09話 マリーは特訓を施す(前編)
森はエルフにとって庭も同然だ。
例え初めての場所だろうが、フィールドに木々や草花が生い茂っていれば自然に体が動き、まるで羽が生えたように素早い動きで野を駆け回る。
重い荷物もなんのその。謎のちびっこエルフパワーは本日も絶好調!
採取量の多い私のために特別に作ってもらった大籠に、獣人族の女の子シールと攻略本を詰め込んで、私は木を上り、岩を登り、滝を登り、そして飛び降りる。
「ひゃっはー! アイキャンフラーイ!!」
「――っん!!」
籠の中ではユグドラシル的ご馳走がタップンタップンと波打ってるが気にするな。
激しい揺れも、高所からの落下もばっちこい。これは我が弟子の特訓なのだ。
ペコロン茶とコーカンでシールを鍛える。
その約束をしてからは、午前の採集はシールと二人で行っていた。
一番の目標は彼女の悩みである『父親譲りの漏らし癖』を克服すること。
そのために師匠の私も目下試行錯誤の最中である。
シールに対する考察その一。
『怖いと漏れる』
強い魔物や獰猛な獣なんかが近くにいると、反応して粗相するらしい。
なんだそのレーダー機能は?!
試しにまず目の前に普通のウサギを置いてみた。
「問題ない。へーき」
大丈夫みたい。むしろ捕食者を前に小動物の方が漏らしていたよ。
「じゃあ、次はこいつね」
「――っんん!!」
シールの前にドンッと落としたのはさっきのより少しだけ大きい黒ウサギだ。
見た目はウサギっぽいから突っついて遊んでたんだけど、突然にょきっと角が出て電撃を飛ばしてきたから捕獲した。
名前は知らないがそこそこ強い魔物みたい。
これなら見た目は同じだから大丈夫かな?
「……ごめん」
アウトみたい。モジモジとスカートを押さえて、尻尾も耳も、ふにゃんとなってる。
「駄目かぁー。シールの『怖い』は見た目だけの問題じゃないんだね」
「そう。どちらかというと『ヤバイ』の方が近い」
小さくて可愛い見た目でも、中身が危険だと本能的にわかるってことかな?
「人生で一番ヤバかったのはボスが宴で魔力を開放した時」
この意見には獣人族全員が同意するらしい。ごめんね、怖がらせて!
とりあえずシールの能力は相手の実力がすぐにわかるの便利なものだとわかった。
尿漏れさえなければだけどね。
ちなみにウサギは両方食べたよ。美味しかったさ!
シールに対する考察その二。
『凄いと漏れる』
『強い、ヤバイ』だけじゃなくて、『価値がある。なにこれ凄い。キタコレ!』的な驚きでも反応する。
驚いたのが美味しい肉や、珍しい果物などシールが既にその価値を知っているものだけに反応するわけじゃないってとこだ。
ある日の帰り道でシールが突然、スカートを押さえた。
「……ボス。ここヤバイ」
その場で蹲って、彼女は足下を指差した。
あ、もちろん濡れてたけど、もういちいちツッコミは入れないよ。
とりあえずマリーベルパワーで地面を深く掘ってみたら、見たことの無い黄色く透明な石が出てきた。
「なにこれ? シールは知ってる?」
「んーん、知らない。でもこれヤバイ」
シールもよくわかってないみたい。
自分でも首を傾げてたけど、この石には何かを感じるらしい。
なのでさっそく交換所のマジルさんの所へ持って行ってみた。
「マジか、マジでか! ミツグラシの結晶じゃねえかぁー!!」
本家本元のお漏らし芸を見事に炸裂させてくれたよ。
「次から次へと凄えもんばっかり持ち込みやがって……。お前らは俺を干からびさせてえのか?!」
いや、知らんがな。
とにかくミツグラシというのは大量の木の蜜を体内へ蓄えてる虫の魔物で、生涯を終える時にはその蜜で体を覆う性質があるそうだ。そしてその結晶がこれらしい。
合流したローズもミツグラシの名を聞いてめちゃくちゃテンションが上がってた。
「体内で濃縮され続けた蜜の結晶は通常の何倍も甘くて都でも大人気の商品なのよ。
蜂蜜よりも自然な香りなのに味はとっても深く、口に含んだ時のデリケートな風味はお菓子やパンにすると食べるのが止まらなくなるぐらい美味しいの。
『体重とミツグラシどどちらを取る? やっぱりミツグラシでしょ!』の謳い文句は若者の間でも有名だわ」
うん、さすがは食いしん坊。
相変わらず詳しいね。
なんでもミツグラシは死ぬときに地面に潜る習性があって見つけるのが大変らしい。
もしかして森の中でエルフ族でも気づかなかったお宝に反応したシールのお漏らしレーダーって凄い存在なんじゃない?
「なんだかもうシールのそれはそのままでいい気がしてきたよ」
「……んーん、嫌。私は治したい」
私の提案をシールは頑なに否定する。
その理由はとても納得がいくものだった。
「このまま冒険者になったら、下着が何枚あっても足りない」
そうだね。一日の洗濯量が多くて大変だってシールのお母さんも言ってた!
シールの夢の為にも、お母さんの洗濯のためにも、マリーベルはもういっちょ頑張るよ。
こうしてニョーデル村での最初の友達の為に、私達の特訓はまだまだ続くのだ。




