言わなくてもわかってるのにね。
でもこの時、額に汗をかいたシルキーが妙に念を押してきたのがきっとフラグだったんだ。ローズ達も見ているし、私は張り切って起動呪文を唱えた。
「いくよー。チャッカマ!」
ズドオォォォーン
これ何の音かわかる?
答えは爆発です。私の火種用魔法で川原一帯が何もかも吹っ飛んだんだよ!
どでかいクレーターの中心で無傷の私は目をぱちくり。穴に川の水が流れ込み始めてようやく現状を飲み込み、顔から血の気がサーッと引いていった。
やばいよ、やばいよ。これ皆も吹っ飛んでない?!
「やっぱりこうなりましたの……」
立ち込める煙の向こうでシルキーがモコモコのアフロ頭になって呆れてた。
「安心してくださいなマスター。皆様はわっちの服を着ていますのでご無事ですの」
ローズ達も無事だったみたい。皆はアフロになってたけれど怪我はないっぽい。
ありがとうシルキーさん! あんた最高の召喚魔法だよ!!
「マスターはお調子者ですの……」
ぬはは、マリーベルは手のひらクルックルーを習得済みだからね!
とにかく第一の呪文「チャッカマ」は危険なので封印決定となった。ちくしょう。
そして次、風を送る魔法「ファーン」。発動した時の風量は木の板で仰いだ程度らしい。
夏場の暑いときや、かまどの火を強くしたい時に使う呪文だ。
今度こそ威力を抑えて、いざ発動――をした瞬間にローズの悲鳴があがった。
「マ、マリー。危ないから魔法を止めてー!」
結論から述べると、竜巻が起こりました。
もう一回言うよ? 巨大な竜巻が起こりました!
おかげで砂利は舞い上がるわ、周辺の木はバッキバキに折れるわで大騒ぎ。おまけに私が魔法を止めるのを躊躇ったせいで被害が拡大したのだ。
何で躊躇ったのかって?
ローズやシールのスカートが風で捲れ上がるのに目を奪われてたからに決まってるじゃん。
美少女のパンチラシーンはユグドラシル的には嗜好品。その一瞬の奇跡を目に焼き付けるのはエルフ族の使命でもあるからね!
ぬへへ、と頬を綻ばせてたらいつの間にか怖い顔をしたローズが私の前に立ってた。
「お姉ちゃんと少しお話しよっか」
「ご、ごめんんさーい!」
チラ見がバレてローズにめっちゃ怒られた。エルフ耳がしゅーんである。
そして第二の呪文「ファーン」は危険なので封印決定となった。ちくしょう。
その後、私はコップに水を注ぐ魔法で洪水を起こし、電気で体をマッサージできる魔法で落雷を起こし、小さな石を作る魔法で巨大な落石を起こした。
もちろん全て封印決定である。ちくしょう。
がっかりでエルフ耳がしおしおと萎れていく私の肩を、シルキーが慰めるようにポンポンと叩く。まるで天使のような微笑がそこにはあった。
「仕方ないですの。だってマスターはまだ八歳。わっちのような魔力を経由する担い手がいる魔法や大雑把な挙動ならともかく、繊細なコントロールを自分だけで行うにはまだまだ経験が足りないのです。大丈夫、わっちもこれから練習には御協力致しますの」
ああ、シルキーの無償の優しさが身に染みるよ。
「ですから、何かあったら……いえ、毎日わっちを呼び出すのです。そうすればわっちはもっと服を作る機会にありつけますの。ぐふふふ」
打算か、ちくしょう。
その後は特に問題もなく授業は進んだ。魔法には知識も必要だからね。魔法の習得以外にも色々と覚えることはたくさんある。
昔ローズと二人きりでやってた言葉の勉強みたいで、とても楽しい時間だったよ。
そして授業の終わりに、もう一度神に祈ることになったのだけれど――
突然、ローズがつぶやいたんだ。
「あ、覚えたわ」
「「はぁ!?」」
声をそろえたのはまたまたワットとマゼットさん母子ね。
ローズはコホンと小さく咳払いをすると、神妙な面持ちで起動呪文を唱えた。
「チャッカマ!」
その指先には小さな炎がメラメラと燃えていた。
成功だ。ローズは火種魔法を覚えたよ!
そこからのローズの行動は早かった。
動揺するマゼットさんたちを尻目に私達へある指示を出したんだ。
「マリー今すぐ鍛冶屋さんで鉄板を借りてきて。店先に放置された一番大きいのよ。使い道がないから別に借りてもかまわないと店主さんの言質は取ってあるわ。
あとシーちゃんは私と一緒に家までお肉と野菜を取りにいくわよ。サリーちゃんはお皿とフォークを運ぶ係りね」
ローズの目が本気だから、皆揃って「はい」としか言えない状況だったよ。
そして指示通りに材料が集まると、ローズはチャッカマで指先に炎を出現させる。
「これで夢にまで見たアレができるわ!」
ご機嫌なローズはなんと炎を指から切り離して、地面に置き始めたんだ。
ローズの手元を離れてもなお燃え続ける炎は、まるで行儀良く順番待ちをする子供達のように均等な列で並べられていった。
指先から離れた複数の炎を長時間維持する。
これにはマゼットさんも驚いてた。
「まさかそんな……こんな高等技術をこの歳で!」
なんか凄いことらしい。「て、天才だわ……」と呟いてたから間違いないね。
用意した鉄板は十人用のテーブルぐらいの面積だ。ローズが並べた炎の四隅に石を組んで鉄板を重ねと、徐々に炎の熱が鉄へと伝わっていく。
そしてその上で炒められていく肉と野菜たち。熱された鉄板に油を引き、ローズは長細い板を使って器用に具材をかき混ぜていく。すると香ばしい匂いが周囲に広がり、手伝ってくれた子供達は皆して喉をゴクリと鳴らし始めた。
つまりこれは『巨大鉄板焼き』によるお肉炒めなのだ。
鉄板からジューっと昇り立つ熱気の向こう側で、ローズは十一歳とは思えない艶やかな魔女の笑みを浮かべていた。
「魔法には想像力が大切なのよ。だからこの魔法の存在を知った日から、あたしはこのイメージをずっと持ち続けていたの」
つまりずっとお肉のことを考えていたわけか。さすがローズ、ぶれない!
鉄板が代用品なので少し歪なのがローズ的には不満らしい。けど薪とは違って同じ大きさの炎を全体的かつ長時間維持できるから大きな鉄板でも均一に熱が広がるんだ。
そうなると具材の余分な水分が飛んで、食材の旨みをぎゅっと閉じ込めるらしい。
だから出来上がったお肉炒めは今までにない美味しさだった!
その後、匂いに釣られて獣人達が集まる集まる。
「それじゃあ、マリー。二人で一緒に『コーカン』しましょう!」
「お姉ちゃんが作った料理なのに、私が『コーカン』してもいいの?」
「もちろんよ。お肉はあなたが狩ってきたものでしょう? それにこれだけ大きな鉄板ならたくさん焼けるから、マリーも好きなだけ『コーカン』出来るわよ」
元々、ローズはそのつもりでこの鉄板に目をつけていたらしい。魔法を覚えたのも、お肉を焼き始めたのも私のため……。それだけでも胸がいっぱいなのに、『コーカン』までさせてくれるんだから、ローズはやっぱり凄いや!
「だってあたしはマリーのお姉ちゃんだもの」
くすくすと笑うローズと一緒に『コーカン』の始まりだ。
ローズが焼いて、私が手渡す。いつの間にか獣人以外の人たちも混ざっていて、軽く宴会みたいになっていた。皆はローズのお肉炒めが美味しいと大絶賛。
手間と材料分を色々と『コーカン』して私も大満足であった。
特にシールはこのお肉炒めが気に入ったみたい。何度も列に並んでお代わりしていた。
あまりにガツガツ食べて口の周りを汚すから、ローズがハンカチで拭いてあげたんだ。
「シーちゃん、口が汚れてるわよ」
「んんっ、ありがとう」
シールは少し恥ずかしそうに尻尾をピクピクッとさせてた。親友同士の微笑ましい光景だね。
ただし獣人男子共。お前らがシールの真似をして口の周りをベッタベッタ汚し始めたのは見逃さないぜ。特にシールの兄のマジータが口を汚してから私の方をチラチラと見ているね。
私の隙を突こうったってそうはいかないよ?
次にお姉ちゃんにフキフキしてもらうのは私だい!
ってことで、口の周りを汚してみたらサリーちゃんに見つかった。
「まあまあ、マリー様。こんな時こそわたくしの出番ですわ」
幼女からのフキフキか……。全く、サリーちゃんは私の中のユグドラシルを刺激するのが上手だね!
でもサリーちゃんは何故か私を押し倒すと、木苺を両手に握っていた。
「さあ、ザッカルーをお召し上がり下さい!」
「ちょっと違っ――グボッ」
こうして私の口は赤く染まった。でも木苺の甘酸っぱさがお肉に絡んで意外と美味かったから結果オーライとしておこう。
色々あったけれど私達の魔法の授業はこうしてお腹一杯になって幕を閉じたのだ。
私に負けないぐらい凄い魔法を覚えて、お肉をいっぱい焼く。まさにその宣言通り。
ローズのフラグ回収率は半端じゃないね。マリーベルは脱帽したよ!
満腹になって今日も満足。そろそろローズと一緒におやすみの時間である。
でもローズはベットへ入る前に、何故か祈りを捧げていたんだ。
「えへへ、実はもう一つ覚えたい魔法があったの」
恥ずかしそうに教えてくれたのは怪我を治す回復魔法の存在だ。
五属性を持つ王の器には『神聖魔法』という特別な術が使えるらしい。その神聖魔法の一つに強力な回復魔法があり、ローズはそれを覚えたいそうだ。
どこかの国の偉い人はその回復魔法で沢山の人たちの命を救っているんだって。
「それがあれば……きっと……」
そうやって静かに呟くローズの表情は固く、瞳はどこか遠くを見つめていた。
まただ……ラーズ村の宴の時といい、最近ふと気付くとローズがこの顔をしている。
明らかに残った憂いがローズの頬を固くし、取り繕われた笑顔はまるで泣きそうな表情にすら見える。そんなローズを前にすると、私は落ち着かない気持ちになるのだ。
どうしたのか尋ねても曖昧に笑うだけで私には教えてくれない――
このまま目を離したらローズが何処かへ行ってしまう。
そんな気がして、私はいつもローズの腕にピトっとひっつく。
魔法を覚えてもこういうことしか出来ないから嫌になっちゃうなぁ。今日だってローズは私の為にいっぱい頑張ってくれたのに、私は馬鹿だから相変わらず役に立てている気がしないよ。
しばらくそうやってジッとしていると、ローズは最後に私の頭を撫でてくれるんだ。
「大丈夫。あたしはマリーのお姉ちゃんだから……」
まるで自分に言い聞かせるようにローズはその言葉を繰り返していた。
ゆっくりと優しく動く手のひらを感じながら、私はエルフ耳をピコッピコッと動かしてローズがいつもみたいに笑ってくれるのをずっと待ち続ける。
きっとこれが正しいんだ、と心の中で呟きながら。
そうだ。最後に一つだけ報告しておくよ。
ローズの話を聞いて私も回復魔法を試しに覚えてみたんだ。
そして怪我した鶏を回復してみた。
グギャァァッァー!! バサバサバサーッ!!
何の音かわかる?
答えは巨大化して首が三本になった鶏がどこかへ飛んで行っちゃった音です。
……回復どころか別の生物に超進化しちゃったよぉー!
もちろん人間に使うのは危険過ぎるので回復魔法は封印決定。ちくしょう。




