02話 マリーはコーカンを覚える
私の名前はマリーベル。
森の民と呼ばれるエルフ族であり、現在五歳の幼女でもある。
ちなみにエルフは美男美女が多いことで有名だから、私もそうなるはずだよ。
少々、事情があって野生児のような風貌をしてるけど、伸ばしっぱなしの金髪は豊潤な麦畑のように輝いているし、森の深くで佇む泉の如く蒼い瞳はまるで宝石のようだ。
常に動き回る落ち着きのない生活の為、高めの体温でほんのり朱色に染まっているが、雪のような真っ白な素肌はまさに美の結晶。
見よ、このパーフェクトボディ!
と、無駄に自称して暇を潰すしかやることがないプニプニボディの五歳児である。
あえてチャームポイントを挙げるなら、長く尖ったエルフ族特有の耳だろうか。
通常のエルフに比べて、私の場合は少し横に垂れ気味の形をしているため、興奮すると自然にピコピコと動き出すのがちょっと可愛いとの自己評価だ。
なんでいきなりそんな話をするかって?
何故ならそのチャームポイントが現在、激しく上下しているからさ!
「うわぁ、あなたエルフなの?」
原因は、目の前でキラキラと瞳を輝かせるヒト族の女の子。
この世界には様々な種族がいる。
引きこもりのエルフ族や、酒好きなドワーフ族。動物の容姿と能力を持った獣人族に、海に住む人魚族、そして一番能力は低いが一番数が多いとされるヒト族だ。
他にもいくつか種族は存在するが、その全てをまとめて人間や人類と呼ぶらしい。
そのへんはユグドラシルから得た知識だね。
ヒト族の女の子の年齢は七、八歳ぐらいだろう。
柔らかなウェーブをした栗毛色のショートヘアに、大森林の木々と同じ深緑の瞳。
私より頭一つぶんほど大きい背丈に、茶色ばった地味な布の服を着ている。
私はわけありのエルフの野生児。
彼女はただの平凡な平民の女の子。
現在の場所は気まぐれでやってきた大森林の隅っこだ。
当時は互いが互いに興味津々だったけど、幼い私達には非常に大きな問題があった。
私が使うのはエルフの言葉。
彼女が使うのは人族の言葉。
つまりぶっちゃけ言葉が通じないのだ。
だから私達は、しばらく無言で見つめ合っていた。
「はわ、はわわ! そ、その手に持っているウサギはもしかして……!?」
その沈黙を破ったのは彼女の食い意地だ。
「も、もしかして高級食材のビミラビット!? お貴族様でさえ滅多に食べられない幻のお肉だぁ」
彼女の妖しく光る視線は、私が暇つぶしに捕まえていた二匹のデブうさぎに注がれている。
ダラダラと大量の涎を垂らし、物欲しそうにデブうさぎを見つめる姿に若干引いていると、彼女は凄まじい勢いで私との距離を縮めてきた。
「お、お願いします。一匹譲って下さい!」
「ユーズル……?」
まくし立てられたヒト族の言葉を反芻して、私はコテンと首を傾ける。
もちろんここまで互いの言語は全く理解出来ていないよ?
でも彼女は、身振り手振りで必死にアピールしたんだ。
「もちろんタダとはいいません。えっと、何か交換できるもの……。交換できるものは――」
「コーカン……?」
「そう、交換しましょう!」
そして彼女の昼食用のバケットサンドとうさぎ一匹を、私達は『コーカン』した。
「あ、あとこれもあげる。お母さんが作ってくれた私の宝物なの」
大森林で生丸かじり生活を送っていた私にとって、ヒト族のパンという食べ物はとても珍しかったのだが、彼女は納得できなかったらしい。
「他にもいっぱいあるから大丈夫だよ」と自分の頭から赤いリボンを解き、背に届くほど長い私の髪を一束に結わえてくれた。
「コーカン?」
「そう。これが交換だよ」
自分のものと引き換えに、相手のものを得る。
お互いの持ち物を『コーカン』する。
それは生まれてからずっとひとりぼっちだった私にとって、初めての経験だった。
他のエルフからも、森の動物達からも、一方的に奪うことしか知らなかった。
けれど彼女が教えてくれた『コーカン』は違う。
目の前に怯え、震え、憎悪する『敵』への瞳は存在しない。
キラキラとした優しい瞳が『私』に向けられている。
その存在が、今までにない暖かな気持ちで私の胸を満たしてくれる。
「コーカン! コーカン! マリーベル、コーカン!」
孤独ではない。誰かとの繋がりを感じることのできるこのコーカンという行為が嬉しくて、私は少女の手を取って踊りだした。
「マリーベルってあなたの名前? あたしはローズっていうの!」
「マリーベル、ローズ、コーカン! コーカン!」
「あはは、そうだね。名前も教えあうのも確かに交換だね」
相変わらず言葉は通じていないが、私達はいつまでもその場で笑いあっていた。
ヒト族の女の子ローズと、彼女の教えてくれた『コーカン』という行為。
彼女のちょっとした食い意地が、私の人生を大きく変えてくれた。
ヒト族の女の子ローズと私の『コーカン』は、その後もずっと続いている。
ある時は私が森の奥で拾った綺麗な石ころと、ローズが木で彫った人形を。
ある時は珍しい形の動物の骨と、ローズが愛用していた木製のスコップを。
ある時はエルフ族の(剥ぎ取った)服と、ローズの帽子を。
こうして私達は何度も持ち物の交換を続けたよ。
特にお肉をあげるとローズは喜んでくれる。
だから今日は大岩の倍は大きいコカトリスとかいう鳥の魔物を『コーカン』するのだ!
「ローズ、コーカン!」
「ひゃっ!? こ、これって、もしかしてコカトリス!? 凶暴な見た目とは裏腹に、空に浮かぶ雲を彷彿とさせるほど柔らかいお肉は、まごうことなき一級品。けど数多の戦士達を次々と返り討ちにするほど凶悪な魔物だから、なかなか市場には出回らないの。それをあなたが倒したの!?」
「……? コーカン!」
「あ、うん。あなたが倒したのね……」
ドンッ。と目の前に巨大な魔物を置かれてローズは目を白黒させている。
「え、エルフって、エルフって……凄いんだね!」
言葉はわからないけど、なんとなく褒められた気がしたよ!
その後、調子に乗って追加で五羽『コーカン』しようとしたら気絶された。
解せぬ。
初めて出会った木の前が、自然と二人の待ち合わせ場所になっていた。
というよりも、当時まだおつむの弱かった私は来る日も来る日も、何日もそこでローズを待ち続けていたんだ。
だって私まだ一桁の幼女だったし、ヒト族の言葉わかんないしね。
でも『誰かを待つ』というのも初めての経験で、とても楽しかったんだ!
さながら飼い主を待つ忠犬のように毎日同じ場所で待ち続け――
そしてローズの姿を見つけると、私はすぐに駆け寄ったのさ。
「ローズ、コーカン! ローズ、コーカン!」
「も、もしかしてずっと待ってたの!?」
「……? コーカン!」
「ああ、やっぱりそうなのね」
そんな私の様子を見て、ローズは凄く驚いてたよ。
今更ではあったが、私達には明確な意思疎通が必要であると気づく。ボディーランゲージには限界があったのだ。
そして私達は互いの言語も『コーカン』した。ローズが私にヒト族の言葉を、私がローズにエルフ族の言葉を教えあうのだ。
今日も教材を片手に、お勉強タイムである。
「これはロッコモって言う野菜なの」
「エルフ、それ、ジャガイモ、言う」
「こっちの赤くて丸いのはアッカイていうの」
「エルフ、それ、トマト、言う」
「じゃあこれは? ナウイっていう緑の野菜」
「ピーマン」
教材は最終的にローズの胃袋へと消えていった。
何故か食に関する言葉だけ異常に詳しくなったのは不思議だけれど――
「マリーの耳って可愛いね」
「ミミ? カワイイ?」
「うん。嬉しそうな時にパタパタ動くのがワンちゃんの尻尾みたいであたしは大好き! こういうのエルフ語でなんて言うんだっけ?」
「萌え」
「そっかー、マリーの耳は萌えかぁー」
二人での勉強はとても楽しくて、かけがえの無いものだった。
いつの間にか彼女は私をマリーと愛称で呼ぶようになり、私にとっても彼女は特別な存在になっていた。
一緒にいると胸のとこがポカポカしてとても暖かい。ローズがいてくれるだけで、とても幸せな気分になれる。例え交換するものが無くても一緒にいたいよ。
よし、この気持ちを伝えよう。
私がローズをこんなに大好きだって教えてあげたいもんね。
そう思ったから私は言った。
「マリーはローズ、萌え」
なんか微妙な顔された。
解せぬ。