16話 マリーは店を乗っ取る(後編)
マジルさんと仲直りした後も、私はローズやシールの力を借りて、見事に店長の役目をこなした。
時折、発揮されるローズのお肉鑑定眼と、初見の物にも対応できる美少女のお漏らしのサポートもあったからね。むしろお肉が絡む時は二人が過剰に反応するから「イエス」と言うだけの簡単なお仕事になりさがってしまったよ。
ちくしょう、肉食系女子達め。
交換所で扱う物も人それぞれだった。野菜と食器みたいに物同士を『コーカン』することもあれば、引き換えに仕事をして労働力と食料を『コーカン』したりもするんだ。
「力仕事なら私がエルフパワーで瞬殺しちゃおうか?」
「止めてくれ。マジで死人が出る」
「失礼な。お姉ちゃんと一緒で、私は食べる以外の殺しはしない主義だよ」
なんだかんだでエルフの里にも死人は出してないんだよ? 未だに会うと化け物呼ばわりするから小突いて悪戯したり、裸に剥いたりは喜んでするけどね。
「嬢ちゃんの言いたいことはわかるが、今回はそういう意味じゃねえよ」
マジルさんによると、私が力仕事を気まぐれで片付けてしまうと、本来それで食い物にありついている人たちに仕事が無くなるから駄目なんだってさ。
その日の収入の増減が、私の気分次第で変わるのは確かに可哀想だ。
「それに嬢ちゃんはまだ子供だ。仕事で汗水垂らすよりも、姉ちゃんやうちの娘と遊んで暮らすのが一番いい。村のことを何とかするのは大人の俺達の担当さ」
話を終えると、マジルさんは私の頭を優しく撫でながら笑っていた。
魔物の出現や、大雪での被害等、本当はこの冬にも力を必要とすることがたくさんあったそうだ。でも私にはそのことを教えていなかったらしい。
ギャングリーウルフの討伐で自分達より私の方が強いことはわかっている。それでも子供に危険なことを押し付けることは絶対にしない。そう大人たちの間で決めたそうだ。
この村の人たちは私を『化け物』ではなく『子供』として扱ってくれる。
それがにやけるぐらい嬉しくて、私のエルフ耳はピコピコと動いていた。
その後も沢山のお客さんを捌いたよ。
まずはヒト族のお姉さんが持って来たお酒を、暖かい毛布とコーカンする。
すると次にドワーフ族のおっちゃんが何本かのナイフとお酒をコーカンした。
そして最後に獣人の若者が作った大量の矢が、新しいナイフとコーカンされていく。
誰かが持ち込んだものが、この店を通してまた誰かに貰われる。こうやって交換所は人と人を繋いでいくんだね。
そして今、私は店長としてこの繋がりの中心にいるのだ。
なんだか嬉しいね。
マリーベルは充実してるよ!
「おい、今日はマリーが交換所の店長だってのは本当なのか?」
突然、偉そうなガキんちょが扉を開けてやってきた。
ちぇっ、面倒くさい奴が来たよ。今すごく良い気分だったのに台無しだ。
「用心棒さん、やってしまいなさい」
「心得た、店長」
一撃必殺。シールの獣人パワーで厄介な来訪者は外へと摘み出された。
「漏らすまでもない」
あ、ちゃんと決め台詞付きね。表情は変わらないのにドヤっとした雰囲気を醸し出すシールさんったらマジで痺れるよ。
「なんでだぁー!!」
絶叫をあげて外で雪まみれになっている少年はワット。村長とマゼットさんの息子さんであり、私から攻略本を奪おうと何度も襲撃をかます悪ガキである。
ワットはローズ達と同じ歳だけれど、なんだかひょろっとして頼りない感じの体格だ。だからいつもシールに簡単に敗北している。おまけに金の短髪は少し色素が薄いので、見ているとなんだかもやしを連想させるのだ。炒めてやろうかこの貧弱め。
でもワットは今回は敵じゃないと私に猛アピールだ。
「きゃ、客だ。今日は客としてお前と交換に来たんだ」
「本当にぃー?」
「ああ、これとその本を交換してくれ!」
ワットが用意していたのはお金だった。今まで必死に貯めたお小遣いなんだってさ。
袋からジャラジャラと硬貨を取り出し、私に攻略本を要求する。
でもお金はいらないし、本も私から離れないので今回はコーカン不成立だね。
「何でだ!? せめて貸すだけ……。いや、見せてくれるだけでもいいから!」
「はぁー、わかってないなぁ。そもそも私は『コーカン』でお金なんて欲しくないの」
同じのばっかり沢山あっても面白くないもんね。でもワットはひたすら「何でだ?!」と連呼して混乱している。
そのやり取りを聞いていたローズは「マリーらしいわね」とクスクス笑っていた。
私は敵には容赦しないが、『コーカン』なら応じるよ。とりあえず『コーカン』するものができたらまたおいで、とワットと約束を交わしておいた。
「絶対にその本を手に入れてやるからなぁー!!」
彼はそんな台詞を叫びながら吹雪の中に消えて行く。
ワットが私の欲しがるものを見つける日は果たして来るのだろうか。
うーん、無理じゃね?
マリーベルはお高い女だしね!
面倒なお客がいなくなってやっと一息だ。と思ったら――ん?
私以外の皆が店の奥に引っ込んだ隙をついて、獣人の女の子がコソコソとやってきたぞ?
「おいボス。頼みがある」
「ラシータじゃん。自分ちで何やってんの?」
「しーっ、デカイ声出すな。親父達にバレたらまずい」
なぜか隠密行動をしているこの子の名前はラシータ。
十五歳の獣人の女の子で、実はシールのお姉ちゃんである。同じ狼の獣人だけれど、短髪の色はマジルさんに似て真っ黒だ。
ラシータは狩人見習い。普段は獣人の若い衆と一緒に森で狩に明け暮れてるんだ。
シールと違って目つきが鋭いし、言動はマジルさんみたいに荒々しいから私は心の中で『ヤンキー』って呼んでるよ。もちろんこれはエルフ語ね。
「ヤンキーじゃねえよ」
心の声が聞こえてる上に、意味も通じてるみたい。獣人の勘って凄いね。
とにかくラシータよ。父親と妹に隠れてどうしたの?
「……アレを譲って欲しい」
「アレって?」
「アレだよ、アレ。漏れない蒸れない、シールが履いてるアレだ」
「ああ、おむ――」
「言うな!」
真っ赤になったラシータは慌てて私の口を塞ぐ。
そっかぁ、やっぱりカエルの子はカエル。ヤンキーもお漏らしの呪いからは逃れられないんだね。
マリーベルは今度からもう少し優しくしてあげるよ。
「ひ、必要なのは兄貴達だ! あ、あ、あ、あたしは違げえよ。ちゃんと去年卒業した!」
うん、十四歳までは漏らしてたのかぁ。そしてお兄さん達も漏らしてるんだね。
マリーベルは色々と複雑な心境だよ。
ちなみにシールは兄が二人、姉が一人、弟が一人の五人兄弟である。
この世界では違う種族同士が夫婦になると、子供はどちらかの種族にはっきりと分かれるんだ。だからマジル家では父親、長男と三男がヒト族で、母親と次男と長女、そしてシールが獣人族なのだそうだ。
末っ子の三男はまだ赤ちゃんだからオムツで当然なんだけれど……。
現時点で家族七人中六人が垂れ流しかぁ。マジルさんの血、恐るべしである。
結局、ラシータとは後でこっそり三人分のおむつを渡す約束をした。
え? 兄さん達の分だけじゃないのかって?
察してあげて。ヤンキーは見栄張ってナンボの生き物だよ!
ちなみにラシータとは大きな氷柱とおむつを『コーカン』した。
「へへっ、ボスこういうの好きだろ?」
太くて剣みたいに長い三本の氷柱を持って、ガキ大将のように獣人少女は笑っていた。
きちんとローズとシールの分まで用意しているという気配り上手っぷりが小憎いね。
うへへ、わかってるじゃん。この子、マリーベルの好みわかってるじゃん。
ヤンキーいい奴。
マリーベルは色眼鏡を外したよ!
かくして私は魔剣つららソードを手に入れた。
この魔剣を使って魔王マリーベルを討伐した勇者達と激戦激闘を繰り広げたのは後日の話である。
「嬢ちゃんが交換好きなのは認めるが、交換所の店長には向いてねえな」
お昼が過ぎ、客足が落ち着くとマジルさんがため息をつきながら呟いた。
「そうかな? 私、結構うまく店長できてるじゃん」
「馬鹿言え。物の価値感も俺達とは全く違うし、金にも興味がねえ。大人顔負けのとんでもねえ品物を当然の顔して持ってくるかと思えば、その辺に落ちてるゴミと喜んで交換する。そんな奴が交換所なんてしてみろ、あっという間に村が大混乱に陥るぞ」
解せぬ。そんな不満顔を浮かべてみたがマジルさんには通じなかった。
開拓村には商店が存在しない。だから村の皆がこの交換所を利用する。
お年寄りから子供まで、仕事の為や遊びの為に、そんな村中の人たちがここにやって来る。
交換所はまさに村の物流と交流の中心なんだ。
朝からいっぱい商品を『コーカン』したし、色んな人たちとお話も出来たのだ。
だから、まだ半分だけれど交換所で働くのはとても楽しい経験だった。
でもそれだけじゃ駄目なんだね。
やっぱり働くって難しい。
マリーベルは社会を学んでるよ!
こうして様々なことを学び、私の一日店長は無事に終わる――はずだった。
こんな『コーカン』さえやってこなければ……
「頼む、俺達の村を……皆を助けてくれ!」




