表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

2

 俺は颯爽と洗面台に近づき、蛇口を上に向けながら、話し続けた。


「四々本さんの取った行動はこうでしょう。

 まず、昼の間に部室にある寒河江さんのロッカーに脅迫状を入れておく。そして、四限後の休憩時間、現場となったトイレの扉に、『清掃中』の張り紙をしておき、勝手に第三者が入れない様にしておいた。そこへ、宗田さんを呼びつけたんです」


 蛇口を全て上向きにし終えると、個室に一番近いそれにホースを取り付けた。


「彼を待つ間、四々本さんはこうして蛇口を上に向け、ホースを取り付けておいたんです。さらにこのホースは、天井と個室の壁との間を通して個室の中に入れます。ホースはバケツの外側にぐるぐると巻き付けてから、ホースの口がバケツの中に入るように、ガムテープでしっかりと固定します」


 言いながら、説明と同じ動作をして、着々とトリックの下準備を進めていく。

 周りの皆は一体何をやっているのかと、殆ど唖然としながら見守っているだけだ。


「それから、この紐を使います」


 袋を剥がして紐を引き出し、ハサミで丁度いい長さに切った。


「バケツの取っ手に、大きな輪になるように紐を結び付けます。そしてその輪を個室の扉に付いているフックに引っ掛けて……っと、これで一つ目の仕掛けが完成です」


「で? それでどうなるってんだ?」


 不愉快そうに顔を顰めた四々本は、顎をしゃくって仕掛けを示した。


「まあ、待ってください。まだ他にも仕掛けが必要なんです」


 俺はまた紐を引き出し、先程よりも少し長め調整しながら、説明を続行した。


「宗田さんがやってきたら、四々本さんは彼の胸を一突きにして殺害。仕掛けを仕込んだ一番手前の個室に隠しておく。

 次にこのもう一本の紐です。これの一端はこうして……トイレの便器の下側に巻き付ける。そうしたら外に出て、扉が軽く開いた状態になるように保ち、隙間から腕を通して紐のもう一端を巻き付けます。こうすることで、この紐が支えになって、個室の扉が勝手に開かない様になるんですよ」


 細かい作業が苦手な俺は、紐を結ぶのがなかなかうまくいかず、じれったくもどかしい思いに駆られた。見られているから余計に緊張してうまくいかないのである。


「後は扉の隙間から、中に隠した死体を引っ張ってずらして扉に立てかけるようにしておくんです。これで二つ目の仕掛けが出来ました」


 山場を越えた俺はふうと小さく息を吐いて、額に浮かんできた脂汗を拭う。

 そしてゴミ袋を取り上げ、最後の準備に取り掛かった。


「後はこのロープのついたゴミ袋です。ゴミ袋は外の壁に取り付けたフックに引っ掛ける。こうすると、トイレの中からはゴミ袋が見えなくなります。そしてロープのほうは開いた窓からトイレの中に引き込んで、こうやって……天井と個室の壁の隙間を通して、一番手前の個室の扉に噛ませるようにして引っ掛ければ……」


 ロープが扉に引っかかって、ゴミ袋が完全に固定された。


「後は水道から水を流せば、準備は万端です」


 俺はその言葉の通り、ホースの取り付けた蛇口を捻って、勢いよく水を流し込んだ。


「水はホースを伝って、個室のフックに引っ掛けたバケツの中に流れ込み、そこに溜まっていきます。そうなれば、段々バケツは重くなっていって、紐がその重さに耐えきれなくなり、最も荷重のかかるフックのところで真っ二つに切れる。そうすれば――」


 ――ガシャン、バシャアッ、ガラガラ。


 俺の言葉を遮って、個室の中から盛大な音が聞こえてきた。直後、自動的に扉が開き、さらに窓の外を黒い影が通過する。


「ああっ!」


 一同がざわめきだす。


「これっ……これですよ! 僕の見た光景そのものです!」


 信じられないとばかりに驚嘆の声を上げる寒河江。

 磯子や英介は何が起こったのかと、慌てて個室の中を覗き込んでいる。


「おい、もっと詳しく説明してくれないか? 個室の中で何が起こっていたのかをさ。どうして勝手に扉が開いたんだ?」


 英介が目を丸くしながら尋ねてきた。


「便器と扉を結び付けている紐を、丁度フックにぶら下げたバケツの真下を通るように設置したのさ。そうすれば、バケツが落下するときに、重さで同時にその紐を切ってくれる。すると、支えのなくなった扉は勝手に開き、隙間に噛ませてあったロープが取れて、外に提げていたごみ袋は自動的に落下する。そして、ホースはバケツにくっついているから、引っ張られてほら、ちゃんとああなる」


 俺は洗面台の蛇口を指さした。

 取り付けていたホースは取れて、何事もなかったかのように、未だに水を吹き出し続けている。


「現場の蛇口が全部上向きで、水を流し続けていたのは、このトリックが行われたことをカムフラージュするため。掃除用具が散らかっていたのは、個室の中にバケツやホースが落ちていても不自然に見せないためさ」


「た、確かにこれなら、どこにいようが関係ない。自動的に寒河江さんに見せることができる。だが……」


 磯子は腑に落ちないようで、歯切れの悪い口調で首を捻っていた。しかし彼が疑問の言葉を出す前に、後ろから個室の中を覗き込んだ四々本が、反論を始める。


「おいおい、待ってくれよ。こんな雑なトリックとやらで俺を犯人呼ばわりするのか? 見てくれよ、個室の中を。切れた紐やらなんやらがそのままだし、バケツとホースはガムテープでくっついたままだぞ? こんなものなかっただろうが!」


 確かに、現場に落ちていたバケツとホースはバラバラの状態だったし、テープなどは付いていなかった。しかし、それは取るに足らない問題だ。簡単に解決することができる。

 俺は四々本を見返した。堂々とした姿勢のまま、彼のペースに持ち込まれることなく、推理を続けた。


「ええ、そうですよ。だから使ったんでしょ? 水溶性の紐とテープを」


 これまで全く動じていなかった四々本の顔が、そこでようやくぐらついた。虚を突かれたのか硬直してしまった彼は、すぐには反論の言葉が思いつかないようで、何事か言い淀んでいる。

 俺は全員に向き直った。


「現場の床が水浸しになっていたのは、水溶性のテープや紐を溶かして、トリックの証拠を隠滅するためでもあったんです。でも、残念でしたね。ところどころに紐の一部やテープの粘着剤が、溶けずに残ってましたよ」


 俺は現場に落ちていたバケツに結びついていた紐や、妙にべたべたしたホースのことを思い出した。水溶性のテープならホームセンターに売っているし、水溶性繊維も販売されているから、それを紡いで紐を作ることも可能だ。


「だが……、こんなトリック、本当にうまくいくのかね? 寒河江くんがやってくる前に作動してしまったり、彼が来ても作動しなかったりするかもしれないだろうに」


 口籠っている四々本の代わりに、湯地教授が疑問を呈した。


「だから彼は、事前に何度もこのトリックを試していたんですよ。どの階のトイレを使えば、“犯人”が窓から落下しても不自然でないのか、仕掛け終わった後に五限の講義に間に合うことができるのか。紐の強度はどのくらいがベストで、水の水量はどのくらいの勢いがベストなのか。それらを見極めるためにね。

 英介、俺はお前を馬鹿にしたけど、謝らなきゃいけないな。彼こそ、あのトイレの花子さんの正体だ」


 すると、英介は頓狂な声を上げた。


「そ、それじゃあ、夜な夜な水音や物音が聞こえるってのは、彼の仕業だったのか!」


「なんてこった。本当にお前がやったのか、順」


 呆然となってしまった鳴瀬が四々本に確かめかける。だが、そうすんなりと認める気はさらさらないようだった。慌てた彼は言い逃れを始める。


「待ってくれよ。さっきから俺が犯人だなんだって言ってやがるが、証拠がねえじゃねえか。こんなもの、俺じゃなくたって出来るだろうが。村雨がやったのかもしれないじゃないか。その上で、わざとアリバイをなくして、疑いの目を逸らしたとも考えられるだろう!」


「何だって!」


 四々本に指さされた村雨は、心外だとばかりに声を荒らげる。だが、彼の言い分は無視して、さらに四々本は醜く罪を別人に擦り付けようとしていた。


「あるいは……そう、仕掛けた後で犯人は慌てて逃げて、もう大学の中にはいないかもしれないじゃないか!」


「それはあり得ませんよ。このトリックではわざわざゴミ袋を用意して、犯人が外に逃げたと思わせようとしています。そんなことをしたのに、犯人が本当に外に逃げてしまったら意味がありません。それに第一、貴方が犯人であるという証拠も、ちゃんとあります」


「何?」


 片眉を吊り上げる四々本に、俺は高らかに言ってのけた。


「さっき貴方は自分が犯人であることを、自ら宣言してしまったんですからね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ