24話 マリーは赤く染まる(後編)
サリーちゃんは朝早くに訪れ、昼間は私達と一緒に遊んで夕方に帰る。
送迎は狩人達が交代でしているそうだ。狩りならこっちに来てもできるからね。
寒さと魔物対策のため、サリーちゃんにはシルキーの完全版装備を渡してある。
明るい薄茶の上着はモッズコートと呼ぶらしい、首に付いたフワフワの毛が暖かそうだ。
中には厚手のセーターと丈長のスカート、そして白タイツを着こんでいる。上下共に雪のように真っ白なので、彼女の赤毛が良く映える。シルキーコーデは今日も絶好調だ。
でもサリーちゃん。服が嬉しいからって木苺をねじ込んでくるのは止めて!
ローズとシール、そしてサリーちゃんと私。最近はこの四人でソリに乗ったり、雪だるまを作って遊んだり、木苺がねじ込まれたりと毎日が大忙しである。
そして今日は村の子達を巻き込んでの雪合戦。もちろん私達四人は同じチームね。
「おい、マリー。俺が勝ったらその本を寄越せよな!」
勝負が始まる前に威勢よく叫んでいるのは村長の息子ワットだ。
ずっと攻略本を狙っているしつこいモヤシである。
「嫌だよ。『コーカン』なら貸してあげるって言ったじゃん」
「色々と持っていったのに全部ダメだったじゃねーか。何でだ!?」
ああ、あったね。雪で作ったウサギとか、人の顔っぽい石とか。
「そんなもんに釣られるほどマリーベルは安い女じゃないよ」
「つらら振り回して遊んでた奴の台詞じゃねえだろ!?」
やれやれ……移ろいやすい女心も察せぬ、もやしめ。
成敗してくれる。
マリーベルは開戦の狼煙を上げるよ!
互いの陣営から雄たけびが上がり、数多の雪の弾丸が戦場を交差し始める。被弾した者達はその場で傷つき倒れ、その若い命が理不尽に奪われていく……という設定だ。
「死ぬな。目を覚ませ……俺を残して逝かないでくれぇー!!」と野郎共はノリノリである。
ちなみにガチなのは私達と男子だけね。女の子や幼児組は「えいっ。キャハハ、ウフフ」と、雪を投げっこしているよ。冬なのに暖かい光景だ。私の中でユグドラシルが癒されてるぜ。
私もあっちでローズとイチャイチャしたかったが、ここはぐっと我慢だ。
敵将を屠り、武勲を上げる。マリーベルは戦場の死神へとジョブチェンジだ!
ここで役に立つのは毎度おなじみの攻略本だ。
こいつは濡れても破れてもいつの間にか元通りになる不思議な本なので、多少の無茶もチャラ☆ヘッチャラ。
鉄壁『攻略本シールド』は、ニョーデル軍最高司令官ローズを今日も雪玉から守るのだ。
「絶対に使い方が違うと思うわ……」
ローズからのツッコミは気にするな。戦いには犠牲がつきものだからね。
屍を超えて進むのだ。
マリーベルは心を鬼にするよ!
雪合戦にはもちろん勝利した。動きの早いシールが味方の男子を率いて敵を翻弄し、私とローズは攻略本シールドの影から雪玉を「えいやっ」と投げての完封勝利。
さすがに私が本気で突っ込んだら死人が出るからね。その辺は自重したよ。
意外なことに敵将を討ち取ったのはなんとサリーちゃんだった。
混戦にまぎれて見事にワットの口へ雪玉をねじ込んだのだ。そう、ねじ込んだのだ!
「グホッ――。な、何でだぁ……」
ワットの無残な亡骸に敵兵はガクブル状態である。せめて投げて欲しかったよね。
「ふふふ、この世の最高神であらせられるマリー様に歯向かうなんて、愚かな殿方ですこと」
あ、私とうとう神になっちゃったよ。
こりゃあかんと思ってたらシールが自ら名乗りをあげた。
「ボス、新人の教育は任せて」
涼しげな顔で「ケモミミ的に群れ内の順位付けは必須」と言い残すと、サリーちゃんの首根っこを掴んで草葉の陰へと連行していく。大丈夫かな?
けれどシールは確実にミッションをこなす仕事人である。
戻ってきたサリーちゃんは無事に正気を取り戻し、私に平謝りしていた。
「申し訳ございませんでした。わたくしが興奮し過ぎたせいで、マリー様に不愉快な思いをさせてしまいました」
元に戻ってよかったね。……様付けが取れないのはもう諦めるよ。
「マリー様は神ではなくエルフ、そして普通の女の子であり――」
うんうん、わかってもらえたみたいだ。
よかった、よかっ――
「そしていずれはこの世界の王になる御方!」
………………………
…………
……
ファッ?! 幼女が爛々とした瞳でとんでもないこと口にしたよ!?
サリーちゃんは赤い頬を両手のひらで挟むと、うっとりとした口調で続ける。
「王の右腕であるシールお姉様にご指導を頂きまして、わたくしは生まれ変わった気分です」
何故かケモ耳娘がお姉さま呼びにランクアップしているよ。
全然正気を取り戻せてないよね? むしろ新たに洗脳されただけだよね?!
「わたくし、これからもシールお姉様に色々と教わりながらマリー様の側近として誠心誠意ザッカルーをねじ込みますね!」
そして感極まったサリーちゃんは、私を押し倒して再び木苺ラッシュである。赤い実の果汁によって、雪の戦場はみるみる赤く染まってしまったよ。
シールさん、一体何をお話したの? 男前に親指を立てていないで白状しなさい。
「大丈夫。ボスは王様だから問題ない」
「前もそれ言ってたよね。どういう意味?」
でもシールとサリーちゃんは「秘密」といって教えてくれなかった。
私、王なのに。解せぬ。
この日を境に、お漏らしケモ耳娘とザッカルーねじ込みマシーンの間には謎の絆が生まれた。
おかげでサリーちゃんの暴走をシールが制御出来るようにはなったが……
「なんだかサリーちゃんがシールの配下っぽくなってるけどいいの?」
「良い。部下の数はケモミミ的にはアクセサリー」
表情は変らないが、耳と尻尾をフリフリさせながら獣人少女は胸を張った。
シールさんったら幼女をアクセサリー扱いとか超クール。
獣人族は幼女で着飾る。
マリーベルは無駄な知識を覚えたよ!




