第三十話 騎士の手伝い(中編五)
遺跡に閉じ込められてから約一時間。
とりあえず、出られそうなところはないかと探しているのだが、出入り口らしきものは全く見当たらない。
「ふむ、やはり上の街と同じように出入り口は一つしかないのか」
「そんなに平然と分析してる場合じゃないでしょうに……どうする気なの?」
「そうだな。救助をおとなしく待ったところでこの事件が発覚するまでにはそれなりの時間を要するだろうし、救助隊がるにしても、そう簡単にはここには到達しないだろうな。奴らは人名よりも遺跡の歴史的な価値を優先するだろうし……さて、どうしたものかな」
言いながらアーサーは小さく息を吐く。
やはり、この状況にたいして、ある程度の責任を感じているのかもしれない。
そんなことを考えながら、ユイはうなだれているアーサーの背中に話しかける。
「ねぇアーサー」
「まったく。こんな状況じゃ剣の鍛練も出来ないじゃないか。せめて、獲物は持ってくるべきだった。日課の素振りをこんなことで怠ることになるとは……」
前言撤回。彼の悩みはユイが思っていたものとは別のところにあるようだ。
ユイは小さくため息をついて、アンゼリカの方へと視線を向ける。
向けたはいいが、すぐに視線をアーサーの方へと戻した。
どういうわけかよくわからないが、アンゼリカは背中にしょっていた大鎌を必死に振り回していた。
それこそ、死神が必死になって魂をかき集めているのではないかとすら思えてくるぐらいの必死さでだ。
「……大丈夫なのかしら……これ」
アンゼリカの奇行を見ないようにしながらユイは大きくため息をつく。
「まったく、どうしたものかしらね……」
まともな理由と方法で脱出の手段を考えようとしているのは自分だけではないだろうかと不安になりながら、ユイは黒い天井を見上げる。
「それにしても、天井高いわね……暗いからかもしれないけれど、全く天井が見えないわ」
「だろうな。といっても、上の街も灯りを完全に落としてしまえばそんなもんだと思うぞ。何せ、町を作るための地下空間だ。将来的に多くの住民が居住しても問題ないようにかなり大きめに作られている」
「つまり、地表の面積が足りなければ、建物を高くしてより多くの住民を詰め込み、人口密度を増すことができると……」
「平たく言うとそういうことになる。まぁもっとも、この町が作られた時代から現在まであの天井に届くような高さの建物を作るような技術は存在していないけれどね。おそらく、未来の技術に期待しての措置なんだろうね。そういう意味じゃ、こんな風にふたをされてしまったというのはとんだ皮肉にすら見えてくるよ」
アーサーもまた、天井を見上げながら小さくため息をつく。
相変わらず、アンゼリカは大鎌を振り回し続けているが、それはなるべく視界に入らないようにと配慮を続ける。
「それにしても、どうやってこんな地下空間を作ったのかしら? そういう魔法でもあるの?」
「……どうだろうね? 上の町を照らしているあの疑似太陽や町の天井を支えているのは間違いなく魔法だろうけれど、街を作るための穴はほとんど人の手で掘られたといわれているよ。それこそ何百年という時をかけてね。一説にはあちらこちらにある通気口や水路はかつて人が出入りするために作られた通路の名残だといわれている。ただ、そのあたりの歴史の真偽もまったくもって不明だ。そんな中で発見されたこの遺跡はそんな歴史を紐解くためのヒントになるんじゃないかって言われているよ」
「なるほどね……」
魔法という存在が技術として確立している世界だから、この町がある穴も魔法を使って作られたものだとばかり思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
この穴が掘られたのがどれだけ前の出来事かわからないが、何世代にもわたり穴を掘り続けるというのは気が遠くなるような壮大ない事業だ。
そんなことを考えていると、ユイの中でふと一つの疑問が浮かび上がった。
「ねぇせっかくだし、もう一つ聞いてもいい?」
「うん? まぁボクにわかることであれば答えるよ」
「町を造るのは人の手によるものだとしても、その維持……天井を支えたり、天井付近から光を降らせているのは魔法なのよね? そういった町を維持管理するような魔法って誰がつかっているのかしら? 誰か特定の魔法使いなのか、それとも複数人での交代制なのか……どちらにしても、結構高度なことをやっているように見えるのよね……」
前々から疑問に思っていたことだ。
この町は地下にあるから、天井からの光の供給がなくなってしまったら、この遺跡のように完全に真っ暗になってしまう。いくら、魔法でやっているとはいえ、あんな魔法を年がら年中維持するというのは大変なことだろう。別にその人に頼み込んで魔法を教えてもらおうとかそういうわけではないのだが、少し気になったのでこのタイミングではあるが聞いてみようと思ったのだ。要は興味本位からの質問である。
「……今それを聞くのか……まぁいいか。暇つぶしにぐらいはなるだろう……といっても、私も詳しいことは知らないが、この町の維持管理に関する魔法は十人の魔法使いが分担して管理していると聞いている。月陽委員と呼ばれるその十人のうち、正体が明かされているのはリーダー格である月陽委員長ルーメン・ムーンボウだけだ。彼女はムーンボウ自治区がライトイーリス連邦に組み込まれる前からこの町を仕切っていたムーンボウ一族の人間で魔法も優秀だからその地位に抜擢されたと聞いている。それ以外のメンバーについては、ムーンボウ自治区に住んでいるとされているモノの、正体は一切明かされていない。おそらく、月陽委員会の人間を狙った攻撃を警戒しているのだろうな。君の質問に対して、答えられるのはこれだけだ」
「そう。ありがとう……別に私も興味本位からの質問だったから大丈夫よ……ちなみに、アーサーから見て委員会の人間じゃないかって思う人っている?」
ユイのさらなる質問にアーサーは少しだけ困ったような表情を浮かべる。
町の住民であるアンゼリカならともかく、連邦から派遣されてきただけの騎士にはこの質問は答えにくいものなのかもしれない。
「そうだね。確証は持てないけれど、リコリス殿はあり得るかもね。少なくとも、ギルドを仕切れるほどの実力は持っているわけだし、魔法の腕もいいと聞く。あとはもう一人……といっても、ボクもその人物がだれなのかはわからないけれど、“聖女”と呼ばれている魔法使いもかかわっているかもしれない」
「聖女?」
「そう。聖女……ライトイーリス魔法大学を首席で卒業するはずだった人物さ」
「卒業するはずだった?」
どうも引っかかる言い方だ。
首席で卒業しそうだったものの、最後の最後で抜かされたとかそういったものとは違う気配を感じる言葉だ。
「まぁそのあたりについては……答えないでおこう。うん。いい具合に気分転換ができた。改めてこの話をする機会があればゆっくりとしようか……問題は」
アーサーはアンゼリカの方を向いて、ため息をつく。
「めんどくさいモードに入っているアンゼリカを回収して、脱出かいつか来る救助隊に居場所を知らせる方法を考えるか……ユイ殿と雑談をしたから、いい気分転換もできたしな」
「ちょっと、どういうつもり? なんで急に話を切り上げたの?」
「理由なんてない。いつまでもこうして話しているわけにはいかないだろ。さて、それじゃあ行こうか。できるだけ離れないように歩いてきて」
先ほどの話の中に何か都合の悪いことでもあったのか、それとも本当に気まぐれで話を終えたいだけなのかわからないが、アーサーはそのまま遺跡の入り口があった方へと歩きだす。
「さっきまでそっちを探していたじゃない。なんで戻るの?」
「……あの入り口以外は存在しないと判断したんじゃないですか? さぁユイさん行きましょうか。私も気分転換が終わったので」
こちらを見ることなく、歩いていくアーサーの背中を呆然と見ていたユイにいつの間にか大鎌を背負いなおしたアンゼリカが声をかける。
「えっ? さっきのあれって気分転換だったの?」
「えぇ。けして、この状況が人生最悪だとか、あの男と一緒にいたくないからとかそういった思いは載せていないので……そろそろ行かないと見失いますよ」
ユイにはそれ以上余計なことは言わせないと言わんばかりにアンゼリカはその場で話を切り上げて、アーサーのあとを追いかけ始める。
アーサーといいアンゼリカといい、この状況下で何をやっているのだろうか? いや、よくよく考えればこんな状況であんな質問をぶつけた自分も自分かも知れない。もしかしたら、唯一の入り口から出られなくなったという絶望感が自身の言動をおかしくしてしまっているのだろか?
「全く、なんであの男の意見に従ってしまったのでしょうか……いつもいつもろくなことに巻き込まれないのは目に見えているというのに……」
やや速足でアーサーの背中を追いかけている間、少し先を歩くアンゼリカのそんな独り言が聞こえたような気がしたのだが、ユイはそれをなるべく聞かないようにして、必死に歩みを進め、遺跡の中を進んでいった。




