10話 マリーは特訓を施す(後編)
実はシールの特訓を続けるにあたって一つの問題が浮上している。
ぶっちゃけ、ついにシールのお母さんからカミナリが落ちたのだ。
「これ以上、洗濯物を増やすな!」だって。
まあ当然だよね。
元冒険者で戦闘経験豊富な獣人族でもある母親は非常に恐ろしい。
でも特訓は止めたくない。
そんなシールは一つの決断を下した。
パンツを脱ぐ。
シールのパンツがテイクオフ。
下半身からさよならバイバイ。
この意味わかる?
そう、獣人ケモ耳娘が森でノーパンを選択したよ!
「シール……。寒くない?」
「……我慢する」
一応いっとくと、エルフは寒さに強いから全裸もオーケーだけど、獣人族はそれほどでもないからね。
シールの尻尾も寒そうにプルプル震えてるよ。
「絶対に冒険者になる。これはその為に必要なこと」
「どうしてシールはそこまで頑張るの?」
「……色々ある。けど内緒」
恥ずかしそうにシールは言い淀む。
でもここまでの決意を見せられて、これ以上の言葉って必要?
いや、マリーベルはその問いには否と答えるよ。
胸に抱いた夢のため、立ちはだかる壁と環境に耐え忍ぶ。
こんな一途な少女の想いには全力全開で応えてこそのマリーベルクオリティ!
そして何より『ケモ耳×美少女×ノーパン』この三つが揃ってエルフの血が騒がないはずがない。
実際、私の中のユグドラシルがさっきから熱く燃え滾ってるよ!
というわけで、私達の特訓は無事に存続することになったのだった。
ローズと冬の準備をして、シールと特訓して、村の子達ともめいいっぱい遊ぶ。
そんな私の毎日は大森林にいた頃とは比べ物にならないほど充実したものとなっていた。
まあ正直に言えば、私ははしゃいでいたのだ。だから色々とやらかしましたよ!
ローズはともかく、私は集団生活自体が始めてだったしね。
失敗して学ぶ。そんな得るものばかりの毎日だったのだ。
その一、人のことを脱がしちゃ駄目。
またまた攻略本を奪おうとした悪ガキをマリーベル流脱衣術によってスッポンポンにしたらローズに怒られた。
なんと村ではむやみに他人の服を奪ったら駄目なんだってさ。
くそう。マリーベルは日課を一つを失ったよ……
その二、自分も脱いじゃ駄目。
ローズの料理が美味しくて、思わず全裸で村中を駆け回ったら怒られた。
大森林ではたまに興奮して裸で駆け回ったけど、人里では破廉恥だからいけないんだってさ。
ぬぬぬ。マリーベルは趣味を一つ失ったよ……
その三、手加減しなきゃ駄目。
これが一番難しい。
私が少し本気で走ったら物が吹っ飛び、僅かに魔力が漏れたら家畜たちが怯えて大騒ぎになる。
今のところ人的被害は脱衣だけだが、ローズから早めに手加減を覚えるように言われている。
こんな時に役立つのが私の生みの親、聖樹ユグドラシルの知識だ。
ユグドラシルによると昔のエルフは柔らかいものを使って手加減の練習をしたらしい。
時には熟した桃を崩さずに捕獲し、時にはエルフ族に伝わる豆腐という食品を運び、時には赤子を優しくあやす。
私の身近にある柔らかくて繊細なもの?
そんなの決まっている。
ローズのおっぱいしかないでしょう!
さあ、いざ特訓だ。もみもみもみもみー
「ちょ、や、やめてよ、マリィー!?」
「これは手加減の特訓だから止めるわけにはいかないよ」
「どうして手加減の特訓であたしの胸を揉む必要があるの!?」
「エルフの仕様だよ、ひゃっほーう!」
「エルフって、エルフってぇー!!」
その後、ローズはずっと顔を真っ赤にしてたんだ。
「マリーは妹……マリーは妹……」
まいったね、めちゃくちゃ怒ってるみたい。
そんで二度と揉まないと約束するまで口を利いてくれなかった。
しょぼーんだ。マリーベルは生きがいを一つ失ったよ……
思い返すと失ったものが多かったね。人里は思ったより窮屈だ。
そうしている間に季節は完全に冬になっていた。村の周りは一面が真っ白な白銀の世界になり、馬車などの交通は降り積もった雪のせいで完全に途絶えている。
外との交流はなんとか徒歩や馬で隣村に行く程度らしい。
大森林ではあまり積もらないから知らなかったけど、雪って超楽しいね。
まっさらな新雪に子供達が足跡を付けてキャッキャしてるのが面白そうだったから、私も思わず全裸になって飛び込んだんだ。
ローズにまた怒られたけど、私の足跡……いや体跡が見事に残ったよ。
まあ、こんな感じで私は冷たいのにも平気だったのだ。
代わってローズや他の子たちは少し寒そうかな。動物の皮や、布の服を何枚か着こんでいても時間が経つと冷たさが滲んでくるらしい。雪で遊ぶとすぐ濡れるしね。
結果として、みんな部屋に戻って温まる時間が増えるので、雪が降る前と比べると村全体がかなり静まり返っている気がする。
寒さに強いエルフには理解できないが、これが田舎村の普通らしい。
春までの我慢とはいえ、少し寂しいかな。
そして私の不理解は一つの失態を招いていた。
冬になってすぐにシールが寝込んでしまったのだ。
原因は――、下半身の冷え込み。
そう、シールはノーパン特訓法によって風邪を引いてしまったのだ。
「ごめんね、シールぅ……」
「……ボスのせいじゃない。自業自得」
高熱にうなされながらも、シールは私をかばうように返事をくれる。
原因としても師匠としても責任を取ると言い張った私は、朝からずっとシールを看病している。ローズはシールの代わりにお母さんのお手伝いだ。
朝から苦しそうなシールを見ていると、私は自分のしてしまったことに悲しくなって「もう止めようよ」と提案した。
こんなになるまで無理することないよ。
けれどシールは私の言葉に嫌々と力なく首を横に振る。
「だって……冒険者にならないと私みたいな田舎者は王都へなんかいけない」
熱のせいで意識も空ろになり始めた彼女が口にしたのは、かつて内緒と言い張っていた胸に秘めた想いだ。
「王都は遠い。道中には魔物もいる。この村から行けるのはせいぜい近所の村や領都ぐらい。きっと私一人の力では王都に行けない。
乗り合い馬車に乗るのもお金がいる。王都へ行ってもお金がいる。仮に辿り着いたとしても何の後ろ盾もない田舎出身の私だと野垂れ死ぬと思う。
この村に帰ってくるのも多分無理」
「シールは王都に行きたいから冒険者になりたいの?」
「そう、だから強くなりたい。強い冒険者になれば、教会で依頼をこなして初めての町でも安定してお金が稼げるし、商隊の護衛依頼に便乗できればもっと楽に王都に行ける。そしてこの村にも戻ってこれる。それに――」
その願いは掠れた声で紡がれた。
「……そうすればまたローズとボスに会える」
きっと熱のせいもあるだろう。いつもの抑揚の無い声が、ほんの少しだけ泣きそうに揺れていた。
「私はその……漏らすから……最初は村の子達にも避けられてた」
シールの語る昔話は少し悲しいものだった。
皆の中心で役に立つマジルさんとは違い。同じ体質を持っていてもシールはマジルさんのような鑑定の腕も知識もない、ただの子供だ。自然と同じ子供たちから避けられるようになったシールは、いつも一人ぼっちで遊んでいたそうだ。
そしてそんなシールを救ったのは――
「でもある日、村にやってきたローズが私を皆のところに連れて行ってくれた」
初めて出会った獣人族に興奮したローズは一人ぼっちのシールの手を取ると、村中を引っ張り回したらしい。
最初は近寄ってこなかった村の子達も、ローズと一緒に遊んだり、お肉を食べているうちに、いつの間にかシールを受け入れてくれたそうだ。
「おかげで私はこの村が好きになれた。そしてローズも大好きになった」
「わかるよ。私もそうだったから……」
大森林で一人ぼっちの私に『コーカン』を教えてくれた。孤独なその手を取って、皆のところに連れてきてくれた。
私をいっぱい幸せにしてくれたんだ。
私もそんなローズが大好きだから、シールの気持ちがわかるんだ。
「本当は……昔はこの村から逃げ出したかった。だから冒険者になりたかった。
けど……今はもう違う。私は王都とこの村を往復できるほど "強い" 冒険者になりたい。会いたい人がどこに居てもすぐに会いにいける私になってーー」
冒険者になりたい、強くなりたい、お漏らしを治したい。そんなのはシールにとってただの手段でしかなかったんだ。
最初から、シールの願いはたった一つだけ――
「大人になっても、ローズとずっと友達でいたい」
それはまるで祈りにも似た囁きだった。
シールはいずれお別れになる友達のために、必死に行動していただけなんだ。
それに比べて私は新しい友達の存在にただ浮かれていただけだ。
結局、コーカンだなんて大見得切っても、私はシールに何もしてあげられてない。
懸命なシールの気持ちを察することも出来なかった。
何がボスだ。何が師匠だ。
あまりの無力感にエルフ耳もしおしおと項垂れてるよ。
「そんなことない。ボスはあの宴の日からずっと……私にとっての『憧れ』だった」
落ち込む私のことをシールは優しい口調で諭してくれる。
「でも私は結局シールの役に立てなかったよ……。力の調整も下手だから未だに村には迷惑かけてるし。いくら強くたってこんなんじゃ全然意味無いよ」
「んーん、そういうのじゃない。腕っぷしでも魔力でもない。ボスが凄いのはもっと別のところ」
高い体温で頬を上気させながら、シールの優しい瞳が私を写す。
「だって、ボスは私にとって『本当の王様』だから……」
私が王様? どういうこと?
でもそこまでが限界だったようだ。
いつの間にかシールは静かな寝息を立てていた。
「シールのお願いを叶えてあげたいな……」
彼女の本当の願いを聞いて、彼女の本当の想いを知って、私は心からそう思った。
この村に来てから、一番一緒にいた友達。
本当は私に連れまわされるのだって怖かったはずなのに、自分の夢のために勇気を出して頑張れる格好良い女の子。
感情を表に出すのは苦手だけれど代わりに誰よりも尻尾で自分を語り、好奇心旺盛で、お肉が大好きで、ちょっぴり漏らし癖がある。ニョーデル村の獣人族の少女。
そんな彼女が……私も大好きだったから。
だから祈った。
ローズの幸せを願ったあの時のように。
シールのために。友達のために。
良い神様へ、ただ祈った。
「シールの夢が叶いますように……」
そんな私の祈りに答えたのはベットの脇に立てかけられた『攻略本』だった。
いつかローズの危機を救った時のように、神様からのプレゼントが再び白く美しい輝きを放ったのだ。
一体誰が予想しただろう。
この攻略本の光はシールを救うだけではなく――
ニョーデル村へ革命を与えることになるだなんて。
なんと私はこの日……生まれて初めて『魔法』を覚えたのだ。




