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第二十八話 騎士の手伝い(中編三)

 アーサーの案内で歩くこと約二時間。

 ユイたち一行はようやく遺跡の入り口となっているという神殿の前に到達した。


「ここがあの遺跡の入り口ね」


 太く、丸みを帯びた柱が目を引く、石造りの建物を前にしてユイは満足げな表情を浮かべていた。


「すごいわね。まるでギリシャ旅行でもしているような気分ね……ギリシャなんて行ったことないけど」

「ギリシャ? 聞いたことのない地名だね」

「そうでしょうね。地図のどこを探しても載っていないでしょうし」


 アンゼリカの視線が背中に刺さる。

 言いたいことは嫌でもわかった。要は異世界人であることをほのめかすようなことを軽々と口にするなということなのだろう。


 もちろん、ユイとしても面倒ごとはごめんなので、あちらこちらでこの情報を言いふらすようなつもりは毛頭ない。

 ただ、だからといってそれを口にするのを完全に防げるかと聞かれれば、それはまた別問題だとしか言いようがない。


 例えば、先ほどのギリシャの話のようにうっかりとということは人間だれしもあることだ。もちろん、注意はするが、ちょっと言ってしまったぐらいで恐ろしいほど怖い目でにらまれる理由にはならないはずだ。

 もちろん、彼女が悪意をもってそういうことをしているわけではないということはなんとなくわかるのだが……


 そんなことを考えているユイの背中にアンゼリカが小さな声で話しかけた。


「ユイさん」

「何? アンゼリカ」

「……あの、私の気のせいだったらいいのですが、なんというか……妙な気配を感じませんか? 具体的に言うと、悪魔的というか、幽霊的な独特の肌寒い空気を感じるのですが……」


 アンゼリカに言われて周りの雰囲気に気を配ってみるが、彼女が言うような肌寒さは感じない。むしろ、快適なぐらいだ。


「……そう? 私にとっては快適だけど? まぁ霊感的なものは私にはないから、そっち方面に原因があればそういうことがないとは言い切れないけれど……」


 ユイの言葉を聞いたアンゼリカは困惑したような表情を浮かべて首をかしげる。

 もしかしなくても、霊感などということばはこちらにはないのかもしれない。


「レイカンですか? それは、ニホン特有の特殊能力(アビリティ)でしょうか?」

特殊能力(アビリティ)?」


 今度はユイが首をかしげる。

 異世界にきて、この世界がいろいろな意味で日本とは違うのだと認識し始めて入るものの、なおこの世界のことは知らないことばかりだ。

 アンゼリカは少し考え込んでから、小さくため息をついた。


「わかりました。説明しましょう……ただ、今はクエスト中ですのでまたあとから……まぁ私が目の前で特殊能力(アビリティ)を使えばいいのでしょうけれど、そうするわけにもいきませんからね……まぁこうして話しているうちに先ほどの変な気配は消えたようですし、とっとと仕事を始めましょうか」

「……うん、依頼主のボクを無視しているせいか、そのセリフが白々しく感じるんだけどどうしてかな?」

「それは、私とユイさんがあなたの存在をほぼほぼ忘れて会話しているからではないですか?」

「そうですか。でしたら、早く本題に移りましょうか。とりあえずはキャンプの設置でしたよね?」

「全く、白々しいね……相変わらず……まぁそうだよ。とりあえず、まずは必要な道具の搬入からやろうか……」


 アーサーはこれでもかというほど大きなため息をつきながら立ち上がる。

 その様子を見る限り、アンゼリカの態度に対して相当あきれているのだろう。


「えっと……それで、必要な道具というのはどちらに?」


 この場で話をしていてもクエストは進まない。そう判断して、ユイはそう切り出した。


「あぁそうだった。必要な道具はすべて神殿の入り口につけてある馬車の中に設置してある転移装置の向こうだ。ボクが道具を持ってくるから、二人にはそれを神殿の中に運び込んでほしい。

「転移装置って、それを使うとどこかに飛べたりとかするの?」

「その通りだ。さて、それでは私は向こうに荷物を取りに行く。馬車の前で待っていてくれ」


 もしかしたら、この世界においては転移装置はある程度当たり前に存在しているものなのかもしれない。

 動力はおそらく魔法なのだろうが、一瞬で転移をしてどこかへ行くというのはにわかに信じがたいものがある。


「あなたの世界は転移装置もないのですか? 結構不便なんですね」


 ユイの言動から日本に転移装置がないと読み取ったらしいアンゼリカがアーサーに聞こえない程度の声量で声をかける。


「……一瞬で転移できる装置はなくても、多くの交通手段があるからいいのよ。時間はそれなりにかかるけれど、不便ではないわ」

「そうですか。まぁ私の世界とあなたの世界の常識は違うということなのでしょうね」


 遺跡のそばにある馬車の前まで移動して、中へ入っていくアーサーの後ろ姿を見送る。

 転移装置というぐらいだから、一瞬で行って戻ってくるのだろう。そうなると、傍から見ればただ単に馬車から荷物を下ろしているようにしか見えないかもしれない。


 そんな風に考えながら馬車の前で待つこと三十秒。


「さて、まずはこれからだ」


 テント用と思われる木の骨組みを持ったアーサーが姿を現す。

 本当にあっという間に言って戻ってきたようだ。


「はいはい。それじゃ次もよろしくお願いしますね」


 ぞんざいな態度でアンゼリカがそれを受け取ると、その横でユイもいくつか骨組みを受け取る。それをもって、ユイたちは神殿の中へと入っていく。


 それを確認したアーサーは再び馬車の中へと入っていく。


「本当に一瞬で行って戻ってくるのね」

「えぇ。転移にかかる時間は十秒にも満たないわ。おそらく、転移先にも人を配置して荷物を渡してもらっているんでしょうね……と、無駄話をしていると効率が落ちるわ。さっさと運び込んじゃいましょう」

「そうね。この調子だと次々とくるでしょうし……」


 運び出してから気づいたが、荷物をどこに置くのか聞いていなかった。

 とりあえず、アンゼリカが移籍の入り口付近に荷物を置いたのでそれに従って近くに置いたのだが、これでよかったのだろうか?


 そんなことを考える間もなく、馬車の方へと戻るとすでにアーサーが次の骨組みを持って立っていた。


「遅いよ」

「無茶を言わないでください。遺跡の入り口まで一瞬で運べるほどの脚力は持っていないので」

「まぁそれもそうか。でも、できる限り急いでくれよ。まだまだやることはたくさんあるから」

「えぇ。もちろん、承知しているわ。私たちはできる限り協力するわよ」


 短い会話のあと、アンゼリカはアーサーから荷物を受け取ってそそくさと神殿の中へと入っていく。

 それに続いて、ユイも荷物を受け取って神殿の中に入る。


 それにしても、想定以上の重労働だ。見た目はそこまでなのだが、一つ一つが意外と重い。もちろん、無理をしてたくさん持つようなことはしていないのだが、それでもきついものはきついから仕方がない。


「大丈夫ですか?」


 そんな私にアンゼリカが声をかけ、肩に手を置く。


「うん。何とか、大丈夫」

「そうですか。私もできる限りサポートしますので無理せずにちゃんと休んでくださいね」


 それだけ言うと、彼女は手を放して再び馬車の方へと走っていく。


「ありがとう」


 走り去っていく彼女の背中に礼を言って遺跡の入り口へ向かう。

 心なしか、荷物も先ほどよりもずっと軽く感じた。


「さて、今日一日しっかりと頑張りますか」


 自分にしか聞こえない様な声量でそう呟いて、ユイは遺跡の入り口へと向かった。




 *




 昼頃になると、大体の荷物の搬入が終わり、遺跡の入り口にはたくさんの荷物が山積みになっていた。

 これだけの量を運び込んだのかと思う一方で搬入だけで半日かかっていては、今日一日で仕事が終わらないのではないかという疑問すら生まれる。


 そんな大量の荷物に囲まれている中、パンを食べていたアーサーが何かを思い立ったように立ち上がった。


「そうだ。せっかくだから、遺跡の中に少しだけ入ってみるか。下準備も兼ねてさ」

「遺跡の中にって……無断に入ってもいいんですか?」

「大丈夫さ。ボクが準備のために必要だと判断したんだ。そういうことでいいだろ?」

「わかりました。クエストの一環とあれば、引き受けることにします」


 そんなある意味、既成事実の構築でしかない会話を聞きながらユイはひっそりと心を躍らせる。


 遺跡という言葉がユイの心にずっと響いていたのだ。


「それじゃ、食事が終わったら遺跡に入ろうか。もちろん、入り口から少し入ったら戻るけれどね」

「えぇ。それでいいですよ。ユイさんも構いませんね?」

「うん。私もそれで大丈夫」


 そのあとは軽く遺跡の中での行動について話をして、再び食事に戻る。


 ユイは遺跡の中がどうなっているのかと、想像を膨らませながら手に持ったパンをほおばった。

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