第二十五話 騎士の手伝い(前編)
今回のクエストについて、ユイとアンゼリカから(半強制的に)了承の返事を聞いたアーサーはリコリスと会うと言い残して部屋から出ていった。
それと同時にアンゼリカが深く息を吐く。
「あぁもう……いつものリコリス様ならあそこまで変な説教はしないというのに……やはり、あの男が絡むとろくなことがないような気がします」
「そうなの?」
「えぇ。リコリス様はどうもあの方を嫌っているようでして、ひと悶着があった後はたいてい私たちに八つ当たりをする傾向にあるんですよ。ギルドマスターとしてそれはどうなんだという意見はあるかも知れませんが、元凶があの方にあることだけは確かです」
昨日、ギルドの大広間で会った時もそうだが、アンゼリカやリコリスとアーサーの間には何かありそうだ。
そのことについて深く聞くつもりはないのだが、それが原因でクエストの進行に支障が出るようなことがないのかという懸念がどうしても付きまとう。
「ユイさん」
そんなユイの思考を遮るような形でアンゼリカから声がかかる。
「なに?」
「あの……今日のことですが、あの男から何かをされるようなことがあればしっかりと守り通すつもりでいるので嫌なことはちゃんと嫌と断ってください。おそらく、リコリス様もそれを根拠に評価を下げるようなことはないでしょうし、あの男も……アーサーもあなたに対して何かを無理強いするということはないはずです。そのことをちゃんと頭に置いて今回のクエストに挑んでください」
「無理強いをすることはない……ね」
言いながらユイはアーサーの顔を思い浮かべてみる。
彼は言動こそナンパ野郎のようだったが、雰囲気とかそういったもの自体はそこまで悪いものではなかった。
ただ、それがどこまで当てになるのかと聞かれれば言葉に詰まってしまうというのもまた事実なのだが……
「それにしても、なんでまた私が指名されたのかしら」
「昨日見て気に入ったからだと思います。あの方はそういう人ですから」
「見て気に入ったね……私にそんな魅力があるとは思えないんだけど……」
「そうですか? 同性の私から見ても魅力的ですよ。あなたは」
あの騎士がどうして自分を指名したのかと必死に考えているときにされた横やりにユイは思わず固まってしまう。
おそらく、傍から見たら今のユイは豆鉄砲を当てられた鳩のような顔をしていることだろう。それほどまでにアンゼリカの一言は衝撃的だった。
「いっいや……冗談はよしなよ。私なんてそんなに……」
「いえ、私は本気で行っていますよ。私が男だったら間違いなくあなたに告白しています」
たちの悪い冗談だ。そう思いたいのだが、アンゼリカの目は真剣そのものだ。
彼女はユイのどこに対して魅力を感じているのかわからないが、その言動はユイを混乱させるには十分すぎる代物だ。
ここでアンゼリカが悪戯が成功した子供のように笑っていればよかったのだが、残念ながら彼女の目は真剣なもののまま変わらないので、おそらく本心からそういっているのだろう。
「あっあのさ……アンゼリカ……」
アンゼリカの考えがどこにあるにしても、このままユイ一人で考えていては拉致が開かない。
そう判断して、アンゼリカに真意を問いただそうとしたその時、二人がいる部屋の扉が勢いよく開かれた。
「お待たせしてすまなかった。少々リコリス殿との話が長引いてな」
「……私としてはそのまま一生帰ってこなくても構わなかったのですけれどね」
「はははっまたきつい冗談だ。私は嫌いじゃないがな……さて、それよりも二人には早速仕事をしてもらおうかな」
まさしく、こちらの事情など関係ないと言わんばかりの態度でアーサーは歯を見せて笑っている。
「さて、ついてきてくれ。君たち二人の今日の仕事場まで案内しよう」
彼はそういうと、ついて来いと言わんばかりに振り向いて部屋から出ていった。
それに続くような形でアンゼリカが立ち上がり、ユイもそれに続く。
ユイが部屋から出た後、廊下で待っていたアンゼリカが扉を閉めると、ユイはすでにギルドの外に向けて歩き出しているアーサーを追いかけて歩き始める。
「ねぇどこに行くのかな?」
「さぁ? それは依頼主にしかわからないのでついていくしかないんじゃないですか?」
そんな会話を交わした後、二人はアーサーを見失わないように少しだけ歩調を速めてギルドのの外へと出ていった。
*
ギルドの前にある大通りから少し奥に入り、細い路地を抜けていく。
大通りに面している店の裏口やごみ箱が並ぶ風景はまさしく路地裏という言葉がぴったりだ。
整然とした表通りとは違い、ごちゃごちゃとしていて、複雑に入り組んでいる路地裏をアーサーは迷うことなく歩いていく。
もちろん、彼が目的地を把握していないと困るのだが、話を聞く限りこの町の人間ではないアーサーがこうして裏道をすいすいと歩いていくという風景はある意味新鮮だ。
「どこまで行く気ですか? すっかりと大通りから離れてしまいましたよ」
そんな中、不満がたまっていたのかユイの後ろを歩くアンゼリカがそんなことを言い出した。
「おやおや、随分と気が早いですね。大丈夫ですよ。ちゃんと目的地には向かっています……と、ここですよ。到着しました」
気さくな笑みを浮かべて見せたアーサーは路地裏にある建物の扉の前で立ち止まる。
よく見ると、その扉の横には小さな看板が下がっていて、そこが何かの店であるということがうかがいしれた。
「……こんなところに喫茶店を作るなんて奇特な店主もいるんですね」
「あぁ。でも、この知る人ぞ知るっていう感じが割と好きでね。この町に来たときは贔屓にさせてもらっているんだよ」
「贔屓ね……本国の騎士様にそうしてもらえるのだから、この店も幸運ね」
「それはどうも。とはいっても、店主がそう思っているかどうかはわかりませんがね……さて、店の前で立ち話というのは迷惑ですので中に入りましょうか」
看板の字が読めなかったので何の店かわからなかったのだが、どうやらここは喫茶店だったらしい。
アーサーは扉をゆっくりと押し開けてユイとアンゼリカに中に入るようにと促す。
喫茶店の中に入ると、真っ先に目に入ってきたのは低めの天井に設置されている木製のシーリング・ファンで、そのあと淡い光に照らされたテーブルやいすが見えてくる。
「……いらっしゃいませ。喫茶月明りへようこそ。空いている席にご自由におかけください」
店内に入ると同時に店の奥の方にいた男性の店員が小さく頭を下げる。
そうしている間にアンゼリカ、アーサーの順に店内に入り、アーサーはユイの横を通り抜けて店の奥へと進み始める。
ユイとアンゼリカはそのままアーサーを追いかけて店に入り、直立不動のまま動かない店員の横を通り抜ける。
喫茶店の一番奥には三段ほど降りる段差があり、その先には古びた木の机が一つと机同様に古びた椅子が四つぽつんと置いてあった。
まさしく店の一番奥という表現がふさわしいその席は奥まった場所にある上に一段低くなっていて、店内の薄暗さも手伝うことでほかの席から様子を伺うのが難しくなっている。
そんな場所にある席の一番奥にある椅子に腰かけたアーサーはユイとアンゼリカに向かいに座るようにと促す。
アンゼリカとユイが指定された場所に腰かけると、アーサーは懐にしまっていた紙を机の上に広げる。
「さて、さっそく本題に入らせてもらうと、君たち二人にはちょっとした調査の手伝いをしてもらいたい」
「調査?」
「その通り。私がこの場所に来た理由にも繋がるが、先月ムーンボウ自治区で新しい遺跡が発見されたという報告が連邦政府に届いたんだ。それで、連邦側から調査員を派遣するという話になってな。その調査の下準備を頼まれて、私はここまで来たわけだ。ここまで言えばわかるか?」
「要するにその調査の下準備の手伝いをして欲しいと」
「平たく言えばそういうことです」
調査と聞いたときは少し身構えてしまったが、調査の準備の手伝いというのならある意味で納得できる。
要するに調査の下準備をするために人手がほしいからギルドに依頼をだし、理由は定かでないもののユイたちを指名したということなのだろう。
「ところで、私を指名した理由とかはあるの?」
「指名した理由か……まぁ昨日見かけてちょっと気になったから……でいいかな?」
「へっ? えっと……そうですか……」
なんとなくわかっていたことではあるが、やはりユイを指名したのに深い理由はないらしい。
そもそも、ユイは冒険者になったばかりで活躍をしているわけでもないし、この世界で話をしたことをある人間など片手で数えられるほどしかいないので当然と言えば当然なのかもしれないが、それでも少し驚いてしまう。
そんな調査依頼など正直誰でもいいはずなのにわざわざ偶然見かけた……というよりも、すこし会話をしただけの相手を指名するというのはいまいち理解できない。
そうして、すっかりと考え込んでいるユイを見て、アンゼリカは少々あきれたような態度をとっているが、彼女は理由がわかっているのだろうか?
「さて、軽く話はしたし、調査する遺跡の説明と君たちにやってもらう仕事について話をしようか」
しかし、こちらの態度など気にする様子などないと言わんばかりにアーサーがそう切り出すものだから、ユイはそこでいったん思考を中断させる。
「まずはこの紙を見てもらってもいいかい?」
ユイたちの意識が自身の方に向いたのを確認したアーサーは机の上に広げた紙を指し示し、そのままゆっくりとした口調で説明を始めた。




