06話 マリーは宴を催す
その後しばらく、マジルさんは危険生物と希少人種を前にして興奮していた。
「マジか、マジでか!? エルフなんて初めて見たぜ!」
そして何故か「ありがたや、ありがたや……」って、私を拝み始めたよ。
やっぱり大森林の外ではエルフって珍しいらしい。おまけに平和を好む穏やかな種族という外聞だけが一人歩きして、神聖視している人も多いとか。
実際は引きこもりの根暗野郎どもの集団なのは黙っとこう。
マリーベルは人の夢を壊さない主義なのさ!
まあ、とりあえず八歳児を拝むのはやめようか。
「いや、スマン。しかしエルフってのは凄ぇんだな。魔法が得意な種族だとは聞いていたが、こんなチビっこい嬢ちゃんがギャングリーウルフを討伐するとは……」
マジルさんから感心と憧れの入り混じった瞳が向けられる。
でもごめん、魔法は使えないんだよ!
言ったじゃん、素手って。
証明するために必殺エルフパンチで木をへし折ってみたら、マジルさんはまたジョボジョボとお漏らししていた。
だが彼のズボンはもうズブ濡れだったので大した問題はなかった。
脱水症状寸前のマジルさんと共に荷を運び、私達は改めてニョーデル村の人たちに挨拶をした。
マジルさんは集めた村人達に、ローズの集落に起こったことや、私達のこれからについてを説明してくれたんだ。
反応は様々だったけど、最終的に村人達は私とローズのことを受け入れてくれた。
お父さんからの獲物のおすそ分けで助かった家庭が多かったのが決め手だったようだ。
何かあった時のためにこうやって村との伝手を作ってくれていたローズパパの行動には感謝である。
そしてギャングリーウルフの登場には皆が大騒ぎ。
「スゲェ! ギャ、ギャ、ギャングリーウルフだと。初めて見た」
「と、とんでもない大物じゃないか」
「誰が殺ったんだ?! たまたま領主軍が近くにいたのか?!」
やべえ、やべえと悲鳴と賞賛が飛び交う中で、マジルさんが「ぬっふっふ」と嬉しそうに私を皆の前に出す。
「お前ら、おったまげろ。なんとこの嬢ちゃんが一人で仕留めたんだぜ!」
「「はぁ!? こんな子供が!?」」
全員が「嘘だろ?」と戸惑う中、マジルさんは「さあ、驚け!」と笑いながら私のエルフ耳をご開帳する。
「「え、え、エルフだとぉー!!」」
ピコピコと動く尖がり耳に全員釘付けだ。
銀の狼に続き、本日二度目のレアキャラ出現に、村人達の何名かは顎が外れているよ。
「エルフなんて初めて見た。ははぁー、ありがたやー」
「とんでもないもん見ちまった。ナンマンダブ、ナンマンダブ」
そして最終的に全員が私を拝み始めて収集がつかなくなった。やめい。
「お姉ちゃん、なんで皆は私を拝むの?」
「エルフ族は有名な種族だけど、その姿を見たことがあるのは本当に限られた人だけなの。世間では、よっぽど幸運な人だけがエルフに出会えると言われているわ。だから皆、マリーに会えて、とっても嬉しいのよ」
ローズがエルフ耳を隠した理由はこれだったのか。
行く先々で村人達に拝まれたら確かに面倒臭いや。
そんな彼等が驚く様子を前に、マジルさんは上機嫌に笑っていた。
「がっはっは。どうだチビッたろう?」
まるで自分のことのように自慢していたけど、私は気づいてた。
結局、漏らしてたのはマジルだけだってね!
でもお世話になるし、お口にチャックだ。
マリーベルは気遣いを覚えたよ!
その夜は村人総出でウルフを解体して焼き肉パーティーだ。
ここでローズが大活躍だった。
なんとお姉ちゃんったら肉の解体がめっちゃ上手なの!
「お肉を捌くなら、私に任せて!」
「お姉ちゃん凄い! お姉ちゃん凄い!」
部位ごとに的確な処理を施し、一切の食材を無駄なく活用。
出来上がる滑らかな肉の断面に、大人達は目玉が飛び出そうなほど驚いてた。
「「なんで子供がこんなに鮮やかに肉を捌けるんだ!?」」
捌き方は親に色々と仕込まれたらしい。解体道具一式も自前で、父親の形見なんだって。結構良いナイフが揃ってて、手腕も道具も狩人のおじさん達に褒められてたよ。
新事実。ローズは一流の解体職人だったよ!
うちのお姉ちゃんマジで凄い。
貴重な素材も美味しい部位も完璧に把握して剥ぎ取り、「美味しく食べるためには必要なことなのよ」とナイフを片手に笑う頼もしすぎる十一歳。その背中が道を極めたことを語ってるぜ。
大勢で食べるバーベキューはとっても美味しかった。「皆を笑顔にする縁起の良い肉」というローズ情報に間違いはなく、一口かじった瞬間に全員の頬が綻んでいた。
そしてここでもローズは大活躍だった。
「マリー、もう食べないの?」
「うん、私はこれで十分だよ」
そこそこの量で食べるのをやめる私を見て、彼女は首をかしげる。
実はエルフは菜食中心だから、体質的にあまりお肉を食べられない。イメージ的にはあっさり系の食事に慣れているから、いきなりボリュームたっぷりのコッテリ系は胃に入らない感じかな。別に嫌いじゃないし、体に悪いわけでもないけど、慣れてないから胃に入りづらいのだ。
私からその話を聞くと、ローズは行動を起こした。
「待ってて、私がすぐにマリーも食べられるお肉料理を作ってあげるわ」
そして次々と出来上がるギャングリーウルフを使った肉料理。焼いたり、蒸したり、煮込んだり、と様々な調理法により完成したお皿たちからは、涎が止まらなくなるぐらい香ばしい匂いが立ち上る。
「さあ、食べてみて」
「うん、いっただっきまーす」
これがまた、う・ま・か・っ・た・よ!!
「お姉ちゃん凄い! お姉ちゃん凄い!」
「当然よ。だって私はマリーのお姉ちゃんですもの」
口に含んだ瞬間、思わず叫んで周囲を驚かせてしまったね。
あまりに美味すぎて、私はあっという間に完食した上に、何度もおかわりしてしまったよ。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「ふふ、マリーが喜んでくれて良かった」
「おかげでお腹いっぱいになれて、とっても幸せだよ」
「本当? なら、これからもいっぱい作ってあげるね」
そうして微笑みながら私の頭を撫でるうちのお姉ちゃんったらマジ天使。
『マリーのお肉はあたしが美味しく調理してあげる』
そんなかつての台詞を、見事に達成したこの有能っぷりに痺れるね。
お見事だ。
ローズはフラグを回収したよ!
「おいおい、マジか? そんなに美味いのかよ」
マジルさんは試しに一口食べると、ジョボジョボジョボー!!っとまた漏らしてた。
食事中に汚いな。と思ってたら皆もそれを見て騒ぎ出す。
「マジルさんのお漏らしキター!」
「こりゃ嬢ちゃんの料理の腕は本物だぞ、俺にもくれ!」
うん、思ってたのと驚きのベクトルが違った。
マジルさんの漏らし芸は村人公認らしい。人間の適応力って凄いね。
村には他の種族も結構いて、ヒト族の次に多かったのは獣人族だ。
見た目はほぼヒト族に近いが獣耳と尻尾が生えているのが特徴で、様々な獣の力を体に宿しているので力持ちが多いらしい。あと皆お肉が大好き。
マジルさんの奥さんと娘さんも獣人なんだって。さっきから泣きながらローズの料理を食べてる犬っぽい子がそうだろう。だって漏らして……うん、食事中に良くないね。
お姉ちゃんの友達らしいから後で紹介してもらおう。
ローズの料理は特にその獣人達に大人気だ。
ちょっと目を離した隙にうちのお姉ちゃんに獣達が群がる群がる。
「ローズちゃん、料理上手なんだね」
「か、彼氏とかいるのかな?」
「てめえ、抜け駆けすんなよ。どうだ、うちに嫁に来ないか?」
「お前らこんな子供に何言ってやがる! ……今夜、俺の家に泊まらないか?」
若い獣人の男達が一斉に口説き始めたよ!
十一歳の子供へのガチ求愛だ。おっぱい大きいのも獣人的には高ポイントみたい。男共は頻繁にローズの胸元をチラ見しているよ。
「そんなことより。皆さん、おかわりはいかがですか?」
「「欲しいです!!」」
さすが我が姉。完全に男共の胃袋を掴んでるね。
ローズは餌付けを覚えたよ!
とりあえず軽く魔力を開放して、ロリコン共を脅しておく。
特に美少女へのボディタッチが多い若い狼達は、念入りに奥歯ガタガタ言わせてやったぜ。
「「ひいい、ごめんなさい!」」
そうしたらいつの間にか村の獣人族全員がお腹を仰向けにして、完全服従のポーズになってた。
うむ、群れの上下関係が決まったね。
私は降した獣人共をギロリと睨みつけた。
「お姉ちゃんは誰のもの?」
「「もちろんボスのものです!!」」
ぬふふ、獣人社会は実力主義なのだ。
マリーベルはボスの座を勝ち取ったよ!
村には私達ぐらいの子供もいっぱいいた。
悪戯好きな悪ガキが「もーらい!」と私の攻略本を持ち逃げする一幕もあった。
だが残念。攻略本は罠なんだぜ?
案の定、攻略本は私の元に戻ってきた。
悪ガキは本に引きずられてテーブルに突っ込んでたよ。
馬鹿め。マリーベルは策謀を習得済みなのだ!
食って、飲んで、歌ってと大騒ぎした宴の後、私達はお休みの時間である。
村外れに建っていた小屋はお父さんが自慢するだけあって、ちょっと狭いけど隙間風のない頑丈な造りだ。おばさん達が掃除をして、おじさん達が藁にシーツを掛けてベットを作ってくれたので、あっという間に住む場所の環境は整ったよ。
他にも家で余っていたランプや油、そして暖を取るための薪なんかもくれたんだ。今日のお肉と『コーカン』にね。「また大物を宜しく!」と期待されていたので、マリーベルは頑張るよ。
こうして村への引越しは完了し、私はローズと藁のベットで一緒に寝ている。
皆が好意的に受け入れてくれたことに対し、「マリーのおかげね」とローズは笑っていたけど、結構ローズの無双状態だったような気がするよ。だからやっぱりお姉ちゃんは偉大だと褒め返しておく。
まだまだ不安なこともいっぱいだけど、明日からローズと協力して新しい生活が始まる。
マリーベルはお姉ちゃんの為にも頑張ります!