21話 マリーはザッカルーを食らう
ラーズ村の石化は無事に解除され、すぐに怪我人の手当ても行われた。
抵抗する間もなく石にされたのが功を奏したのだろう、幸いなことに死人は出なかったみたいだ。
日が沈む頃には、ニョーデル村から救援物資が到着した。
もちろんシールもその集団の中にいたよ。すぐに私とローズの元へ駆け寄ってきてくれたんだ。
そしてもちろんあの人も……。
「マママ、マジか、マジでか!? ゴルゴベアードをマジで嬢ちゃんが仕留めちまったのか!!」
ブッシャーと例の名人芸を披露してたよ。マジルさんにこそエルフのオムツが必要なんじゃないの?
でも一緒に来ていた奥さん――獣人族のカシーナさんが「マジルのパンツを洗うのはあたしの仕事さ!」と胸を張って宣言していたよ。ニカッと白い歯を見せて笑う、男前な奥さんである。
二人はラブラブな夫婦なんだね。
マリーベルは砂糖吐くを覚えたよ!
「シールはあんな垂れ流しのお父さんで本当にいいの?」
「良い。むしろ大きくなったら父さんと結婚したい」
「その台詞は黒歴史確定だよ!?」
シールったらピュアッピュアじゃん。
膀胱ユルユル系男子はモテる。
マリーベルはユグドラシルに新たな概念を刻んだよ!
そんなことを話していると私は突然押し倒された。
犯人はサリーちゃんだ。
「ありがとう……本当にありがとう、エルフさん」
ボロボロと涙を零しながら、サリーちゃんは私に馬乗りになって泣いていた。
この涙にはきっと木苺以上の価値があるね。『幼女×馬乗り×号泣』そのワードに反応して私の中のユグドラシルも狂喜乱舞しているので間違いないよ。
「へへ、これで『コーカン』成立だね」
「はい、絶対に約束は守るから……いえ守ります、マリーベル様!」
……様ぁ?
するとサリーちゃんは村の衆から木苺大盛りの籠を受け取った。
そして赤毛の幼女は両手にどっさり木苺を握って笑顔を浮かべる。
「どうぞ満腹になるまでザッカルーをお召し上がり下さい!」
「ちょっと待って――ぶべっ!」
マウントを取られた私の口へ、サリーちゃんったら木苺をねじ込むねじ込む。
泣いてるのか笑ってるのか分からない声を上げながら「食べて、食べてー」と強引に口内へ赤い果実を押し込んでくるんだ。もちろん美味しいよ? 美味しいんだけれどさ。
ちょい待ってよ。何だかこの子、物凄いグイグイくるんだけども!
「お約束通り……わたくしはこれから一生マリーベル様にお仕えして、お腹一杯のザッカルーをねじ込みますわ」
何か微妙に約束変ってるし、何か口調もおかしくなってるし、何か様ついてるしぃー
リッツが「妹は思い込みが激しいんだ」とか呟いてるけど、なんだかもう色々手遅れじゃね?
「もう一籠いかがですか? 我が主様」
キラッキラの瞳だけどどこか歪に濁っている気がするよ。怖いよこの子。
恐怖の木苺ねじ込みマシーン、ラーズ村のサリー。
私は『コーカン』によってゴルゴベアードよりも厄介な存在をこの世に生み出してしまったのかもしれない……。
誰か助けて。
マリーベルは後悔を覚えたよ!
その後、私は村外れに放置したゴルゴベアードの所へ皆を連れていった。
どでかい熊の魔物を前にした皆の反応は様々だ。
「やっぱりボスは凄い!」とシールは尻尾をフリフリ。オムツはもちろん稼動中。
「わ、わたくしは……最高のご主人様に出会えましたわー!」と感動して再び泣き始めるサリーちゃん。色々言いたいことはあるけれど、とりあえず両手の木苺は没収ね。
「マ、マジかー!!」と生現物を視界に入れてマジルさんが盛大に粗相したことにはもう驚かないよ。私も大分ニョーデル村の流儀に染まってきたね。
「「流石はあたしらのボスだぜ」」
見事に一致したこの台詞はシールの母親カシーナさんと、姉のラシータね。
乙女だけど漢な二人は、ぐりぐりと乱暴に私の頭を撫で回していた。中身そっくりなヤンキー親子である。ちなみにヤンキーはエルフ語ね。
「「ヤンキーじゃねーよ」」
またもや思考を読まれた上に、意味も理解しているっぽい。獣人族は凄いね。
ゴルゴベアードの骸を前にラージ村の人たちは大騒ぎ。ニョーデル村の一団はギャングリーウルフの一件もあったから素直に喜んでいるけれど、ラーズ村の人たちは驚きの方が大きいみたい。
「本当にこんな小さな子供がゴルゴベアードを倒したのか!?」
「エルフやべえ、エルフやべえ」
「あの聖水の魔法だけでもとんでもねえのに……。魔物まで倒してくれるなんて」
「マリーちゃん、ハァハァ。ちびっこエルフ、ハァハァ」
「きっと、とんでもねえ魔法を使ったんだろう。見てみろ、このゴルゴベアードの恐怖に歪んだ死に様をよ……。まるで拷問を受けた後のような顔をしてやがるぜ」
失礼な。モフッただけだよ!
あと一人だけ変なのが混じっていたから、エルフパンチだ。
そしてゴルゴベアードを解体して、夜にはお肉の宴が始まった。
この舞台で輝くのは、もちろん我が最愛の姉ローズである。
驚くほどテキパキとした動きで肉と素材を切り分け、部位ごとの調理法まで細かに指示を出していく。
まだ幼い美少女によってゴルゴベアードが鮮やかに解体されていくのを前に、ラーズ村の人たちは完全に固まっていたよ。
お姉ちゃんったら初見の魔物相手でも全く手捌きに迷いがないの。不思議だよね?
「聞こえるわ、この子が美味しく食べて欲しいとあたしに囁く声が……」
うん、幻聴だね。
自分から食べて欲しい生き物なんていないよ、お姉ちゃん。
でも黙っておくのだ。
マリーベルは気遣いのレベルが上がってるからね!
血まみれの手を頬に当て、恍惚とした表情を浮かべる十一歳。そんなローズからは思わず喉を唸らせるような色気が放たれ続けていたよ。
とりあえずローズを嫁にと眼を光らせた獣人族は片っ端からエルフパンチしておく。
お姉ちゃんは私のだい!
皆で一斉に齧った魔物の肉は、そりゃーもう美味しかったよ。
「弾け食いのゴルゴベアード」の異名は伊達じゃない。溶けるような肉の食感が口に含んだ瞬間に広がり、同時に濃厚な旨みが舌の上で暴れ出す。
仄かに甘く繊細なんだけれど、舌に与えるのは強烈なインパクト。物凄く脂がのっているのにしつこくなくて、皆の食べる手がいつまで経っても止まらない。
「「う、美味過ぎるぅー!!」」
その美味しさにラーズ村の方々は、服が弾け飛んで全裸になってぶっ飛んでた。
マジルさんの説教で頭にたんこぶを作った冒険者達も全裸になってぶっ飛んでた。
ニョーデル村の一団は頑丈なシルキーの服着てるからギリギリセーフだ。グッジョブ、私の魔力である。とりあえず脱げた人にはシルキーの服を渡しておこう。
食べたり脱げたりでワイワイお喋りしていると、ローズが私の肩を叩いた。
「ねえ、マリー。さっきの聖水で試したいことがあるの……」
そうして完成したのは、ユグドラシルの聖水で煮込んだゴルゴベアード肉のスープである。
これがまた、う・ま・か・っ・た・よ!!
弾けるお肉の旨みが聖水と見事に融合した栄養満点の一級品。一緒に煮込んだ野菜たちもゴルゴベアードの味を引き立てつつ、全体をマイルドな風味に纏め上げてくれている。
「これならマリーも食べやすいでしょう? 一緒にお腹いっぱい食べようね」
少しだけ照れくさそうに微笑むローズの隣で、私はその優しい味を噛み締めた。
菜食中心のエルフの為に、いつもローズはこうやって工夫をしてくれる。「食材が私に囁いてくれたのよ」とブツブツと呟いているのが少し心配だけれど、私はとても暖かなスープを何杯もおかわりしていたよ。
「ねえ、マリー」
すると隣に座っていたローズがそっと囁いた。視線の先に、両親と笑顔を並べるリッツとサリーを捉えながら――
「あたし……ちゃんとマリーのお姉ちゃんができているかな……」
「当たり前じゃん。ローズは私にとって最高のお姉ちゃんだよ」
急にどうしたんだろう?
そう思ったけれど、ローズが頭を撫でてくれたのがとても気持ち良くて、私はいつの間にかその疑問を忘れていた。
だから彼女の視線と言葉の意味に……この時の私は気づくことが出来なかったのだ。
お腹一杯になった後は皆で焚き火を囲い、歌って踊ってのドンチャン騒ぎだった。おかげで広場には笑い声が絶え間なく響いていたよ。
その心地良い風景を眺めていると、私のエルフ耳は独りでにピコピコ動き始める。
「昼間に言ったことは訂正するぜ」
隣でお酒を飲んでいたマジルさんが私に話しかけてきた。
「昼間のことって何だっけ?」
「嬢ちゃんには交換所の店長が向いてないって話さ」
マジルさんはコップに入っていたお酒を一気に飲み干すと、楽しそうに語リ始めた。
「昔、俺に交換所のいろはを叩き込んだ爺さんが、教えてくれた言葉があるんだ――。
『交換所ってのは人と人を繋ぎ、調和の架け橋となる存在だ。この仕事の先にあるものは利益でも財産でもない――それは繋がった先にある人々の笑顔だ』って偉そうな顔でな。
当時の俺はその考えをとんでもねえ偽善だと思ったが……」
見てみろよ。と顎で乱暴に示された先で――。
大人たちは酒を片手に今日を無事に終えたことを感謝し、子供達は美味しいものを食べながら明日は何をしようかと夢を馳せる。私の『コーカン』で繋がった皆の明るい笑顔がそこにはあった。
「お前さんは交換でこんな凄え景色を作れるんだ。価値観が人と違っても、金に興味無くても……嬢ちゃんは立派な『交換所の店長』だよ」
大口を開けて笑うマジルさんの隣で私はこの光景を眼に焼き付ける。
木苺との『コーカン』で生まれたこの笑顔を、決して忘れないために――
私はいつまでもいつまでも見つめ続けていた。
本日の交換所業務はここまでだ――
これにて閉店。
マリーベルは一日店長を終了するよ!




