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決行

本日三回目の更新です。

 ついに、『その日』が来た。


 スェマナとヤヅァムは『先発隊』の一員として、安全に村に近づけるギリギリの場所まで行くことになった。

 ギリギリの場所に小屋を建て、その小屋と領主館をヤヅァムの魔法で繋ぐのだ。

 このやり方ならば、徒歩や車で悪路を進んでいくより余程速く、大量に用意された武器や人員を移動させることが可能になる。


「スェマナ、無理するなよ?」


 先頭を進むのは、誰よりも素早く動けるスェマナだ。

 スェマナが先行し、なるべく安全な道を探す。


 その、おそらく自由奔放に進むだろつスェマナを見失わないよう、 追いかける係が二人。

 スェマナと、スェマナを追いかける係と、先発隊の本隊への間に、連絡係が更に用意されている。

 残りの人員は小屋を建てたり、武器や食料などの荷物を運ぶことになる。ヤヅァムはこちらの隊と共に移動する。


「うん、ヤヅァムも気をつけてね」


 以前であれば、街から村に行くためにかかるのは、半日程度で済んでいた。


 何年も放置されていた街道の、どこまで魔物が現れるのか、誰にもわからない。荒れた道や、街道沿いの繁みの中も確認していきながら進む。


 数日をかけて、先発隊は村の近くの低地側の森までたどり着いた。


 簡易な天幕を張り、村の周囲のどこからどう進むか、をスェマナとヤヅァムを中心に話し合う。


 ヤヅァムの顔色があまり良くない。具合が悪いのではなさそうだから、イァサムの実でも食べれば、きっと元気になるのではないだろうか。スェマナは森の向こうを見た。


「……イァサムの畑がすぐそこにあるのに」


 あの畑から村の様子は見えないが、村からは畑の様子がよく見えてしまう。『安全』を求めるのなら、ハンキレンダを呼んで、祠とやらを封印してもらうまで、イァサムの畑には近寄れない。


「スェマナさんは疲れていませんか?」


 この先発隊の隊長を務めるのはオリギトだ。そのオリギトに聞かれ、スェマナは首を横に降った。


「あた……わたし、は平気です」


「そうですか。……ここまでは魔物は、ほとんど出てきませんでしたね」


 オリギトが台に広げた地図にある通り、村から見ると森は高台の方と低地の方の、両側に広がっている。昼間スェマナが見てきた様子だと高台の森にも、魔物は出ない。ただ、以前よりも普通の獣が凶暴化しているような印象を受けた。


「でも、なんだか獣の数が前より増えてるような気がします」


「獣を狩る奴がいないからだよ、きっと」


 高台の森にいたシュントに、止めを指したのはヤヅァムだ。

 スェマナが知っているシュントは大人の腰の高さ位なのに、見上げる程の大きさになっていた。


 シュントは、大きさのせいで手強かった。


 高台の森は安全な場所とは言えない、と判断された。


 あの日逃げ込んだ森の中に、転移の魔法を使う為の簡易な小屋は建てられた。 小屋、といえども運ぶものの大きさを考慮して、ドアはとても大きく作られている。


 その日。


 ヤヅァムが魔法で粗末な小屋のドアと、領主館の、薄暗い倉庫のドアを転移の魔法で繋ぐ。


 開いて見えたものは、まず、濡れたように黒光りする敷石。


 明かり取りの、小さな窓から差し込む光。

 ずらりと規則正しく並ぶ、人と、馬、荷車。


 そこには王国の誇る騎士団と、軍勢が出陣を待っていた。


 装飾的な防具を纏い、剣呑な光を湛えた面持ちの騎士団長が雄々しく先頭にいた。

 その隣に、魔法の杖を手にした凛々しい魔法使いもいる。


 足並みというものは、本当に綺麗に揃うとひとつのものに聞こえるらしい。


 馬車を三台並べても余裕がありそうな巨大なドアは、この今日の、このために用意された。


 大人数、圧倒的な武力で、魔物に占拠されていた村を人の手に取り戻す。

 その作業を、スェマナはイァサムの畑の側から眺めていた。


 時折、こちらにも流れてくる魔物を数名の騎士達と倒していく。


 空に巨大な、光でできた模様が描かれた。

 その中心は、あの井戸の辺りだ、とスェマナはどこか他人事のように、雑草の生い茂る地べたに座り込みながら思っていた。


 きつい坂を登って、村のあった場所には、燃えかすと、焦げた石、土、雑草と、魔物だったものしかない。


 向こうのほうには得意そうに、仲良くなった数人の騎士達と一緒になって、上気した顔を綻ばせていたヤヅァムがいた。

 きっと、ヤヅァムは村を取り返すことが出来たのだろう。


 ここには新しく建物が建ち、入植者達と新しい村が作られていく。

 前に工夫の案をいくつか話していたから、これからの村は水汲みだって楽になるはずだ。


 村と同じように荒れ果てた、イァサムの畑にはまばらに実が生っていた。


「スェマナ」


 追いかけてきたのか。ヤヅァムの声は希望に弾んでいる。


「ヤヅァム、あたし、この畑にたくさんのイァサムの実がなるところが見たい」


 スェマナはイァサムの、厚めの皮を剥いて、じゅぶり 、とかぶりつく。

 懐かしい香りがいっぱいに広がり、つん、と鼻の奥が痛くなった。


 手入れをされていない畑のイァサムの実だったが、充分に甘いものだった。

本編はこれでおしまいです。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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