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第三十一話 騎士の手伝い(中編六)

 遺跡に閉じ込められてからおそらく二時間。

 時計の類を身に着けていないので正確な時間はわからないが、体感時間でこれぐらい経過しているように感じる。


 いや、こんな空間にいるのだから、時間を長く感じているだけで実際はそこまでこの空間に閉じ込められていないのかもしれない。

 遺跡の風景は意外と単調でこの遺跡が地下に沈む前は整然とした街並みが続いていたというのは想像に難くない。


 そうなると、この町は比較的安定して統治されてきたのだろう。


 町をきれいに整備するとなると、どうしても住民の協力が必要だし、権力にものを言わせたところで町のはずれに不揃いな区画が勝手に作られいるという話は全くないというわけではない。

 しかし、この町は日本でいう京都の町のように真っすぐと町を区分けする大通りが走っていて、建物もそれに沿うような形できれいに並んでいるのだ。


 そのいやに整然とした風景を見ていると、この町がどこまでも続いているのではないかという錯覚に陥ってしまいそうだ。

 実際は、どこかに壁があるはずなのでそこに突き当たればそんな錯覚は消えてしまうのだろうが、残念ながらこの空間自体が広大なのでそういった現実にぶつかるには時間がかかりそうだ。


「……それにしても、広いわね……」

「まぁ町一つ分だからね。当然と言えば当然だけど……上の街もそうだけど、よくこれで成り立つよね」

「そればかりは独特の文化と魔法によるものが大きいと言わざるを得ないかもね。この町の人たちは基本的に外には出ないし、そうしなくても町の中でありとあらゆる循環が完結する社会を形成していたと言われている。これは今の街でも見なられることはあるかも知れないな……ただ、それほどまでに周りとのつながりが希薄というのは時に問題となることもある。仮に周りの人間たちとの交流がもう少しあれば、ムーンボウ自治区は連合国の傘下にはならなかったとまで言われているほどにはな」

「それってどういう……」

「まぁそのうちわかるさ。連邦国の異常性もこの町の特異性も……その反応を見る限り、君はこの大陸の外の出身のようだしね……ボクから偏った情報を提供するのはあまりよろしくないだろう」


 アーサーはそのまま一方的に話を切り上げて、ユイのそばを離れる。

 彼の言っていたことはいまいち引っ掛かるが、おそらく聞いたところで意味はないだろうし、この場においては直接関係ないであろう話なのでとりあえず触れないでおくことにする。


「それにしても、このまま出れる場所がないと来ると本気で困りますね……ただでさえ、食料や水をまともに持っていないのですから、この場所で活動できる時間も限られてくるでしょうし……という問題を考えている中、なんであなた方は無駄ごとばかり話すのでしょうか?」


 そんな微妙な沈黙が生まれたタイミングでアンゼリカが口を挟む。

 そうやって文句を言っているアンゼリカもかなりアーサーと話し込んでいたような気がするのだがそれはあえて口にしない。

 ほとんど変化がないながらも、わずかにむすっとした表情を浮かべているいる彼女の顔を見てそうした方がいいと思ったからだ。


「さて、というわけでもっと生産的な話をしましょうか。例えば、天井を壊して脱出できる可能性はありますか?」

「……まぁ不可能ではないけれど、現実的ではないね。そもそも、天井の上には現在のムーンボウ自治区の街がある。仮に安全だと思われるところに穴をあけたところで上に人がない保証はない。さらに言えば、この遺跡は調査がされていない。そんな遺跡を傷つけたとなれば、ボクも君たちも責任を追及されるだろう。まぁもっとも、入り口の崩壊については素直に報告しておとがめなしにしてもらうように努力するけれどね……内側にいた理由を明確に説明できる言い訳が思いつけばだけど」


 言いながらアーサーは大きくため息をつく。

 おそらく、それらしい理由が思い浮かばないのだろう。


「…………そのあたりの、言い訳……考える、の……手伝おうか?」


 この場に似つかわしくない弱弱しくか細い声がユイの耳に届いたのはちょうどそんな時だ。

 ユイが振り向くと、近くにある平屋の建物の屋上から足を投げ出して座っているレモマールの姿が視界に入る。

 ユイと同様に彼女の存在に気づいたらしいアーサーやアンゼリカも彼女の方を向いていた。


「……全く、こんなところで会うなんて、あなたって意外と神出鬼没なんですか? というか、店はいいんですか?」


 アンゼリカがため息交じりに質問をぶつけるが、レモマールは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべただけでさも当然のことを答えるかのように小さく首をかしげてから返答をする。


「それは……アイリス、が……やって、るから……だいじょう、ぶ……だよ」

「そうですか。まぁいろいろと聞きたいことはありますけれど、ここまでこれたということは出口を知っているという認識でいいでしょうか? それとも、あなたも勝手に遺跡に侵入して迷子になっている口ですか?」

「迷子……じゃ、ない。ここに、用事が……あって、来た……の」

「用事?」


 アンゼリカが聞くと、レモマールは小さくうなづいてから屋上から飛び降り、ユイたちの前に着地する。


「……そんな、の……三人、には……関係ない……から、言わなくても、いい……よね?」

「いやいや、関係ありますよ。というか、前々からこの場所のこと知っていたんですか?」

「知ってる……よ? 何か、悪い?」


 何か意味ありげなことを言いつつも目的を明かそうとしないレモマールを前にして一行は大きくため息をつく。

 もしかしたら、レモマールが監視対象になっているのはこの場所に出入りできるからではないか? とすら思えるほど彼女は、ここにいるのがさも当然かの様にふるまっている。


 そんな彼女は唐突に踵を返すと、これ以上用はないと言わんばかりに歩き始める。


「ちょっと、レモマール。説明が!」

「……関係、ないって……いった、よね?」

「関係なくはないと思いますが? この遺跡にはもうすぐ調査隊が入ります。そんな人類未踏であるはずの遺跡に一般人がいるなどという事態はギルド職員としては看過できません。仮にその人物が知り合いであったとしてもです。というわけですから、話を聞かせてもらえませんか?」


 アンゼリカが何度もレモマールの前に回り込み、話しかけるが彼女はそれに返答するそぶりを見せない。


 それどころか、こちらの様子など気に留める気配はなく、すたすたと歩いて行ってしまう。


「これは厄介そうだね……ボクの知る限り、彼女はそうそう人の意見を聞き入れるようなタイプじゃないし……」

「アーサーも知っているの? レモマールのこと」

「えっまぁ知っているといえば知っているな……彼女、ただの武器屋に見えて意外と有名人だからね……一部の界隈じゃ彼女の名前を知らないものはいないっていうほどには……まぁそんなものも今や見る影もないけれど」


 言いながらアーサーが小さくため息をつく。


 レモマールの職業とその人物にあった武具を一発で見抜くという優れた目を持っている彼女の特徴からして、アーサーがいう一部の界隈というのは武器屋の中ではという意味なのだろうが、それだと今や見る影もないという言葉と矛盾してしまう。ユイはあまり彼女のことを知らないが、アンゼリカの言いぶりからして、彼女の鑑定眼は確かなもののはずだ。


「……まぁいいや、そういったいろいろはいったん置いておくとして、彼女はどうしてこんなところにいるんだろうね? ここは普通なら立ち入れる場所ではないし、そもそもそう簡単に忍び込めるような場所でもない。これの答えが彼女しか知らない秘密の通路がある。とかだったら、一番簡単で救われる答えなんだけどね」

「まぁそれもそうね。彼女が私たちが入ってきたのと同じ場所から出入りしているとすれば、それこそ八方ふさがりになってしまうもの。もっとも、その出口とやらが変なところじゃなきゃいいんだけど」

「まぁそればかりは運だろうね。ただ、何の希望もなく歩き回るよりは随分とましだと思うよ」

「それはそうだけど……」


 なんとなく不安だ。とは口にしない。

 一応、こんな状況とはいえレモマールに助けてもらっているという状況であることは確かだし、彼女がわざわざ自分たちに不利なことをする理由はないと思われるのでとりあえずは安心してもいいだろう。


 前方で繰り広げられるアンゼリカとレモマールの永遠に終わりが見えないであろう会話を聞き流しながらユイはほっと胸をなでおろす。


 おそらく、地上に出てからいろいろと面倒ごとがあるのだろうが、遺跡の中でさ迷い歩いた末に最期を向けるという最悪のバッドエンドは避けられそうだ。


「ほら、ここが出口……」


 ただし、それはレモマールが立ち止まった場所にしっかりと入り口らしきものがあった場合の話である。


 出口まで来たと言っているレモマールが立ち止まったのはユイたちが入ってきた入り口……つまり、崩落現場の目と鼻の先にある一軒の家の前だった。


「レモマール……あの、ここは……」


 その状況を見たアンゼリカは自分たちが通ったときに崩れたと言いにくいのか、言葉を若干つまらせながら声をかける。


「どうか、したの?」


 しかし、当の本人は小さく首をかしげるだけだ。


「はやく、行く……よ」


 そんな言葉を残して、レモマールは平屋の家の中へと入っていった。

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