08話 マリーは友と過ごす(後編)
前回のギャングリーウルフの肉はかなりの量があり、半分を皆で食べて、残りの半分は加工して冬越しに回している。おかげで冬の備蓄にはかなり余裕が出来たそうだ。
ちなみに狼とお店の品とコーカンしようとしたら、マジルさんから待ったが掛かった。
「勘弁してくれ、店中の物を全部差し出してもこいつにゃ釣り合わねえよ」
「なら店ごとコーカンだね。ひゃっはー!!」
「容赦ねえな!?」
曰く、ギャングリーウルフは骨も毛皮も領都で売れば相当な金額になるそうだ。
だから必要なものだけ交換して、残りは都で売ってお金にしてくるらしい。
お金っていうのは皆が『コーカン』に使う物なんだって。知ってた?
当然ながら森には無かったよ。なので現物の硬貨というのを見せてもらったけど、個人的にはいらないかな。
なんだか小さくて同じのばっかりだし。
だから私のコレクション用に何枚かと、ローズが今後の為に必要な分を確保して、残りは村の為に使ってもらうことにした。
「お世話になるのとコーカンだよ」って言ったら、また皆に拝まれた。やめい。
ウルフの素材はマジルさんの息子さんが領都に売りに行くそうだ。ちょうどそれが今年の最終便で、ローズの手紙も一緒に出してもらう予定だ。
手紙の送り先は、なんと王都で有名な食事処とのこと。その店のリリーという女性がお母さんの知り合いで、今回ローズが助けを求める人物だ。
この手紙を書くのも一苦労だった。主に食いしん坊のせいである。
「うふふ、このお店は『食の聖女』と呼ばれたお貴族様が作ったレストランでね――」
ダラダラダラ。
「国中の食材が集まるだけでなく、その調理法についても常に研究を続けて――」
ローズの口から、ダラダラダラ。
「そのお店で一度食事をしただけで、もう祖国に帰りたくないと言い始める旅人達が続出して――」
ローズの口から大量の涎が、ダラダラダーラ。
「お姉ちゃん、自制して! また手紙が読めなくなったよ」
なんとローズは手紙を書きつつも、まだ見ぬ王都の料理を想像して涎を垂らしていた。
その見事な同時進行によって、紙とインクをこれで三通分無駄にしている。
どちらも田舎では結構な貴重品。ギャングリーウルフをゲットしといて本当に良かったね。
全く、食が絡むとうちのお姉ちゃんは一気にポンコツになるよ!
困ったもんだい。と隣のシールに同意を求めると、
「……またやっちゃった」
狼のケモミミ娘はスカートを押さえてモジモジしていた。
お前もかい! 二人はいいコンビだね。
この三人で遊ぶ時は森に入ることが多い。
今まではローズと二人きりだったけど、人数が一人増えただけで遊びが格段に面白くなったよ。
かくれんぼや、鬼ごっこ、ままごとなんかの子供らしいこともすれば、大人の真似をしてお店ごっこで色々とコーカンして遊ぶんだ。
中でも最近、一番ハマっているのは護衛ごっこだ。
誰か一人をお姫様役にして残った二人が敵から姫を守るという、なりきり遊びである。
「いくよ、シール。今日もニョーデル王国の姫を無事に城まで送り届けるのだ」
「了解、ボス。ローズにはかすり傷一つ付けさせない」
今日はお姉ちゃんがお姫様で、私とシールが護衛騎士だ。
お姉ちゃん守り隊リーダーの腕の見せ所である。マリーベルは役になりきるよ!
「この命に代えても姫を守るのが我らの使命だからね」
「当然。腕のいいシェフを守るのは獣人族の誇り」
「姫を守ろうよ!?」
うん、獣人族の誇りって意外なとこにあったね。
ちなみに攻略本はこの時、立派に騎士の盾として利用される。分厚くて防御力高いし、自動で戻ってくるからブーメランみたいに投げて遊べるし、マリーベルはいま攻略本を使いこなしてるよ!
「絶対に使い方が違うと思うわ……」
ローズが何か言ってるけど気にしない。
私は攻略本で敵から姫を守るのだ!
ここで敵って何? とツッコンだら駄目だよ。所詮、子供の遊びだからね。
不気味な木や、風でガサガサと動く長い草、現れた狐なんかを敵にして姫と騎士の気分を味わうのさ。
あ、狐はちゃんと狩っておきました!
「ボスはやっぱり凄い」
狐をあっという間に捕まえた私に、シールはキラッキラの尊敬の瞳を向けてくる。
表情に変化が少ない分、しっぽと瞳で語る女の子だ。
「獣人族は強い人を尊敬する」
この護衛ごっこで一番張り切っているのは実はシールだったりする。
遊びが始まるといつも尻尾が凄い勢いで揺れているので間違いない。
「シーちゃんは強くなっていつか『派遣者』になるのが夢なのよ」
ローズはそんなシールの様子を微笑ましそうに眺めている。
「ローズ違う。『派遣者』じゃなくて『冒険者』」
「どっちでも一緒じゃない」
「んーん、冒険者の方が格好良い」
派遣者っていうのは、皆からの依頼を受けて護衛の旅をしたり、魔物を倒したりする仕事のことだ。大きな町には神様の像を祭る『教会』という場所があり、そこには町中から色々な依頼が集まるそうだ。
そして教会は集まった依頼を選別し、実力のある者たちへと仕事を委託する。
それが『派遣者』というシステムである。
ちなみに『冒険者』というのは別称だ。冒険に夢見る子供は皆そう呼ぶんだって。
自由気ままに生き、一攫千金の夢がある職業。ロマンがあるね!
「ねえ、マリー。エルフ語だと派遣者は何ていうの?」
「フリーターかな」
そんなことを駄弁りつつも、ローズとシールはさっさと狐を捌いてたよ。
今のところ夢より食欲の肉食系村娘達だ。全く容赦ないぜ!
シールの両親。つまりマジルさんと奥さんは昔、たくさんの魔物を相手に漏らし……いや、冒険をしたらしい。
シールもそんな冒険話の虜になった一人だ。
狐肉のつまみ食いを終えると、シールは木の棒で素振りをしたり、気配の消し方を試行錯誤したりと冒険者への特訓を始めている。
十一歳だが、獣人族特有である野生の力を持っているため、その動きはなかなかに力強い。
そんなシールを眺めながら、私とローズは石を組み上げて足場を作り、その上に攻略本をテーブル代わりに置いて優雅なティータイムだ。
攻略本って意外と便利だね!
「絶対に使い方を間違えてると思う……」
そんなローズの呟きは聞き流し、私はお茶を口に含んだ。
「このお茶おいしーよ!」
ローズが淹れてくれたお茶は、マジルさんの所でコーカンしたものだ。
木のカップからは目が覚めるようなスッとする香りが立ち上り、鼻孔をほのかに刺激するのがなんだか心地良い。
いざ口に含んでみると、意外とさっぱりとしていて後味も非常に爽やかだ。
思わずエルフ耳を上下させる私に、ローズは柔和な笑みを向ける。
「これはペコロンっていう植物のお茶よ」
「ペコロン? 聞いたことないや」
「エルフ語だと呼び方が違うのかな? この辺でも普通に見かけるし、はぐれ集落にも生えていたから珍しい植物じゃないとは思うけど」
ローズによると、はぐれ集落の近くにはペコロンの群生地もあるそうだ。
春になったらシールも誘って皆で見に行こうと約束した。
「ボス、ペコロン気に入ったの?」
「うん、これなら毎日飲みたいかも」
特訓を終えたシールが、私のご機嫌なエルフ耳と手元のペコロン茶を見比べている。
ん? ケモミミが嬉しそうにピクッと動いたよ。
「それ、作ったの私」
「そうなの!? 凄いじゃん」
「んーん、普通。家だとペコロンの茶葉を作るのが私の役目なだけ」
なんでもない。と言いつつも、シールの尻尾はご機嫌に揺れていた。
多めにできた分を交換所に出しているそうだ。とても美味しそうに飲んでくれるのが嬉しかったらしい。シールからペコロンの茶葉を分けてもらえることになった。
「ボス、もしよければ交換に私を鍛えて欲しい」
「コーカンはいいけど、鍛えるの? 私がシールを?」
「そう。ボスみたいに強くなりたい。あと……」
シールはとてもか細い声で呟いた。
「……漏らさないようになりたい」
思ったより切実な悩みだね。
任せて。マリーベルはがんばるよ!




