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第二十九話 騎士の手伝い(中編四)

 軽く昼食を済ませたユイたちはそのまま遺跡の入り口へと向かう。

 石造りの神殿の中にぽっかりと空いた穴は、人ひとりがやっと通れるような大きさだ。


 アーサーいわく、神殿の修復作業中に偶然発見されたそうなのだが、それにしても不自然なぐらいわかりやすい入口だ。


「それにしても、よく今まで見つからなかったよね……」

「そうだね。まぁもっとも、この入り口自体は壁の向こうに隠れていたわけだから、修復作業の時に壁をはがさなかったら一生わからなかったかもしれないね。歴史的な発見というのは時に偶然から始まるものだから」

「偶然からね……まぁそうかもしれないわね」

「さて、そういうことだからさっそく遺跡の中に入ろうか。一応、念押ししておくけれど、入り口だけだからね。下手に奥にはいって何かあっても、一切の保証をしないから」


 念押しをするようにそういった後、アーサーは遺跡に足を踏み入れる。


「ねぇ中の地図を見てもいまいち実感がわかなかったんだけど、遺跡自体はどれくらいの広さがあるの?」

「……広さね……あくまで推定だけど、遺跡の上にある現在のムーンボウ自治区と同じかそれ以上だって学者は言っているよ。もっとも、それも調査をしないと真偽のほどはわからないけれど……」

「なるほど。まぁそれもそうね……まだ、この遺跡は未調査なんだし……」


 確かに未調査の遺跡に対して、あれこれ聞くのはナンセンスかもしれない。

 遺跡の中に入ると、すぐにアーサーが周囲を照らすために灯りをつける。見た目はランタンのように見えるが、一瞬で火が付いた当たり、何かしらのマジックアイテムなのだろう。

 ランタンの光によって照らされる範囲を見回してみると、上の遺跡と同様に何本もの重厚な石の柱で支えられた天井と石造りの建物群が見えた。


「やっぱりというか、なんというか……遺跡も地下にあった都市って感じがするわね」


 ユイがその重厚な柱を見ながらつぶやくと、すぐ後ろを歩いていたアンゼリカから声がかかる。


「そうですね。月の民というのは古くから天から降り注ぐ太陽の光を嫌う民族ですので、当然と言えば当然かもしれません」

「太陽の光を嫌うってどういうこと?」

「……私は月の民ではないので詳しくは知りませんが、宗教的な考え方のようです。月の民は“月と夜を司る神”と呼ばれている神様を信仰しているんですよ。私も詳しいことはわかりませんが、その神様の出す光を打ち消す太陽の光は信仰上あまり好まれないなんて言うのが定説です。もちろん、それを理由に地下に年を築いたり、その神様の信者がどうあるべきかとかそういうあたりはあまり知りませんが……そう考えると、月の民であっても敬虔な信者は減少傾向にあるのかもしれませんね」

「減少傾向ね……」


 神様の信者が減っているというのは何とも複雑なものだ。

 ユイは無宗教なので何とも言えないのだが、自分が信じているものを周りがどんどんと信じなくなっていくというのは、由々しき問題なのかもしれない。


「……それにしても、私たちが生まれるよりずっと前にこんな遺跡が作られていたというのは驚きですね。当時の月の民はそれほどまでに優秀な魔法使いの一族だったということなのでしょうか?」

「さぁどうだろうね? 仮に月の民がこれをすべて魔法で作り上げたのなら、わざわざこれを埋めて新しい町をすぐ頭上に作る理由が解せない。連邦がこのあたりに到達したころには月の民は現在の街に住んでいたというし、魔法を使った仕掛けや抵抗もあまり激しくなかったと聞く。その一方で気になる話もいくつかある」

「気になる話ですか?」


 アンゼリカが聞くと、アーサーは硬い表情で小さくうなづく。


「……伝承によると、連邦軍がムーンボウ自治区……当時のムーンボウ王国を発見したとき、住民たちは見たこともない武器を手に取って抵抗したそうだ。まぁ遠距離の攻撃魔法を使えば一網打尽にできるほどのものだったとは言われているけれど、ちょっとそのあたりが気になってね……その戦いの際に魔法を使った障壁等も確認されなかったらしいから、月の民は魔法とは違う独自の技術を持っていたのではないか。なんて言われているよ。最も、連邦はそれを新手の魔法だと決めつけてまともに調査しなかったようだけど……そうするうちに月の民自体が減り、気が付けばそれが何だったのかはわからないままなんだそうだ。当の月の民がそれについて語りたがらないからね。あぁユイ殿。この話を聞いて、興味を持ったからといってむやみやたらに尋ねない方がいいよ。ボクみたいに嫌われてしまうかもしれないからね」

「あなたは何かと人のプライベートに踏み込みすぎなんですよ。だから、私やリコリス様に嫌われるんですよ」


 ユイに対して、このことは深く探るなとくぎを刺すアーサーの背中にアンゼリカが言葉の槍を突き刺した。

 そのことが多少なりともダメージを与えてしまっているのか、アーサーはその場で立ち止まって固まってしまう。


「……図星ですか」

「いやいや、ボクとしてはそんな必要以上に人のプライベートに踏み込んでいるつもりはないんだけどね」

「いいえ、十分に踏み込んでいますよ。あなたは興味があるままに行動する悪い癖があるので……実際に町中で気になった女の子に声をかけまくってみたり、ギルドで新人の女性冒険者を見かけるなり、剣術の修練をしないかと声をかけたり、酒場で一人で飲んでいる女の子に声をかけてみたり……あなたはどういうつもりかわかりませんが、傍から見たらとんだナンパ野郎ですよ」

「ボクとしては、騎士として……いや、一人の男として困っている女性の力になりたいと思っているだけなんだけどね」

「どこがですか。魂胆見え見えですよ。そのくせ、話の相手をしたとたん、一気にプライベートな話題に足を踏み込むじゃないですか」


 いつの間にか、話の内容がアーサーがナンパ野郎なのか否かに代わっているような気がするが、そんなことは気にしてもしょうがないだろう。

 せっかく、遺跡の中に入っているというのにごちゃごちゃと口喧嘩をしている二人に挟まれて、ユイは小さくため息をつく。


 ゴーという思わず耳をふさぎたくなるような轟音が移籍中に響き渡ったのはちょうどそんな時だった。


「……えっ? 何が……」


 起こったのかといい終わる前に天井の石が落下してくる。


「逃げろ! とにかくこの場から離れるんだ!」


 何が起こったのか、理解しきれずに固まってしまったユイにアーサーの鋭い声が飛び、同時にアンゼリカがユイの手を取って遺跡の奥の方へ向けて走り出す。


「もう! どういうことですか!」

「わからない。わからないけれど、とにかく走れ! あれに当たったら、命はないぞ!」


 ちらりと背後を見てみると、遺跡の入り口はすでに上から落ちてきた石で埋まり始めていた。

 その光景を見て、ユイはようやく遺跡の天井が崩壊し始めているのだと理解する。


 なぜ、このタイミングで。そんな考えが頭をよぎる。


 先ほどまで作業しているときに、遺跡の中から異音が聞こえるようなことはなかったし、遺跡に入ってからも特別何かをしたような記憶はない。

 そのあと、十分ほど走り続けると、ようやく崩落が終わり、ユイたちは崩落地点から少し離れたところで立ち止まる。


「……はぁはぁ……全く……どうなってるんだよ……」


 近くにあった柱にもたれかかり、アーサーが大きく息を吐く。


「ユイさん。お怪我はありませんか?」


 そんなアーサーを半ばスルーして、アンゼリカはユイに声をかける。


「けがはないと思う……ありがとう」


 アンゼリカに礼を言いながら、ユイは火事場のバカ時からは馬鹿にならないなと実感する。

 おそらく、普段の運動能力からして、これほどの距離をこれだけの速さで走り抜けることなどほぼ不可能だろう。おそらく、途中で力尽きて倒れてしまうだろう。

 それほどの運動をしたというのに、緊張感からか疲れは襲ってくるものの、倒れそうになるということはない。最も、心臓はバクバクと音を立て、息はかなり上がってはいるのだが……


「……アーサー。ほかに出入り口はありますか?」


 ユイの体と自身の体を軽く確認したアンゼリカがアーサーに声をかける。

 柱にもたれかかっているアーサーは少し間を置いた後に小さく首を横に振った。


「残念ながら、あれが現在判明している唯一の出入り口だ。ボクとしてもあれしか出口がないとは考えたくないが、現在のムーンボウ自治区の構造を見る限り、あるとすれば通気口だとか水路の跡だとかそういうものだとしか言いようがないね……もっとも、両者ともに見つけたところで出口はまともなところにつながっているとは思えないけれど……」

「まぁまともなところにそんなものがあれば、とっくの昔に発見されているでしょうし、妥当な意見でしょうね。まったく、入り口だけとはいえ、入らない方が賢明だったかもしれませんね……まぁそんなことを言ってもしょうがないですけれど……」


 言いながらアンゼリカは大きくため息をつく。


「まぁ遺跡に入ったことに対する是非は後で語るとして、とりあえずは建設的な意見交換をしようじゃないか。具体的にはこの場所からの脱出方法についてかな」


 そんな中、この案件の元凶ともいえる男は何事もなかったかのように笑みを浮かべて、ユイとアンゼリカの前に立った。

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