20話 マリーは聖水をばら撒く
戦いを終え、私達は呆然と立ち尽くすリッツを回収して村へ戻った。
途中でリッツがゲロゲーロまみれの私をジーッと見つめていたけれど……そんなに欲しそうな眼をしても分けてあげないよ。これは私のご褒美だからね!!
そして彼の両親の元に辿り着くと、私は魔法であるものを召喚した。
起動呪文によって現れたのは純度の高いクリスタルのように澄んだ無色透明の容器だ。初めて見る物体を指でつんつんと突きながら、リッツは首を傾げる。
「本当にこんなもので皆が元に戻るのか……?」
「シルキーも知ってた魔法だし。いける、いける!」
「見たことないビンだな。柔らかいし、すげー綺麗だ」
「これはエルフ語で『ペットボトル』って呼ぶらしいよ」
薄黄緑色の蓋はクルクルと回転させることで開く。
私はペットボトルの蓋を取ると、中の透明の液体を石化したリッツの両親にぶっかける。
じゃばじゃばじゃば……ピカーッ!
すると液体が眩しい光を放ち、石像が本来の姿を取り戻す。
肉体が鼓動を刻み、体内で血液の循環が再び始まると、リッツの両親は無事に意識を取り戻した。
これぞ攻略本が私に与えてくれた新しい魔法の効果である。
「すげえ……本当にすげえよ。こんなに簡単に石化が治るなんて」
「へへへ、攻略本のおかげだね!」
【魔法名】
エルフルウォーター
【種 別】
種族魔法《エルフ族》
【概 要】
魔道具『ペットボトル』を召喚することで、『ユグドラシルの聖水』を生み出す魔法。
聖水にはユグドラシルの祝福が含まれており、様々な薬の材料として使用される。また聖水単体でも破邪の力を持つため、石化等の魔力侵食によって起きる状態異常にも効果的である。ただしそれらの効力は術者の魔力レベルに依存する。
その他、魔物除け・鍛冶の冷却材・洗濯などの家事にも利用可能だが、聖水は栄養満点でミネラルも豊富に含まれており、喉越しも爽やかなためエルフ族の間では飲料用として人気である。
またレベル四から派生するヌルヌルとした聖水は『ローション』と呼ばれ、一部のエルフがシルキー召喚と組み合わせて利用することが多い。
【認可条件】
☆大森林奥地に存在する聖なる泉の水を口に含み、ユグドラシルの根元へと奉じる。朝、昼、晩と一日に三回その行為を行い、口から運んだ水量が大樽三十本分を越えるまで継続すること。
☆十八歳以上のエルフ族であること。なおレベル四以降を習得するには保護者の許可が必要となる。
うん、所々に不思議な記述があったね。シルキーとかシルキーとか。
聖水について問いただした時、シルキーの瞳がとても暗く濁っていたのはきっとこのせいだ……。
ごべーん。
マリーベルはトラウマスイッチをポチッたよ!
『ローション』によってエルフとシルキーの間に何があったのか……その詳細はとても気になるがマリーベルは華麗にスルーすることにする。いつまでも純粋無垢な子供のままでいたいからね!
とにかく攻略本のおかげで両親が元に戻ったリッツは、「ありがとう、ありがとう」と私の手を取っていつまでも頭を下げ続けていた。おまけにローズにも「偉い偉い」と頭を撫でてもらえて、私のテンションはアゲアゲなんだよい。
しかしリッツの両親よ、「ありがたや、ありがたや」とエルフを拝むのはやめい。
そして早速、村人全員の石化も解こうとしたんだけれど、ここで一つ問題があった。
正直、一人一人に聖水を振り掛ける作業が凄く面倒くさい!
生き残るために必死だったんだろうね。草むらに潜んでいたり、木箱に入っていたり、女の子のスカートの中に隠れていたりと、ラーズ村の方々は逃げ場所に創意工夫を凝らしすぎである。五十人ぐらいまでは真面目に探し出して聖水をぶっかけてたけれど……。
ごめん、かくれんぼには飽きてきたの!
更に復活した人達がいちいちエルフを拝むからなかなか先へ進めない。ええい、やめい。
そこで私は閃いたのだ。
「そうだ。先にいっぱい聖水を作って、皆に手伝ってもらえばいいんだよ!」
我ながらナイスアイディア。私は魔力をもう一度解放だ。
そして再び黄金のオーラを身に纏い、戦闘モードになってペットボトルに魔力をドバドバと注入したの。聖水の量が多ければ多いほどすぐ終わると思ったからね。
でもそれが失敗でした!
溢れんばかりの魔力によって生まれたのは、まるで洪水みたいな水の量だった。
「ぬわわ、なんじゃこりゃー!」
「マ、マリー。早く魔法を止めてぇー」
「ダメだ。止まらないよ」
ドパァー、ザパァーと自重無く湧き出る聖水のせいで、村は軽く水害状態。このままだとゴルゴベアードより私の方が村を破壊しちゃうよ!
こりゃあかん。と、いろいろ弄っていたら、何故か吹き出る勢いが強くなって水柱へと変化した。柱となり雲の高さまで達した聖水は、やがて雨のように空から降り注ぎ、村周辺へとばら撒かれた。
結果的に、森で石化していた狩人や冒険者も元に戻ったから良かったが、雪の積もった冬真っ盛りに皆をびしょ濡れにしてしまったのだ。下手すれば死人が出るよね。
「なんかやり過ぎちゃったよ!? ごめんね!!」
怒られると思って、恐る恐るリッツ達へ振り返ると――
なぜか皆は座り込んで私を拝んでた。やめい。




