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第六話 アンゼリカとリコリスの認識

「……なるほど。それでここに来たと……」


 一階にある受付の奥にある小さな個室。普段は応接間として使われているであろうその部屋に結菜とココット、リコリスの姿があった。

 リコリスから一連の流れについて話を聞いたアンゼリカは落ち着いた口調とは裏腹に何か面白いものを見つけた子供のように目を輝かせている。おそらく、ギルドマスターという肩書をもってしても信頼されなかったリコリスを見て楽しんでいるのだろう。


「さて、それで私を信頼して指名したと……」

「いや、名前を知っているのがあなただけだったからよ。それにまったくの初対面よりは少し会話をしたあなたの方がいいと思ったからで別に信頼しているわけじゃないわ」

「……これはこれは手厳しいですね。あのまま倒れていて裏の商売をやっている人たちに拾われたらどうするつもりですか?」

「それはまぁ……そうだけど……」


 確かにアンゼリカには命を助けてもらったようなものだ。それに関しては否定できないが、それとこれとでは話が別だ。ただし、これ以上空気を悪くしたくないのでそんなことは口には出さない。


「……はぁそういうわけで改めて冒険者登録と住居の契約について話をしましょうか。それと、ユイさん。あなたは即刻こちらの世界の文字を覚える必要があるようなので、なるべく早くその辺も手配しますのでそのつもりで」


 リコリスは狭い部屋の中にもかかわらずよく通るはっきりとした声で……“即刻こちらの世界の文字を覚える必要がある”という部分を強調しながら話題を切り出す。表情がいまだにムッとしているあたり、少々余分なことを言いすぎたのかもしれない。だが、いずれにしてもこちらの世界の文字を覚える必要があるので否定するべきではないだろう。

 少し険悪な雰囲気になってしまったが普通に説明を聞くぐらいなら支障はないはずだ。


「さて、第三者を交えたところで改めて説明いたしましょうか。ギルド宿舎への入居に関する魔法的契約について」

「えぇお願いします」


 いやに重苦しい空気の中、中断されていた魔法的契約に関する説明が始まる。といっても、内容はおおむね先ほどのことを確認しているようなモノだから、特筆するべきことはない。

 話の間にちょこちょことアンゼリカの方に目を向けてみるが、アンゼリカはつまらなそうな表情を浮かべているだけなので話の内容には特段問題はないのかもしれない。だからといって完全に信用するわけではないのだが……


「……アンゼリカ。あなたちゃんと聞いていますか?」

「……聞いてますよ。どうぞ続けてください」


 その態度にはリコリスも気になる節があったらしく、時々そんな会話が挟まれる。

 しかし、アンゼリカに態度を改める気配は感じられない。彼女からすれば、くだらない理由でくだらないことにつき合わされているのだから、ある意味仕方ないのかもしれない。

 結菜自身、アンゼリカの立場だったら不機嫌にならないとは言い切れない。そう思えるほどの態度をとっている自覚はあるが、わざわざ修正するつもりはない。


 そもそも、こちらはいきなり見知らぬ世界に飛ばされたのだ。そのあたりの不安が大きいというのは当然だし、残念ながらラノベの主人公のようにすぐに異世界に適応できるというのともない。

 そのあたりが理解してもらえないと考えると、少し悲しいような気もする。


「さて、ここまで執務室でしたのと同じ説明を繰り返したわけですが……ご納得はいただけましたか?」

「はい。ありがとうございました」


 結菜の思考はさておき、ほぼ同じ内容の説明を終えたリコリスはこれで十分だろとでも言いたげな視線で結菜を射ぬく。結菜としてもこれ以上説明を重ねろというつもりはないため素直に返答する。アンゼリカの反応もそうだが、リコリスの説明も一期一句同じではなく、少しずつ違っていたし、アンゼリカは終止つまらなそうな表情のままだったので特別気にすることはないだろう。


 一瞬、実はアンゼリカも一緒になって自分をはめようとしているのではないかとも考えたが、さすがにそこまでのことはあり得ないだろうとすぐに打ち消す。いくら何でも考えが飛躍しすぎだ。


「……それでは納得していただけたところで魔法的契約においても日常生活においても大切な魔法を使うための技術。魔力の使い方について説明しましょう」


 これ以上文句を言われたくないのか、リコリスは結菜の返事を待たずに次の説明を始める。


「そもそも魔力とは何度か申し上げている通り、その元となっているのは自然に有形無形に存在しているありとあらゆる力……いわゆる恩恵を生物の体内で変換することによって得ることのできる力のことを指します。その方法はいたって簡単でして、自然界に存在する恩恵を体に吸収し、それを体内で魔力に変換、それを行使するという三段階で使うことができます」

「えっと……具体的には?」

「人間が呼吸のために息を吸うのと大差ありません。といってもいつでもどこでも取り入れられるというわけではないのですが」


 つまり、呼吸するのとほとんど変わらないから説明できないとでも言いたいのだろうか? いや、どこでも取り入れられるわけではなさそうだし、執務室で説明を受けたときにカラスーリ教授なる人物は恩恵を何から受けるのかこだわっているという話だったのである程度選択できるのだろう。


「なるほど。その手順はどんなものなんですか?」


 念のため言葉を少し変えてもう一度聞いてみる。

 アンゼリカはそんなことも知らないのかとでも言いたげな表情を浮かべているが、リコリスは無表情のままそれを崩さない。

 これだけで両者の考え方がある程度わかってしまう。


 当初からの通り、アンゼリカは頭の中で自分たちにとっての常識は相手にとっても常識だと考えていると推測される一方で、リコリスは相手がもしかしたら何も知らないのかもしれないという前提に立てていると考えているように見える。その違いこそが今まさに目の前にいる二人の態度の違いといっても過言ではないだろう。


「……まぁ魔法的契約について知らない時点である意味予想はしていましたが……あなたはどんな世界から来たのですか? 魔法は一部の人しか使えないとかそういったあたりでしょうか?」

「あーというよりも魔法自体が存在してないの。なんというか、創作上の存在とかそんな感じかしら」

「えっ?」


 前言撤回。リコリスの理解も若干的を射ていなかったらしい。

 ただ、結菜からしても科学なんて存在しない世界から来たと説明されたところでそう簡単に飲み込めないだろうし、どこまで理解したつもりになってレベルを落として話すかということは難しい問題といえる。

 そんな中で自分たちの世界の常識はどこの世界に行っても通じると考えているアンゼリカに対して、自分たちの世界の魔法とほかの世界の魔法では何かしらの違いがあるという可能性を元に話をすることのできたリコリスはまだ理解があるということができるだろう。思い返してみれば、彼女は執務室で“あなたの世界での魔法はどうだったのか知らない”というようなことを言っていたような気がするのでさすがに何も知らないという前提には立てていなかったようだ。


「えぇ。だから魔法なんてまったくわからないの。もっとその……根本的なところから説明してほしいのだけど」

「そう来ますか……それは少し困ったことになりましたね」


 どうやら魔法が全くないなんてことは完全に想定外だったらしい。というよりも、何を説明していいのかわからないといったところなのかもしれない。

 リコリスはしばらく考え込んだ後、何かを思い立ったように立ち上がる。


「……大体の事情は承知しました。とりあえず、契約についてはアンゼリカを代理人とした仮のものにして、あなたが魔法やこの世界の文字について学んだあとにもう一度この話をするようにしましょう。というわけでアンゼリカ」

「はいはい。わかりましたよ」


 半ばあきれたような返事をしながらアンゼリカはリコリスから書類を受け取り読み始める。


「……おかしな内容ではないですね」

「当然です。そもそも、変な契約をしたせいでギルドの信頼が落ちるようなことがあってはならないだろう?」

「まぁそれはそうですけどね。ユイさんが疑っている通り無知なことをいいことに理不尽な契約じゃないかと少し期待してみただけです。あまり気にしないでください」


 書類を読み終えたアンゼリカはそのまま署名欄に名前を書き、その横にある丸で囲ってある場所に人差し指を置く。すると、すぐに彼女の指が淡い青色の光を発し、それが十秒ほど続くとすぐに指を離した。

 アンゼリカが指を離した後、横から書類をのぞいてみると丸い枠の中が青い色に変化しているのが見えた。おそらく、それが日本でいうハンコのにあたるようなものなのだろう。


「これで契約完了です。続けて冒険者登録について説明します。と言いたいところですが、私は次の業務がありますのでこの先はアンゼリカに任せましょう。ユイさん。後日……あなたが私たちのことをもう少し信頼してくれるようになったらもう一度話をしましょう。それでは失礼します」


 リコリスは一方的に宣言した後、結菜たちの返事を聞くことすらなく立ち上がり、そのまま退室していく。ギルドマスターといういかにもな肩書を持っているわけだから、かなり忙しいのかもしれない。


「……まったく。忙しいのはわかりますが、お客さんの相手ぐらいはしっかりとしてほしいものですね……まぁでも、冒険者登録については受付担当の私の業務ですから結果は変わらないと思いますけれどね。とりあえず、場所を移しましょうか。これ以上、ここに長居する理由はないので」

「まぁそうね。それじゃ案内してくれる?」

「はい。それが私の仕事ですので。ついてきてください」


 アンゼリカは立ち上がってから軽くスカートのすそを払うと結菜に向けて小さく笑みを浮かべる。


「……それじゃお願いするわ」

「はい」


 アンゼリカは結菜の返事を聞いた後に部屋の外へと出ていき、結菜もそれに続くようにして応接間から出ていった。

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