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疾速の乙女

「ああ、スェマナって、騎士達から人気あるもんねぇ」


 ここにはいないはずのキュイールがなぜか、ハンキレンダの部屋に、いた。

 王宮だか王城だったかで、人員と予算を少しでも多く確保するために奔走しているのではなかったのだろうか……?

 いろいろと根回しをして、少しでも戦いが楽なように予算の増額や人員を増やし、これからこちらに来るという兵たちの訓練をしたり、戦後にはあの村を復興できるように入植者を探してくれているという話ではなかったのだろうか。

 

 スェマナとヤヅァムは首を傾げているが、この部屋の主たるハンキレンダは涼しい顔で、いつも通りにこの領地の領主代行として必要な仕事をしている。

 いまはキュイールを休ませたほうがいいのかもしれない。疲れてはいるように見える。顔色も少し悪いようだ。

 ヤヅァムが差し出したスープの味や、材料、作り方などについて簡単に質問をしているキュイールと、事務仕事の疲れを決して見せたりはしないハンキレンダに、スェマナは疲労回復の効果があると言われているお茶をいれて差し出す。


「うん、スェマナが言う通り、私もこっちの味のスープのほうがいいと思う。でもおもしろいね、新しい保存食の登場だよ。タポイハヌは湿地で簡単に育つし……量産、できる?」


 会話しつつも頭の中で何かの計算をしていたらしい。キュイールが、まるであくどい商人のような笑顔を浮かべている。その後ろでは、ハンキレンダがあきれたような溜息をついていた。


「できます。これで戦時食を作れないか、研究したいんですけど」


 食べ物に関してはやたらと研究熱心なヤヅァムと、計算高い笑顔になったキュイールの顔が輝いている。


「うん、やってみて。……予算も人員もそこそこ集められそうだけど、タポイハヌの実を使った料理がうまくいくなら、食費の節約になりそうだよね?

そうだ、サンプルはある?

知り合いの料理人にもこれを使った料理の研究をさせてもいいよね?」


「もちろんです!」


 会話途中だというのに、いきなり、大きなあくびをしたキュイールがもぞもぞと横になり、ソファで仮眠をとろうとしている。たったいままで話をしていたのに。そもそもスェマナの用事は終っていない。


「じゃ、そういうことで、ちょっと仮眠をとらせてくれ」


 スェマナはハンキレンダの了解をとってから、ハンキレンダの寝室にいちばん近い倉庫に向かう。薄手の上掛けを手に部屋に戻ると、キュイールは既に寝息を立てていた。


「ハンキレンダ様。あたし、ただの平民なんですけど。

さっきキュイール様が言っていた、人気がどうこうって、どういう意味なんですか?」


 ハンキレンダは事務作業を進めていた手を止め、キュイールの上掛けを整えるスェマナを冷めた目で見つめる。


「君の……君は、変わった魔法を自在に操るからな」


 それではよくわからない、とスェマナは思う。

 若い女性が少ないこの館の特殊な事情を加味したとしても、スェマナをまるで上司か何かのように扱う理由にはならない。

 彼らの階級を考えると、スェマナをまるで上司のように扱うのは多分、あまりよくないことだ。


「疾速の乙女、と言うらしいよ」


 それを聞いてやっとスェマナは納得できた。

 ヤヅァムも、スェマナのように壁を走る事が出来る。が、キュウインだとかキュウチャクだとか、何か難しい事を考えすぎて上手くいかないのだ。


 騎士達もそうなのだろう。

 強さを必要とする彼らだから、スェマナが壁を走り抜ける技術について尊敬してくれているのだと、理解することにした。


「よく見て、デコボコに足をかけるだけですよ」


「スェマナはそうやって簡単そうに言うけどさ」


 ヤヅァムが口を尖らせた。


「魔力をのせやすい足場を素早く見つけて、足と足場を魔力で結びつけ、すぐに切り離す……って作業、本当はものすごく難しいんだよ?」


「でも、そんな難しいこと、考えたことないもの。足場は足場よ」


 たぶん、慣れなのだろうと思いながら、スェマナは肩をすくめた。

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