先に立たず
ウィンとシルドが死んだ‥‥‥
ロットは今も8人の男に囲まれ俺の身長程ある大剣を振り回してこちらに何か叫んでいる。
人の死を初めて見た。普通に暮らしていれば当然だろう。この世界の常識は俺にはまだ分からない。化物の闊歩する世界だ、人の死などありふれているのかもしれない。だがそんな世界とは無縁の日本人が今この状況で冷静に行動出来るはずもなく、俺は必死で馬車の中に戻り、シアンを起こして逃げようとした。
「し、ししシアン!!シアン!!」
俺が馬車に戻ると、シアンは既に体を起こしており、落ち着いた様子で俺を見つめた。
「■■■■■■。■■■■■、■■■■■■■。」
シアンが何を言っているのか分からない。だが今はそんな事を気にしている場合ではない。
「シアンが何言ってるか分からないよ!と、とにかく今は逃げよう!早く!」
俺はシアンの手を引き強引に馬車から連れ出そうとしたが、シアンは立ち上がる事もなく、俺に何かを伝えようとしている。
「わかった、後でちゃんと話は聞くから!今はとにかく立ってくれ!」
外では今も剣戟の音が響いている。無理矢理でもいい、シアンと一緒に逃げないと。
そう考えて俺はシアンの体に手を伸ばした。シアンは俺の首に手を回し、一緒に立ち上がると俺と一歩距離とり、何かをつぶやいた。その瞬間、俺は身動きが取れなくなる。
「はっ?」
化物に襲われた時と同じだ。必死でもがこうとも何も出来ない。シアンが俺に何かしたのか?
戸惑う俺を見て、シアンが両手を広げて近付き、抱きしめてくれた。
俺はわけが分からず固まるしかない。今はこんな事をしている場合ではない、剣戟の音もいつの間にか止んでいる。なんとかシアンに伝えないと‥‥‥。改めてシアンの顔をみる。
「‥‥■■■■■■■‥、■■■■。」
シアンはいつもの微笑を浮かべ、俺に何かを囁いた。すると、俺の体は自分の意思に関係なく動き出す。
「シ、シアン?」
いつの間にか声も戻っている。俺は何が起こっているのかシアンに問いただそうとした。が、体は言う事を利かず、馬車から飛び出した。そのまま振り返る事も出来ず、森に向かって走り出す。
「嫌だ!シアンっ!シアーーーーーン!!!!!!」
俺は涙で前が見えない中、暗い森に姿を消した。
☆☆☆☆☆
どれくらい走っただろう?
体力などとうに底を尽き、気力も尽きた。それでも俺の体は前に進む。
涙も枯れ、混濁した意識で、仄かに明かりが差し始めた霧のかかる森の中をただ、前に進む。
ついに俺は倒れた。もう動けない。俺はシアンに助けられたのか?見捨てられたのか?短い関係を考えれば後者だろう。俺の勝手な思いだが、シアンは俺にとって守るべき相手だった。今の俺にとっての全てと言っても過言ではなかった。そんなシアンに見捨てられた俺はどうすればいい?
消えてしまいたい‥‥‥‥
ガサガサと前から音がする。
特に興味は無かったが、俺を消してくれるかもしれない。そう思って前に視線を向けた。
俺の前には年老いた男が立っていた。
「‥‥殺して‥くれ‥‥」
俺は男に頼んだ。俺の言葉が伝わったのか、男は手に持ったナイフを振りかぶり、俺の喉を引き裂いた。
ゆっくりと俺の命が流れ出して行く。シアンは無事だろうか。今となっては確かめる事は出来ない。死にたがった俺には心配する権利等ないかもしれないが。
ああ‥‥これが後悔か‥‥‥
俺は最後に見たシアンの微笑を思い出しながら静かに息を引き取った。
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