22話 マリーは伝説になる(ver.リッツ)
今回はリッツ君の視点です。
初めての方は三話ほど前から読んだ方がお楽しみいただけると思います。
俺の名前はリッツ。十二歳のヒト族でラーズ村の村長の息子だ。
今回の件について語る前に、一度俺の住むラーズ村について紹介しておこう。
ラーズ村は特にこれといって特徴の無い村だ。まだまだ隣のニョーデル村に比べても小さいし、人間の数も少ない。代わりに生きがいい奴が多いから畑仕事よりも狩りや採集で生計を立てている家の割合が多いんだ。
逆に物を作ったりするのが苦手だからニョーデル村とは色々と物資を補給しあっている仲である。
あえてラーズ村でお勧めするなら、近くの森に生えているザッカルーという赤い実だ。
ザッカルー自体は他の土地でも見つかるが、なぜかこのラーズ村近辺に生えるものは味が濃厚で食っていて飽きない。親父によるとこの辺の土に関係があるらしいが、詳しいことはわからない。
とりあえず美味いってことだけ知ってりゃ十分だろ?
妹のサリーもこのザッカルーが大好物で二人でよく森へ採集へ向かう。
妹は神様や王様なんかの話が大好きで、道中はいつもゴッコ遊びに付き合わされるのだ。
将来はいつか素敵な主を見つけてお仕えするのが夢らしい。微笑ましいだろう?
あの日も俺達は村の外で遊びながらザッカルー狩りをしていた。
すると村のほうから突然に響く破壊音と皆の悲鳴――当時は本当にこの世の終わりかと思った。巨大な熊みたいな魔物がブレスを吐くと村の皆が石になっちまったんだから。
難を逃れた俺は泣き叫ぶ妹の手を引いて、ニョーデル村に向かって走り続けた。
目的地は交換所だ。以前、色々な冒険の話を聞かせてくれたマジルさんならきっと皆を救ってくれる。俺はただその想いだけに縋って走り続けた。
そして辿り着いた先で俺たちは出会ったんだ。『コーカン』好きな変なエルフに。
おい、おい、おい、おい、おいぃぃーー!!
何なんだこのエルフは。半日かかる道のりがほとんど一瞬だったぞ!
ペコロン茶三杯分かな? とか呟いていたけど、お前どんだけ飲むの早いんだよ。三杯を一気飲みかよ! 俺と妹がどれだけ苦労してニョーデル村まで行ったと思っているんだ。
そしてこいつの姉ちゃんはなんで平然としているんだ……。
俺か? 俺がおかしいのか?
でもこんな出来事はまだまだ序の口でしかなかったんだ。
気付いたらあの二人組みは『スモウ』とかいうエルフの遊びでゴルゴベアードを村の外へと押し出していった。相手は家ほどでかい熊であるにも関わらずである。
ちょっと待とうか。あのちっこい体にどれだけのパワーがあるんだ?
そしてユグドラシル的国技って何? エルフってこんな非常識な生物なのか?
おまけにあいつの姉ちゃんの方も凄えよ。俺なんかゴルゴベアードを目にして頭真っ白のチビる寸前だったのに、何であんなに落ち着いて妹に指示を出せるんだよ。
あのエルフも、姉ちゃんも、一体何者なんだ……。
もう俺は身の安全とか完全に忘れて、ただ二人を追いかけた。
あの姉妹から決して目を離してはいけない気がしたんだ――
村の外に出たエルフ達の姿を見て、俺は息を呑んだ。
あのエルフは体を黄金色に輝かせると、眼にも留まらぬ速さでゴルゴベアードを圧倒し始めたのだ。まるで流星のような光の線が、何百とゴルゴベアードに突き刺さっていく。
「モッフモッフ祭りじゃ――!!」
エルフはそう叫んでいたけどさ……
どう見てもただのリンチじゃねーか!?
モフッって自分の口で言ってるだけだ。触れられた方の魔物は「ゴフッ」って明らかに血とか吐いてるぞ。どう考えても一撃一撃が致命傷だろうが。
いやいや、行動としては正しいし、応援しているけどさ。あいつ何かズレてるよな?
それにやっていることは明らかに常識外れだ。
高速で動き回り、何十人分という残像が残る。俺も冗談で口にしたことぐらいはあるが、本当に出来るものだったのか!? 明らかに人類の出せるスピードじゃないだろ!!
とんでもねえよ。あのエルフは凄すぎる。何で人にこんな動きができるんだ。
翻弄されるゴルゴベアードの方も勝てる相手じゃないことを理解したんだろう。発する唸り声が「ゴファッ、ゴファァァッ」とまるで慈悲を乞うようなものへと変っていた。
俺は黄金の輝きを放つエルフの絶技に酔いしれ、魔物の危険度なんか忘れてその戦いに思わず魅入ってしまった。きっと、この戦いを見逃したら一生後悔しただろう。
戦いを終え、体の光も落ち着いたエルフが俺の元へ駆け寄ってくる。
こいつ何で吐しゃ物まみれなのに嬉しそうなんだ?
あの黄金の輝きを放っていた神々しい姿はどこにもない。威厳も何も感じさせないその姿に、俺は本当に同一人物かと疑ってしまった。
そうしたら何を勘違いしたのか、姉ちゃんのゲロゲーロは私のだい!って怒り出した。
ユグドラシル的ご褒美って何だ? 本当にエルフって謎だ。
そしてついに俺たちはその光景を目撃することになる。
「皆に手伝ってもらえばいいんだよ!」
そう思いつくと同時に、あのエルフは再び黄金の輝きに身を包んだ。
間近で感じている今度こそ間違いない。
その光の神々しさに、その力の神聖さに、俺は思わず息を飲んだ。
周りにいた大人たちもエルフの光に揃って声を失い、共に眼を見張る。
そして天から聖水の恵みが降り注ぐ。
全ての者たちがこの世の生を取り戻し、命の鼓動を刻み始める。
その奇跡の中心にいるのはエルフの少女、マリーベル。
黄金の輝きを身に纏い、救いをもたらす優しい雫達の中で佇むその姿――
天からの光を束ねたような長い金の髪は風に乗り小川のように流れ、澄んだ青空を写し取ったような青い瞳は俺達を捉えて優雅に微笑む。
聖水の雫によって輝きを増す白い素肌は、幼いながらも思わず見惚れる美しさを彼女から引き出していた。
神にも等しいその姿を前に、俺たちは自然と跪き頭を垂れる。
この奇跡を起こした彼女を前に……あの神々しいエルフを前に、祈らずにいれる人間はいないだろう。
そうして祈る俺達の胸には、等しく同じ想いが訪れていたのだが――
エルフ本人は「やらかした」ぐらいにしか思っていないみたいだな。
相変わらず姉ちゃんはあいつへ普通に接しているし、本当に不思議な二人だ。
少しだけ未来の話をしよう。
恩人であるエルフの為に、村人はこぞってザッカルーを拾い集めた。
村からの礼は妹と『コーカン』したからいらないらしい。だからせめて美味いザッカルーを届けようと村中で団結したんだ。そして妹はそれを張り切ってねじ込みにいった。
最終的にはザッカルーを自分たちで栽培しようという話にまで至り、いつの間にかこの村はザッカルーの生産地として有名になっていた。
そうしてしばらくは近隣の村や都で販売し、ラーズザッカルーという品種名がそこそこ有名になった頃……決定的なことが起こることになる。
とあるエルフの好物がラーズザッカルーであるという情報が世に出回ったのだ。
そこからは大変だった。世界中のやつがラーズザッカルーを欲しがるんだ。
色々な国や町から申し込みが殺到して、みるみるうちに栽培畑も拡大することになった。
そして時は流れ……村はやがて町になった。
多くの従業員を雇った今でも、ラーズザッカルーは売れまくり品薄状態だ。
もちろんどんなに忙しくなっても『コーカン』の約束だって忘れていない。あいつらが世界中のどこにいても届けられるように俺たちはたくさんのザッカルーを作り続ける。
どう育てたらもっと美味しくなるか。それを皆で考えるのはとても幸せだ。どいつもこいつも絶対にあのエルフを喜ばせてやるって毎日張り切って仕事をしているのさ。
え? 妹のサリーはどうしたのかって?
その話はまたの機会にしておこう。正直、いくら語っても語りつくせない。
……あいつがまさかあんな所までザッカルーをねじ込みに行くとは思わなかったよ。
そして大人になり、親になり、歳を取っても――
俺達はラーズ村が救われたあの日の光景を一生忘れない。
彼女と交わした『コーカン』を決して違わない。
だから俺達はあの日の想いを物語にして子供達へ伝える。
『コーカン』で生まれた人々の笑顔と幸せな日々。この暖かな火を決して絶やさぬよう、あの日のことを語るんだ。
それは世界の誰もが憧れる、とある仲の良い姉妹の物語。
そして伝説として紡がれていく、とあるエルフとそれを導いた聖女様の物語。
今では見渡す限りに広がったザッカルー畑を眺めながら――
あの時の想いを、皆が口を揃えてこう紡ぐ。
俺達はあの日、真なる王の姿を見た――