第二十話 接客のできない武具店主(後編)
ユイが店番を始めてから数時間が経過した。
昼間の太陽のような温かい日差しをさんさんと降り注がせていた天井の灯りは徐々に暗くなり、町の端から順に赤い光へと変わっていく。
その様子を見る限り、すでに時間は夕暮れに向かっているのだろう。
これだけの時間、店を訪れた客の数はゼロに等しい。ここまで客が来なくて、経営は大丈夫なのだろうかと、外野の人間ながら心配になってしまうが、店が存在している以上レモマールがうまいことやりくりしているのだろう。具体的にどうしているのかは全く持ってわからないが……
そもそも、店の立地自体も冒険者ギルドのすぐそばだとはいえ、昨日行ったムーンライト商会東西通りに比べれば活気がない場所だ。
そんなところに店を構えている理由は彼女の人見知りにあるのかもしれないが、そのあたりの真相はレモマール本人かよく話題に出てくるバイトちゃんぐらいしか知らないのだろう。
暇なせいか、そんなどうでもいいところにまで思考が回り始めたのでユイは椅子から立ち上がり、店内の様子を見ることにする。
掃除道具を手に店内を回り、いい加減探しに行った方がいいのではないかと考え始めたころ、店の入り口からアンゼリカの声が聞こえてきた。
「……ただいま戻りました……」
その声に呼応するようにして店の入り口に視線を向けてみると、あちらこちらを怪我してボロボロになっているアンゼリカが立っていた。そんな彼女の背中では彼女にしがみつくような格好でレモマールが担がれていて、彼女はスウスウと寝息を立てている。
「アンゼリカ! その怪我、大丈夫?」
「……このくらい問題ないですよ。それよりも、店にリコリス様が来ましたか?」
なぜ、けがのことを聞いたのにリコリスのことを聞かれたのかと疑問を持ったが、彼女に呼び出されているということもあり、どちらにしろ伝えなければならないのでユイは素直にその質問に答えることにする。
「リコリス? 来たよ。アンゼリカが出ていって三十分後ぐらいだったかな」
「三十分後ですか……となると、大通りで私とすれ違った後にすぐに事情を察知してこちらに向かったとみるのが妥当ですね。まったく、彼女も随分とずるいやり方をしてくれたものです」
ユイの返答を聞いたアンゼリカは深刻そうな表情を浮かべて、重苦しくため息をつく。
その様子を見て、ユイは小さく首を傾げた。
「それって、何かまずいことなの?」
「……そうですね。あまりよろしくないことが起こった可能性があるというは確かです。とりあえず、レモマールを奥につれていくので話はそのあとにしましょうか……」
「えっあぁだめよ。ちゃんと治療しないと! レモマールは私が背負うから」
「大丈夫ですよ。この程度の傷だったら知り合いに頼んで治癒魔法をかけてもらえばすぐに治りますし、それにレモマールの件は私が勝手に動いただけなのでユイさんの手を借りるわけにはいきませんから……」
彼女はそういいながら店の奥へと歩みを進める。
「……でも……」
いくらアンゼリカがそういっていても、彼女のけがは心配だ。
そういう考えからユイはさらにアンゼリカに声をかけようとするが、それに対して返ってきた答えはとても冷たいものだった。
「中途半端にかかわらないでください。これは何も知らない人間が立ち入っていい領域ではないので……申し訳ありませんが、ユイさんそこでもう少し店番をしていてください。私は彼女を奥に連れて行きますので」
アンゼリカの言葉ですっかりと動けなくなってしまったユイをしり目にアンゼリカはそのままレモマールを抱えて店の奥へと消えていく。
本来なら追いかけるべきなのかもしれないが、ユイはそのまま動けずにその場に立ち尽くしていた。
*
レモマールを背負っていたアンゼリカは三十分ぐらいの時間をかけてユイの元へと戻ってきた。
「お待たせしました。一応、依頼はレモマールが目覚めるまでという風に勝手に解釈させていただきましたので、もう少しだけ頑張りましょうか」
「そうね……それにしても、何があったの? というか、本当に大丈夫なの?」
「……そのことに関しては中途半端に首を突っ込まないでくださいといったはずです。それと、この程度のけがなら知り合いに頼めばなんとかなるので安心してください」
あくまでアンゼリカは引く気がないようで、ユイの目をまっすぐと見ながら仕事を続けるという意思表明をする。
けががひどいから大人しくするか、治療してくれる知人のところに行くようにと言うべきなのかもしれないが、そんなことをいえば、また“中途半端に関わらないでほしい”と言われそうでためらってしまう。
だが、そういったあたりも含めて、帰ってきてからのアンゼリカの態度を見る限り、何かあったというのは事実なのだろう。
そのあたりのことを含めて気になると言えば気になるのだが、こういう個人的な事情に関しては勝手にかかわらない方がいいのかもしれない。
だからこそ、ユイは自分にも関係がありそうな話題へと話を変える。
「……そういえばさ、さっきリコリスが来たっていったときにずるいやり方がとか言っていたけれど、あれはなんなの?」
ユイが質問をぶつけた後、アンゼリカは小さくため息をついて後頭部に手を回す。
「そうですね……彼女、調査だとか言いながら変な石を持っていたりしませんでしたか?」
「えっと、たしか光る丸い石を持っていたような……」
「やっぱり、そうですか……」
「あの石に何かあるの?」
ユイが質問すると、アンゼリカは小さくうなづいてから私が周りの状況を確認し、ユイに耳を近くに寄せるようにと促した。
「あまり、大きな声で言えないんですけれど、この店は冒険者ギルドの要監視対象に入っていまして、そのための監査をしているわけです。もっとも、その調査自体に強制力はあまりないのでその場にいる従業員が断ればやめるということになっているわけなんですが……」
「つまり、何も知らない私が拒否をしなかったからリコリスは合法的にこの店を調査出来たと……でも、なんでわざわざそんな回りくどい方法をとったの? 別にレモマールがいるときでもちゃんと許可を取れば……」
ユイが聞くと、アンゼリカは少し声を抑えるようにと前置きしてから、それにこたえ始める。
「それが出来たらそんなに回りくどい手段には出ませんよ……いや、正確に言うといろいろと事情が違ってくるのですけれど、あの通りレモマールは異常といっていいほどの人見知りですし、人の好き嫌いも激しい方なので一度苦手だと断定した人間を徹底的に遠ざけるんですよ」
「つまり、リコリスはレモマールからすると苦手な人っていうこと?」
「そういうことです。理由はよくわかりませんが、私個人の考えて言わせてもらえば、彼女の進言によってギルドの要監視対象にされたのが気に食わなかったのだと思います。そのあたりのことは聞いていないのでわかりませんが……」
アンゼリカは何かを探すように店の中をきょろきょろと見回し始める。
「どうかしたの?」
「いえ……なんでもありません……それよりも店の奥の方に戻りましょうか。私が水晶を使えばここにいる必要はありませんから」
「まぁそれもそうね。なら、そうしましょうか」
ユイがアンゼリカやレモマールの状態に関してのことを口にしなくなったので満足したのか、彼女は小さく笑みを浮かべながら立ち上がり、店の奥の方へと歩いていく。
ユイもすぐに立ち上がり、彼女の背中を追って歩き始めた。
「もしかして、レモマールがリコリスのことを嫌っているのって、自分が留守の時に勝手に調査されたりするからかしら?」
「……それはあるかも知れませんね。あの方、規則やなんかを必要以上に遵守するような人なんですけれど、その一方でそういった規則の穴を見つけるのも上手ですからね。そういった理由から彼女のことをよく思っていない人が一程度いるのもまた事実です。レモマールがそれに当たるかどうかはまた別の話ですけれど……」
そういいながらアンゼリカは左手を後頭部に持ってくる。
「もっとも、ギルド職員としては彼女にもう少しギルドに協力的するようにというべきなのかもしれませんが、リコリス様が何を思ってこの店を監視対象にしているのかわからないので、軽々とそういうことが言えないんですよ。私としては、現状維持が一番いいような気もするのですが……」
「現状維持ね……でも、ゆくゆくはこの状況をどうにかしたいって考えているんでしょ?」
「それはそうですけれど、リコリス様の真意がわからない限りは何とも……ただ、現状があまりにひどいだとか、そういういことはないのでじっくりと時間をかけて対処していけばいいと考えています。とまぁ気づけばいろいろと余分なことを語ってしまいましたね。そろそろ仕事に戻りましょうか」
その言葉のあと、アンゼリカは自分が留守にしていた間の店の様子を聞くだけでそれ以上の会話をすることなく、店の奥へと歩みを進めていく。
ユイとしては、それこそ中途半端に情報を与えられたようなものなので多少なりとも不満が残っているのだが、それをわざわざ口に出す必要はないと判断し、そのままアンゼリカの質問にできるだけ的確な回答を提示していく。といっても内容はほぼほぼ客が来なかったとか、商品がほとんど売れなかったとかそのぐらいだ。
その答えを聞くたびにアンゼリカは顔を渋くしてみたり、ため息をついたりしてみるのだが、最終的に帰ってくる答えは“やっぱりそうなりましたか”というものである。
その様子を見る限りこの店でそのような状態というのは日常茶飯事なのかもしれない。
「ねぇこの店っていつもお客さんいないの?」
「……そうですね。利用するのは私をはじめとした常連ぐらいであとは、ギルドの中での出店かムーンライト商会周辺にある武器屋で武具をそろえるのが一般的になっているので。まぁレモマール自身があまり稼ぐ気が内容ですのでこれはこれでいいのではないですか? もっとも、当人から金策について相談されるようなことがあれば、それなりに考えますが……」
そんな風に話をしている間に二人は店の奥のカウンターに到着し、アンゼリカはカウンターの上に置いてある水晶に手を触れる。
ユイはその影響を受けないようにと少し離れた場所に座り、そのあともアンゼリカと他愛のない会話を交わしながら客を待つ。
結局、そのあと三十分ほど経過してレモマールが起きるまで客が訪れることはなく、多少の疑問は残りつつもユイは無事に依頼を完遂することができた。




