第十九話 接客ができない武具店主(中編三)
「はぁ……お客さん来ないわね……まぁ私はかまわないんだけど……」
アンゼリカが店を飛び出してから約三十分。
ユイは大通りを眺めながらそうつぶやく。
おそらく、よくある小説の主人公とかだったらここで一緒に飛び出して、レモマールを探すのかもしれないが、ユイからしたらどうもそういうのは性に合わない。
そもそも、ユイまでいなくなったら、店番がいなくなってしまう。
そうなったら、わざわざレモマールがユイに店番を依頼した意味がなくなってしまう。
そんな、本日何回目になるかという疑問について考えながらユイは改めて大通りを眺める。
そうしていると、ようやくこちらに向かって走ってくる“お客様”第一号が現れる。
「いらっしゃいませー」
ユイは椅子から立ち上がり、その客にあいさつをする。
しかし、その客は店の中に入ることなくユイの両肩をがっしりとつかんだ。
「アンゼリカはどこへ行ったのですか! 答えなさい!」
眼帯を付けた女性客……もとい、ギルドマスターのリコリスは眼帯がつけられていない方の右目でユイの姿をまっすぐと射貫いている。
一瞬、アンゼリカの立場を考えて彼女はお手洗いにでも行っていると答えようとしたのだが、リコリスの言動と様子から、大通りを走っていくアンゼリカの姿を目撃したのだろうと結論付けて、その言葉をすぐに飲み込む。
「答えてください。アンゼリカはどこですか?」
「えっと……その……行先がよくわからないというか、何とか言うか……」
「どういうことですか?」
「いやぁ……その、詳しいことは本人からきいたほうがよろしいかと……」
そして、ユイはアンゼリカにすべてを押し付けて逃げるという選択肢を選び、全く知らないという風を装ってみる。それに、アンゼリカが飛び出した理由は知っていても、行き先は知らないので嘘はついていない。
そういう考えがどこまで通じるかわからないが、少なくともうそをついたということは回避できるし、アンゼリカがリコリスの手によってここまで引き戻されるという事態を遠ざけることもできるだろう。
リコリスは柚井の方から手を放して、しばらく考え込むようなそぶりを見せると、すぐに小さくため息をついた。
「まぁあの店主がいる気配も感じられませんし、なんとなく事情は分かりました……まぁいずれにしても、アンゼリカとユイさんにはあとでしっかりとお説教をしなければならなそうですね」
「えっ? 私もなの?」
上手に避けたつもりがどうもそうはいかなかったらしい。
リコリスは表情一つ変えることなく、そのまま店の中に入る。
「ついてきて下さい。あなたに話があります」
冷たい声でそういうと、彼女は再び店の奥に向けて歩き出す。
一瞬、彼女がなにを言っているのかわからず、その場で固まってしまうが、彼女にもう一度ついてくるようにと促されて、ユイは店の奥へと足を踏み入れる。
手のひらに光を放っている丸い石を持っている彼女はそれを少し前に突き出すようにしながら奥へ奥へと進んでいく。
「あの……リコリス。いったい何を?」
「……ちょっとした調査ですよ。店主には言わないでくださいね。あの方、割とうるさいので。それと、あなたに話があるというのはうそではありませんからご安心ください」
「はい……」
彼女は“調査”と言ったがそれがどのような調査なのかということは一切語らずにそのまま奥へ奥へと歩いていく。
ユイを引き連れて一通り店内を歩き回ったリコリスはそのまま奥のカウンターのそばに置いてある椅子に座り、ユイに近くにおいてある椅子に座るようにと促した。
「……ユイさん。話というのはほかでもありません。昨晩、あなたの部屋から検出された妙な魔力の流れと、あなたから感じるそれとほぼ同系統の魔力……その関係についてお尋ねしたいのです」
「妙な魔力って何のなの? そもそも、私が持っている魔法に関する知識なんてないに等しいからそういったことを言われても全く理解できないわ。せめて、もう少しわかりやすく説明してくれるかしら?」
「もう少し……そうですね。簡単に言えば、人間が魔法を使うときに必要なモノが魔力だというものは言うまでもなく理解できていると思いますが、その魔力というのは術者とその術者が使った魔法に左右されるような形で外部に向けて発せられるんですよ」
「えっと……何かの電波みたいな感じかしら?」
「……その電波というものがいまいちわかりませんが、おそらくその認識は間違っていないと思います。まぁとにかく、何が言いたいかといえば、あなたの部屋から異常といっても差し支えない魔力が検出されたという報告が来ているわけです。そして、もう一つ。人というのは少量ではありますが、常に魔力が漏れ出ているものなのです。そして、あなたから検知された魔力はあなたの部屋で検知された魔力と同系統ではではありますが、まったくの別物だということはわかっています。さて、そのことについて何か心当たりがありますか?」
ここにきて、なんとなく理解できて来た。
要約すると、昨晩ユイの部屋から異常な魔力が感知されたし、その魔力がユイが内包しているものとは違うながらも同系統だったが、何かをしたのではないか? と聞かれているようだ。
もちろん、そんなものに関しては身に覚えがない。というよりも、同系統と言いながらも魔力が別系統だといっている時点で無関係だと主張してもいいのではないだろうか? いや、それとも、その膨大な魔力を放った術者の行方を知らないかと尋ねたいのかもしれないが、そちらについてもユイは全く把握していない。
だからこそ、答えというのは至極単純……というか、必然的に“何も知らない”というものになるのだが、それを答えようとした瞬間、何かを感じ取ったらしいリコリスが威圧的な雰囲気を伴ってユイをにらむ。
「……ユイさん。これはあなたの部屋で起こった現象について聞いているのですよ。まさか、何も知らないなんて言うつもりはありませんよね?」
彼女の威圧にユイは何も知らないということをそのまま言ってしまおうか迷ったが、ここで適当なことを言ったところで自分の立場が悪くなるだけだ。
ユイは小さく深呼吸をして気持ちを落ち着けた後、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「……残念ながら、何も知らないのよ。うそ偽りなくね……昨晩アンゼリカと別れてから今日の朝までの記憶がないのよ。もしかしたら、その記憶の消失っていうのがその膨大な魔力とやらに関係しているのかもしれないけれど……」
「つまり、あなたの部屋に侵入した何者かは証拠を隠滅するという意味も含めて、あなたの記憶を消した。と……確かに筋が通らない話ではないでしょうね。ギルドに侵入したその何者かはあなたが入居したことを知らずに部屋に入り、あなたに発見され騒がれたのであなたを強制的に眠らせた上で記憶を操作する魔法を使ってあなたの記憶を改ざんした。そういうこと?」
「まぁ私が覚えていない限り、単なる憶測の域を出ないけれどね」
冷静に考えてみれば、かなり恐ろしい状況だ。
自分の知らない間に誰かに忍び込まれ、しかも記憶を消されていてその人物に何をされたか覚えていないときた。もしかしたらという可能性を考えると、背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
「……ユイさん?」
「いや、その……昨晩、私の部屋に知らない人が入ってきていた可能性を考えると、急に怖くなって……今夜はちゃんと戸締りしないと……」
「確かにそうかもしれませんね。でしたら、あなたの部屋にあなたもしくは私が許可した人間以外入れない結界を張りましょう。そうすれば、多少の戸締りの間違いがあっても安心できると思います」
「お願いしてもいいの?」
あっさりとユイの発言を信頼しての言葉にユイは思わず目を丸くしてしまう。
リコリスはそんな彼女にたいして、小さく笑みを浮かべて返答を返す。
「もちろんです。ギルドに所属する冒険者の安全をできる限り確保するというのも私たちの重要な役割ですから……それに当初から、ユイさんが関係しているとはあまり考えていませんでし」
「えっ? そうなの?」
「そうですよ。アンゼリカは人を見る目がありますし、あなたが異世界出身で魔法なんて全く知らないという話を少しは信じてみようと思ったんですよ。まぁあなたの話していることが嘘だったら、その時は覚悟してくださいね」
リコリスはすっかりと笑みを引っ込めて、冷たい表情のままそう告げる。いや、よく見ると少しだけ口角が上がっているようにも思えるが、あまり人の顔をまじまじと見るわけにもいかないのですぐに視線を外す。
「それではユイさん。このクエストが終わったら改めてアンゼリカと一緒に私のところに来るように。もし、アンゼリカと一緒に私のところへ来れば先ほどお話しした結界を張りますので……それでは、クエスト完了へ向けて頑張ってくださいね」
最後にリコリスはとんでもない爆弾にねぎらいの言葉を混ぜて立ち上がる。
ユイも話が終わったのなら、店の入り口に戻らなければと思って立ち上がったが、その行動はリコリスに寄って阻止された。
「見送りは結構ですよ。あなたはここに座ってクエストを終わらせることだけを考えていてください。だからといって、アンゼリカを連れてくることを忘れられては困りますけれどね。それでは今度こそ私はギルドに戻りますので」
「えっあぁいや……そういうことじゃ……」
「それでは、クエストが無事に完了することを祈っています」
ユイに行動を見送りだと勘違いしたままリコリスはそのまま店の入り口の方へと歩いていく。
ユイとしては、水晶玉が使えない以上早く店の入り口に戻りたかったのだが、あまり早く行ってしまうと先ほどと同じようなことを言われて店の奥に戻らざるを得なくなるかもしれない。
「はぁ……あと十分ぐらいここにいようかしら……」
ユイは小さくため息をついてカウンターの横に置いてある椅子に腰かけた。




