第二十七話 騎士の手伝い(中編二)
喫茶店を出た後、ユイはアーサーやアンゼリカとともに町へ繰り出していた。
目的地は当然ながら遺跡の入り口なのだが、そこへ至る道はユイにとっては未知の領域だ。
道行く人々の中に見慣れない格好の人がいれば、思わずそちらを見てしまい、面白い建物があれば目を奪われて立ち止まる。そんな調子で歩いき、アーサーに早く来いと言われて歩調を一時的に早めるといった具合で遺跡位の入り口へと進んでいく。
「それにしても、どこまで行っても天井があるのね……」
喫茶店を出て約一時間。
ユイはぽつりとそんなことをつぶやいた。
「ん? もしかして、ユイさんはこの町の出身じゃなかったりするの?」
そんなユイの声が聞こえていたのか、アーサーが意外そうな表情を浮かべて振り向いた。
「えぇまぁね。いろいろとあって、三日ほど前からこの町にいるわ」
「そうなんだ。珍しいね。大体の冒険者は自分の出身地で冒険者登録をするのに……一応聞くけれど、君はムーンボウ自治区冒険者ギルド所属の冒険者だよね?」
「そうよ。といっても、私の場合は気付いたらここにいたっていう感じで冒険者になったのも生活の糧を確保するためっていう夢のかけらもないものだけど」
ユイの言葉を聞き届けると、アーサーは小さく笑みを浮かべる。
「いや、それは間違ってはいないよ。冒険者なんて夢をもってなるモノじゃない。もちろん、騎士もね。夢のある職業というのはもっと別のところにあるのかもね」
「いや……そういわれると、その……」
アーサーの言葉があまりにも意外だったのでユイは返答に窮してしまう。
そんな様子を見計らったのか、すかさずユイの横を歩いていたアンゼリカが口をはさんだ。
「……そうでしょうか? どんなことに対してでも夢を持つというのは大切ですよ。もちろん、それがあまりにも幻想じみたことでしたら問題でしょうけれど、そうでない限りは私は応援しますよ。それがたとえ、生活の糧をちゃんと築きたいからという目標であっても、はたまた冒険者になって一躍有名になりたいっていう目標でも……それが、私たちギルド職員の使命ですから」
「……相変わらずだね。ある意味安心したよ……まぁでも、君だってとうの昔に夢をあきらめたくちなんだからさ、今さならなにを言っているのっていう感じはぬぐえないけれど」
「あら、あなたがそれを言うのですか?」
この二人の間には、何か浅くない関係がありそうだ。
ユイは自分を挟んで行われている会話を聞きながらそんなことを考える。
想像したところでその答えにはたどり着けないだろうが、二人の関係について考えてみるのも楽しいかもしれない。
「……ユイさん。余分なことは考えない方がいいですよ」
しかし、それを始めようとした矢先、何かを察知したらしいアンゼリカからくぎを刺されてしまった。よほど、触れられたくない話題なのかもしれない。
「余分なことね……残念ながら心当たりはないから、もうすこし町の風景を見ているわ」
ただ、正直に従うのもつまらないのでそんな風にごまかしながら、再び周りの街並みへと視線を移す。
「素直じゃありませんね。まぁいいですが……それで? 遺跡にいきなり向かっていますけれど、買っていくものとかはないのですか?」
「ないね。食料とかはそろえてあるから、今からやるべきことは調査用のキャンプを作ることさ。まぁ調査員を宿に止めてもいいんだけど、人数が人数だからね。さすがに迷惑をかけてしまう」
「……どれだけの人数を投入するつもりなんですか?」
「ざっと数百人。今回の遺跡はそれだけ大規模だっていうことだよ。だからこそ、君たちに手伝いを依頼したんだ」
「数百人分のキャンプの準備を三人でやるときますか。なかなかぶっ飛んだことを言ってくれますね」
アンゼリカの苦言に対して、アーサーは少しだけ困っているような笑みを浮かべて、返答する。
「そうだね。でも、こっちは当初それを一人でやれって言われていたんだよ。手伝いがいるだけでもましな方さ。自治区の方に行くと、あからさまに連邦側を敵視して協力してくれないギルドもあるわけだし……」
「そういうものかしら?」
「そういうものだよ。一時期……特に連邦がこの大陸に上陸したときはかなり強引に移民政策を進め、周辺の原住民と敵対してきたからね。ムーンボウ自治区のように後期になってから、交渉をして加わった自治区ならともかく、元の居住地を追われるような形で自治区という形で連邦に組み込まれた集団のうちいくつかはいまだに連邦を敵視しているよ。まったく、現在の連邦の形が出来上がったのは百年も前だというのにいつまでたってもそういう勢力はなくならないね」
騎士という立場上、反乱などの土岐に駆り出されているのだろう。
アーサーはあからさまにため息をついて手を後頭部に回す。
「連邦国内の治安維持。それがあなたたちの役目でしょう?」
「それぐらいはわかっているよ。でも、あまりにも争い事が多いと平定するこっちも大変なんだよ。まぁそういう反対意見とかがまったくないっていうのも不気味だけどね」
言いながらアーサーはもう一度ため息をつく。
おそらく、そのことに関しては深く悩んでいるのだろう。
そんなアーサーに対して、アンゼリカはあまり抑揚のない声でそれに応じる。
「でしょうね。人にはそれぞれ思想がありますから、何かに対して、全員が全員賛成というのは中々厳しいですから……とはいえども、連邦の移民政策に問題が会ったのは事実でしょうけれど……」
「はははっ百年以上前の政策を持ち出されてもこっちが困ってしまうよ。まぁあれだ。今回の件もそうだけど、遺跡の発掘に反対するグループからの攻撃も考えられるからさ、キャンプもそれなりのものを作らなくちゃいけない。それで君たちに仕事を出しているのだから、なんだか皮肉だよね」
「そう簡単に割り切れないのが人心っていうものだと思いますけれどね……と、こんな無駄話をしている場合じゃありませんね。急がないと報酬が減ってしまいますから」
「あらら、今頃それに気づくわけ?」
思い出したように報酬のことを口にするアンゼリカの様子がおかしかったのか、アーサーはにやにやとした笑みを浮かべる。
この姿をはた目から見る限りはお互いに仲がいいように見えるのだが、そのあたりはどうなっているのだろうか?
完全に置いてきぼりにされてしまっているユイはそんなことを考えながらため息をつく。
そんな彼女の視界の端に銀髪の少女の姿が映ったのは、ちょうどその時だった。
ユイは思わずその場で立ち止まり、周りを見回して少女の行方を探すが見つかりそうにない。銀髪の髪を持つ知り合いなどアンゼリカしかいないはずだから、知り合いであるはずがないのだが、その少女の姿を視界に収めた瞬間に妙な違和感というか、何年もあっていない同級生を偶然町の中で見つけたようなそんな感覚があったのだ。
その少女の姿が消えてしまった以上、それの正体が何であるのか証明することはできないが、考えれば考えるほどユイの中で一つの確信のようなものが生まれる。
“私はあの少女のことを知っている”
別に顔を見たわけでもなく、声を聴いたわけでもない。見たのはみすぼらしいボロボロの服に身を包み、地面すれすれまで伸びた長い銀色の髪を持つその後姿だけだ。
だが、たったそれだけの情報でもユイは自分が感じた違和感をもとに知り合いだと判断できてしまった。
これがなにを意味するのか、ユイは理解できないが、それでも、仕事の合間を活用して彼女の姿を探すぐらいのことはしてもいいかもしれない。
「……ユイさん! 何をやっているんですか! おいていきますよ!」
そんなユイの思考は少し離れたところから聞こえてきたアンゼリカの声によって中断させられてしまう。
「ごめんなさい。今行くわ!」
返事をしながら思考を切り替えて、ユイは通りの真ん中でこちらを見て待っている二人の方へ向けて走り出す。
あの少女のことは仕事が終わってから考えればいいだろう。
いくらあの少女のことが気になっていても、この場で探しに行くわけにもいかない。それに仮に見つかったとしても、何かができるわけでもない。
「まぁあとでじっくりと調べますか……」
自信を納得させるためにそんなことをつぶやいた後、ユイはアンゼリカたちと合流し、再び歩き出す。
「……それでですね。もうすこし騎士のふるまい方を変えれば現状がもう少しましになるかと思うんですよ」
「……無茶を言ってくれるね。ボクなんて下っ端だよ? そんな簡単にいくと思う?」
「それを何とかする方法を考えるのが、あなたの役割になるんですよ」
おそらく、この調子なら一生終わらないであろう議論を横耳にユイはそのままアンゼリカの背中を追いかけるような形で目的地を目指す。
「結局、あれは誰だったのかしら?」
ユイは最後にポツリとそうつぶやいてから、重々しい灰色の天井を見上げた。




