11話 マリーは魔法を覚える(挿絵有り)
ナナカラーバナルの一件以来、何の反応もなかった攻略本が輝いた。
私が慌ててページを開くと、白紙だった本には再びエルフ族の言葉がびっしりと書き込まれている。
ローズを救った時のように、今度はシールの役に立つ情報かもしれない。
そう思った私がまず最初に取るべき行動は決まっているでしょう!
「見て見て、お姉ちゃーん!
攻略本に文字が出たよ!!
私、嘘なんかついてないからね?!
ほら、読んでみ? 読んでみ?」
真っ先にローズの元へ行って、ドヤ顔でページを晒しましたよ。
お姉ちゃんったら、いまいち信じてなかったからね。
証人は多いほうがいい。たまたま一緒にいたマジルさんにも特別に見せてあげよう。
キタコレ!
ついにマリーベルは信用を勝ち取るのだ!!
「ごめんね、マリー。読めないわ」
「ああ、読めんな」
……エルフ語ですもんね。知ってた!
なんか二人の雰囲気が「私の自作自演だけど暖かく見守ってあげよう」的な暖かい感じになってるよ。ちくしょう!
私の無罪を証明する為。
もとい攻略本に刻まれた情報を検証する為に私はローズとマジルさんを交えた三人で内容を確認した。
【魔法名】
シルキーメード
【種 別】
種族魔法《エルフ族》
【概 要】
衣を司る妖精シルキーを召喚する魔法。
召喚されたシルキーは術者の魔力を吸収して体内で様々な生地へと変換することが可能。生み出された生地はシルキーによって術者の望む衣服へと加工される。
魔力を含んだ衣は高い防御力を有しており、エルフ族では普段着・戦闘用装備の両方として扱われている。
なお、作成可能な服の種類は術者のレベルに。防御力は術者の魔力量や属性に依存する。
【認可条件】
★八十歳以上のエルフ族であること
★大森林に生息する虹色蚕から生み出された魔糸に自身の魔力を込め、それをユグドラシルの根元へ奉じて、神への祈りを捧げる。以上の行為を一年間継続すること。
んー? とりあえず魔法について書いてあるっぽいね。
でもわからない単語ばかりで私は首を傾げる。
「種族魔法って何?」
その答えを知っていたのはマジルさんだ。
「俺もさわりしか知らんが、種族魔法ってのは『その種族のみが使える魔法』ってことだ。
獣人族なら獣人族に、ドワーフ族ならドワーフ族にそれぞれ種族専用の魔法があるらしい」
「じゃあ、これはエルフ族の魔法ってことかな?」
「嬢ちゃんが読んだ内容が間違いでなけりゃおそらく……な。
エルフ族だけが使える服を作る魔法ってなことだと思うんだが……」
魔法が使えないマジルさんはあまり詳しくないらしい。後半になればなるほど言葉が尻すぼみになっていった。
逆に意欲的になったのはローズだ。服が魔法で作れると聞いて少し興奮している。
たじたじのマジルさんにガンガン質問を始めたよ。
「この認可条件っていうのは何ですか?」
「あー、うろ覚えだが要は魔法を覚えるための条件だろうな。俺は魔力が無いからやったことはないが、魔法使いはこういう条件をこなすことで術を使う許可を得るんだ」
「許可って誰から……?」
ローズの質問に、マジルさんは「さあな」と少し投げやり気味に返す。
「魔法を使える奴は皆、口を揃えて『世界』とは言ってるがな。多分、神様かなんかじゃねえか?」
ともかく攻略本にある魔法は認可条件をクリアしないと使えないってことなんだね。
でもちょっと待ってよ?
「あと七十二年経たないと使えないじゃん!?」
「マリーはまだ八歳だものね」
ローズと私は揃ってがっかりする。
エルフ族の八十歳以上。あと十倍も歳取らないと駄目な上に、ユグドラシルに一年も通う? 魔法は興味あるけど、そんな面倒臭いのお断りだよ。
そう思っていた私は認可条件の項目で、とある一文を見つける。
*ただし『候補者』は条件より除外される
候補者? 何のだろ?
これはマジルさんもわからないみたい。
もしも私がここに書いてある候補者なら、魔法が使えるのかな?
そう思うと私の中で魔法に対する興味がムクムクと膨れ上がった。
我ながらちょろいけど、子供だからね。
そろそろエルフパンチ以外にエルフっぽいこともしてみたいのだ。
私は攻略本の文字を指先でそっとなぞり、ため息混じりに呟いた。
「使ってみたいなぁ……」
すると突然、私の体から魔力があふれ出す。
「な、なんだ。なんだぁー!?」
慌てる私の意思に反して、溢れた魔力は薄緑色の淡い光となって体を覆い、ビビッと電流のような痺れを体へと与える。
そしてやってくる『何か』と繋がるこの感覚は――
「……魔法を使う許可がおりたっぽいよ」
不思議と理解できた。
この何かは……『世界』だ。
驚きに顔を歪めるローズ達に向け、私は魔法を習得したことを伝えた。
理由はわからないが私はこの『候補者』というやつだったのかな?
とにかく魔法を覚えたので、さっそくその場で使ってみた。
攻略本に記された起動呪文をいざ唱えるのだ。
「おいでませ、シルキー」
すると私の魔力がいくらか使用され、同時に目の前でポンッと小さく煙が立ち上る。
その煙の中から現れたのは、手のひらサイズの可愛い女の子だった。
「初めましてなのです。マスター! わっちは衣の妖精シルキー、呼ばれて飛び出てきましたの!!」
妖精はまるで太陽のように明るい笑顔を私へ向ける。
純真そうな笑顔を持つ彼女が着ているのは真っ白な絹のワンピースだ。
腰には彼女サイズの小さな鋏を携え、背中には大きな籠を背負って何か細い棒がいっぱい入って――いや、これは籠じゃなくて針刺しだ。たくさんの細い棒は縫い針やまち針だった。
「ノンノン、これはニードルクッションと呼んで欲しいのです。そっちの方が何となくお洒落ですの」
まるでお人形のような妖精が私の手のひらで指を振る。「シルキーはお洒落にこだわる妖精なのです」と主張するたびに、ふふわふした桃色の長髪が小さく揺れてるよ。
これって凄く可愛くね?
後で他の人たちにも見せてあげなきゃ!
私はシルキーを逃がさないように手のひらをぎゅっと握りしめた。
「お姉ちゃん、カゴ! 早く虫カゴちょうだい!!」
「おっふ、自分で呼び出しといて虫扱いはどうかと思いますの」
私の万能パワーで締め上げられたシルキーは苦しそうに抗議していた。
危うく中身出ちゃうとこだったね。
ギリギリセーフだ。
マリーベルは踏みとどまったよ!
命の危機を脱したシルキーを前に、私達のテンションは最高潮だった。
私は初めて魔法を使ったことで脱ぎ出しそうな勢いだったし、ローズもシルキーを前に「か、可愛いっ!!」と小躍りしそうな感じだった。
マジルさんも「マジでかぁー!」と漏らし……うん、この人はいつも通りだ。
そんな私達に、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべたシルキーが問いかける。
「それで……わっちはどなたのお洋服を作れば宜しいですの?」
……ごめん、何も考えて無かったよ!
ローズとマジルさんも「あちゃー」って顔して目を逸らしてた。
「もしかしてマスターは私に対して何も御用がない……のですか?」
気まずい、気まずいよ。そんな縋るような目でこっち見ないで!
無駄に重い沈黙に耐えかねて、とうとうシルキーはその場で膝から崩れ落ちた。
「わかってますの、わかってましたの……! エルフなんて基本、着たきりスズメな上に、人と違うのを嫌がる無個性集団。お洒落に着飾るとかノーサンキューな人たちでしたの!
呼び出すごとに同じ服ばかりを作らせ続け、挙句に「服はもういいから掃除とか洗濯やってよ」とか気軽に家事を押し付ける無神経さんなのです。
そんな感じだからいつの間にかシルキーは家事妖精などと間違った認識が広がって、ますます私達は服を作れなくなるのです」
さっきの明るい笑顔が一転してクシャクシャの泣き顔になっちまった。
この人、なんだか浮き沈み激しいね。
すごく扱いづらいよ!
とりあえずエルフが迷惑かけてごめんね。
「私達はお出かけ用の小洒落たお洋服とか、彼氏に『何だか今日の君は特別だね』と言ってもらえるような気合の入ったドレスを作りたいのです……。
なのに何でエルフってお出かけしませんの?! 防御力も結構あるはずなのに毎日毎日、部屋でゴロゴロゴロゴロとしてますの?!
古代から守り続けたシルキーの『衣の知識』が全く役に立ちませんの! 完全に宝の持ち腐れですの!!」
まあ、根っからの引きこもりだしね。
確かに着飾る機会とか皆無だわ。
そんなエルフの専用魔法だなんてシルキーさんってばマジ悲惨。
「こほん……マスター、取り乱して申し訳ございませんの」
積年の想いを吐き出すだけ吐き出すと、最後にシルキーは私に頭を垂れた。
「さあ、どうぞわっちをこき使ってください。掃除? お掃除? もしかしてお料理をご所望ですの? マスターが望むならムシカゴの中で大衆の視線に晒され、屈辱にまみれながら生きるのもやむなしなのです。
所詮、わっち達はエルフ族の便利な道具……愛玩動物として飼うなり、母親役にして親子プレイに興じるなり好きにして下さいの」
向けられた彼女の目は、光を失った空ろな瞳だった。
病んでるよ。
このシルキーは心が病んじゃってるよ!
ってか最後のおかしいよね?
何やってんの過去のエルフぅー!?
「エルフって……エルフって……」
ローズに心も体も少し距離を取られた。
ちくしょう。
マリーベルは風評被害を受けてるよ!
「幸せですのー!!」
機嫌がすこぶる良くなったシルキーの甘ったるい声が村中に響いた。
あの後、試しにローズへ暖かい服でも作ってもらうことにしたんだけれど、私はデザインとかは全く分からない。だからシルキーに全部お任せすることにしたんだ。
「ほ、本当に? 本当にわっちが好きなデザインで服を作っても宜しいですの?」
「いいよ。お姉ちゃんのこと可愛くしてあげてね」
「おおおおお、お任せ下さいですのー!!」
ここでシルキー完全復活。奇声を上げながらも、そこからの彼女の動きは早かった。
私から魔力を受け取ると、あっという間に服の生地を作り上げたのだ。
「凄いですの、凄いですの?! 何ですの、このマスターの魔力は?! 量も密度もありえないことになっているのです。これならすぐに仕上がりますの!」
マスターやばい、マスターえぐい。と連呼しながら腰の鋏と背中の針を使ってシルキーはローズの服を仕上げていったんだ。ちょっと黙って欲しいよね。
でもその速度は見事なもので、なんとペコロン茶を一杯飲み終える頃には服が一式完成していた。シルキーさん恐るべしである。
完成したのはベージュ色のコートだった。シルキー曰く『ダウンジャケット』と呼ばれる『衣の知識』の産物らしい。
私の魔力から変換された素材は、妙にツルツルしていて皮や布とは全く違った質感をしている。おまけにモコモコしていて、中には綿が詰まっているようだ。それもシルキーによって作られたものらしい。
「凄いわマリー。この服、外に出ても全然寒くないのよ。まるでずっと部屋の中にいるみたい」
実際に試着したローズの声は、嬉々として弾んでいた。
同じくシルキーによって作られた黒いスカートと、足をすっぽりと覆う靴下のような『黒タイツ』というものも着こんで外を走り回っている。
おまけで作ってもらったマフラーと手袋、そして『ニットキャップ』という帽子も好感触なようだ。
「しかも濡れてもすぐに乾くのよ。シルキーさんの作る服って凄いのね!」
「いえいえー、その辺の仕様はマスターの実力があってこそなのです」
大喜びのローズをニヤニヤと眺めながら、シルキーはうっとりとした声を上げる。
「マスターの力を借りると何でも作り放題ですの。熟練度ごとのレベル制限を完全に無視して全ての衣類を作成可能なんて……。普通はこんなのあり得ないのです!」
そういえば、作れる服はレベルに依存するって書いてあったね。
シルキーさんは「そうですの!」と私の肩の上で興奮している。
「おまけにマスターのとんでも魔力のおかげで防御力もカンストなのです。世にある伝説の装備が揃って霞む、えぐい装備品に仕上がってますの!」
「わかるぜ、こいつがやべえ代物だってのはな。おかげでさっきから俺のお漏らしが止まらねえんだ! マジでな!!」
「わー、近寄らないでほしいですの」
同意するよ。マジルさん少しばかりあっちの方に行っててね。
ローズも大喜びだし、私も魔法を覚えることが出来て楽しいし、シルキーも好きな服を自由に作れるようになって凄く喜んでいるけれど……
私には一つ引っ掛かってることがあった。
「でも、これでどうやってシールの悩みが解決するんだろう」
私はシールの役に立ちたいと祈った。
だからもしも攻略本がローズを助けたときと同じように反応したのならば、この魔法が『シールの役に立つ力』になると想像していたんだ。
私はもう一度攻略本を捲り、まだ消えていないシルキーのページを確認するが――
「あ、もう一ページあった」
なんとまだ捲った先に、まだ書いてある部分があったのだ。
失敗失敗。マリーベルは焦ってたよ!
そしてそこに書いてあったものこそが、シールに必要なものだったんだ。
「ねえシルキー、コレって作れる?」
私の問いかけに、シルキーはニコリと微笑を浮かべた。
衣の妖精シルキー
イラスト提供:シーさん
素敵なシルキーを描いて頂き、本当にありがとうございます!




