05話 マリーは期待に応える
木製の荷車に沢山の荷物 ――主にお肉―― を乗せて歩くこと一日。
日の出と同時に出発したおかげで、私達は日が沈む前には開拓村へと到着した。
「ここがヒト族の村……!?」
「そうよ、ここはニョーデル村っていうの」
「お姉ちゃんのいた所より大きいね」
ローズの集落に比べて土地も広く、人間もたくさんいた。遠くの方で私達ぐらいの子供達が遊んでいる姿も見えるね。
村の中央広場には魔物を寄せ付けない神様の像があり、像を囲むように家や畑が広がっているよ。ざっと見た限りだと家の数は百以上はありそうだ。
「まずは交換所のマジルおじさんのところに行きましょう。おじさんなら顔見知りだし、村の人たちに頼りにされてるから私達のことをきっと上手く伝えてくれるわ」
「わかった。早く行こう! コーカン、コーカン!!」
「もう、マリーは本当に交換が大好きね」
呆れて笑うローズと手をつないで私は交換所へと向かった。
狼の魔物はいきなり持ち込むと大騒ぎになるので、村の手前に隠してある。大きくて簡単には運べないだろうから盗難の心配はないのだ。
ちなみに私のエルフ耳も耳あてで隠している。狼とは違う意味で驚かせることになるので、最初はこうした方が無難らしい。このあたりはローズの提案だった。
エルフって根っからの引きこもり種族だからね。大森林の外では遭遇率がほぼないのだ。
あとは攻略本だ。でっかくて邪魔な本は私の肩から吊り下げられ、背中とお尻の辺りで揺れている。簡易的なカバンをローズがシーツを切り裂いて作ってくれたので、両手が自由になった。
まだまだ勝手は悪いがローズの命の恩『本』なのでしばらくは我慢するよ。
物珍しさにキョロキョロと辺りを見回す私の手を引いて、ローズは交換所と書かれた建物へと入り、カウンターでタバコを吹かしていた中年男性へと声を掛ける。
「マジルおじさん、こんにちわ」
「お、『はぐれ集落』の食いしん坊じゃねーか。久しぶりだな」
マジルと呼ばれた男は、かかかっと陽気に笑いながら私達を出迎えた。
彼の種族はローズと同じヒト族だが、見た目は全くの正反対だ。
針金のように生えた無精ひげやゴツゴツとした巨体が厳しい迫力を生んでいる。
声色も重低音なため山賊の親分だと言われたら大抵の人は素直に信じてしまうだろう。
「そっちの嬢ちゃんは新顔だよな?」
「はい、私の妹です」
ローズの紹介で私は「マリーベルだよ」と簡単に挨拶を交わした。交渉は全部ローズに任せてあるので私は余計なことをせずに待機モードなのだ。
「今年はどの家も稼ぎが悪くてな。正直、お前らの親父さんが持ってきた獲物のおかげでかなり助かったぞ。なんとか無事に皆で冬が越せそうだ」
コカトリスとか美味かったぜ! とマジルさんは親指を立てる。
それ私が取ってきたやつなんだぜ! と私は心の中で親指を立て返しておいた。
「それで親父さんはどこにいるんだ?」
子供二人を前に不思議がるマジルさんに、ローズは集落で起こった全てを話した。
謎の黒い靄によって皆が亡くなってしまったこと。住む家も失い、二人でこの村へ来たこと。そしてこれからしばらくここで生活し、王都から迎えを待つことを。
衝撃的な話を前に、マジルさんは「マジでか……」と呟いていた。
「事情はわかった。辛かったろうに……。子供二人だけで良くここまで頑張ったな」
迫力のあった声色が少しだけ柔らかくなり、マジルさんの大きな手のひらが私達の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「確かにどの家も冬の蓄えはギリギリだろう。けれど俺達は貰った恩を返さないほど恥知らずじゃねえよ。約束する、迎えがくるまでお前らのことは村の全員で面倒をみるぜ」
だから安心しろと乱雑に触れる手のひらは、お母さんとは全く違う。
けどどこか似た感じがする温かさがあった。
マジルさんの荒っぽい歓迎が終わると、ローズは交換したいものがあることを伝えて三人で村の外へと向かった。
「その……とっても大きくて解体はまだなんですけど」
「ははは、そりゃ子供だけだと大変だろ。運よく弱った狼でも拾ったのか?」
「えっと、狼は狼でも……。マジルさんきっとビックリすると思います」
「そりゃいいや! ションベンちびるぐらいの大物を期待してるぜ」
マジルさんからすれば、親と家を失った子供が懸命に持ち込んできたものなのだ。
だから例えどんなものでも良い値で取引してやるよ。と、道すがら豪快に笑っていた。
「本当に大丈夫かなぁ……」
逆にローズは真実を告げるタイミングを逃し、苦笑いであった。
その数分後、マジルさんの絶叫が夕暮れの空に木霊した。
「マジか、マジでか!? ギャ、ギャ、ギャ、ギャングリーウルフじゃねえかぁぁぁー!!」
岩よりでかい銀色の狼を前に、マジルさんは盛大にちびっていた。
厳ついおっさんのズボンが隠せないほどビショビショになったね。
ミッションコンプリート。マリーベルは見事に期待に応えたよ!
「発見したら領主様に即報告せにゃならんほど高ランクな魔物じゃねーか! 誰だ、誰が一体どうやってこいつを仕留めたんだ!?」
マジルさんは我を忘れてローズの肩をガクガク揺らした。こらこら、尿まみれでうちのお姉ちゃんに近づくんじゃないよ。
しゃーないから私は自ら名乗りを上げる。
「私だよ。私が捕まえた」
「はぁっ!? お前さんみたいな子供が? どうやって!?」
「パンチ」
「剣も魔法も使わずにか? 冗談だろ!?」
何度言っても信じてもらえなかった。解せぬ。
するとローズが「あのねマジルさん、実はこの子……」と言いながら私の耳あてを外した。
ぴょこんと中から尖った耳が現れると、マジルさんは再び大声で叫んだ。
「エルフだとぉぉぉー!?」
そして彼のズボンは再びビショビショになっていった。