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第一話 目覚めた場所

「……死んでますか? ねぇ死んでいるんですか? 生きていても返事をしないでくださいね。そのまま行き倒れていて結構なので」


 まるで相手を救助する気がないということを全力でアピールするような声とともに棒状のなにかで何度も頬をつつかれる。

 この二つによって意識を回復した結菜はゆっくりと目を開けた。


 ぼんやりとした視界でまず見えたのは白銀の流れるような髪で続いて、視界がはっきりとするにつれて海のように青い瞳や病的にまで白い肌、整った形の鼻と小さめの唇が視界に入る。


 容姿からして明らかに日本人ではないが、日本語が達者なのか、結菜ははっきりと彼女の言葉を理解できる。


「……だれ?」


 そのことを踏まえて、必死に絞り出した第一声がこれである。

 普通ならもっと聞くべきことがあるのかもしれないが、真っ先に浮かんだ疑問がそれだから仕方がない。


 彼女が何を聞いているのだとあきれたような表情を見せるころには彼女の背後にある背景……灰色の空と木造と思われる建物の壁が両側に迫ってきているいるような風景が視界に入ってくるので、次に持つべき疑問は“ここはどこ?”であろうか?


 しばらくの間、結菜を見つめていた少女は大きくため息をついてから名乗り始める。


「……私はアンゼリカです。ムーンボウ自治区ギルドの職員を務めさえていただいております。ところであなたは誰でしょうか? 少なくともギルド(うち)に所属している冒険者じゃないみたいですけれど、本当にただの行き倒れですか? それとも、仕事に失敗した泥棒だったりするのでしょうか? 今後の対応を考えたいので名乗ってもらえると嬉しいのですけれども」


 アンゼリカは畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 その気迫に押しきられそうになるも、結菜はゆっくりとした口調で自己紹介をはじめる。


「……私は御影結菜といいます。それで、その……もう一つ質問してもいいですか?」

「なんでしょうか? 私が答えられる範囲でしたらかまいません」

「……ここはどこですか?」


 結菜の質問にアンゼリカはゆっくりと首を傾ける。

 それはそうだろう。行き倒れを助けて(?)いたら、相手にここはどこかと尋ねられたのだ。結菜が彼女の立場にたったとしても似たような反応を返すような気がする。


「あなた……バカなんですか?」


 バカは言い過ぎかもしれないが、ある意味当然の反応である。

 しかし、この場所は少なくともあの田んぼの中の一本道ではないし、残念ながら近所でこのような場所があったような記憶がない。そうなると、田んぼで倒れた後に知らない場所に来た……例えば、陽菜が使った謎の力で本当に異世界へ来てしまった可能性が頭の中をよぎる。

 なので、ここで彼女が自分の家の近所の地名……いや、最悪地球のどこかの地名を言ってくれれば、そこへ行った原因はわからないながらも家に帰ることはできる。


 そんなかすかな希望も含めた質問だったのだが、そんなものはアンゼリカの答えで簡単に砕かれてしまった。


「……ここはライトイーリス連邦の中南部にあるムーンボウ自治区ですよ。そんなことすらわからなくなるなんて何かあったんですか?」

「あーと、その……」


 ここにきて、結菜は答えに詰まってしまった。

 正直に“異世界から来たんですよ”などと答えてしまった暁にはこれ以上のないあきれ顔かもしくは完全に頭がおかしい人認定されてしまう可能性がある。

 だが、だからと言ってそれを伏せたうえで話を進めるというのも問題が大きい。仮に出身地などを聞かれれば答えに詰まるのは必至だし、今住んでいる家もない。それに住居の確保や通貨のこと、この国の法律など下手をすれば死活問題にすらなりかねない問題が山積だ。


 ここでの正しい選択はどれだろうか? 少ない選択肢の中で結菜は必死に答えを出そうとする。


「……あの、もし答えるのが難しいのでしたら、不審者としてそのまま自警団に引き渡すだけなのでかまいませんし、そうではなくて事情があるのなら、ある程度突拍子もないような内容でも聞きますよ」


 時間にして五分ほど悩んでいた結菜であったが、アンゼリカからそんな声をかけられたことで即断した。

 頭がおかしい云々以前に自警団に引き渡されるのはさすがにまずいという方向にだ。


 結菜は少し首を動かして改めて現状を確認した後にゆっくりと口を開いた。


「あの……本当に突拍子もないことなんですけれどもいいですか?」

「はい。私はギルドで受付をやっていましてね。そんな仕事をしていると突拍子もない話なんて言うのはしょっちゅう飛び込んでくるので大丈夫ですよ」


 割と平然とした顔でアンゼリカがそういうものだから、彼女なら理解してくれるのではないかという淡い期待を持ちながら結菜は彼女に事情を話すことにした。


「あの……実は……その、断定はできないんですけれども……私はこの世界の住民ではないといいますか、その……この世界ではない場所の出身でして……なんというか、気が付いたらこんなところに倒れていたので行き倒れであることは間違いないかもしれませんけれども、ただなんというか目を覚ましたらアンゼリカさんがいたといいますか、なんといいますか……」


 誤解を与えないように慎重に言葉を選びながら口を開く。

 先ほど元の位置に戻った首が再び傾くが、それはある意味当然の反応だろう。


 さすがに突拍子がなさすぎるかもしれない。


 どうせなら適当にごまかしたほうが良かったかもしれないと後悔し始める結菜の前でアンゼリカはポンと手をたたいた。


「なるほど。異界の出身の方ですか。それでいて、別に自分の意思など関係なく気が付いたらここにいたと。最初からそう言ってくださいよ。全く……不審者なんじゃないかって思った私がバカみたいではないですか」


 アンゼリカの反応は予想外の好感触であった。

 結菜が目をぱちくりさせていると、アンゼリカは天使を思わせるような柔らかい笑みを浮かべて、結菜の頭の上にポンと手を置いた。


「もしかして、信じてくれないかもしれないとか思っていましたか? さっきも言ったはずですよ。多少突拍子のない話でも信じると。私はうそをつきませんから大丈夫ですよ」

「いや、でもこれはいくら何でも……」

「まったく、信じてほしいのか疑ってほしいのかはっきりしてくださいよ。あなたは本当に変わったお人ですね」


 こんなにあっさりと信じてもらったという事実を信じられずにいる結菜を見てアンゼリカはころころと笑い声をあげる。

 彼女は結菜の頬にゆっくりと手を伸ばした。


「安心してください。私、そういう話に興味があるんです。本当にあなたが異界出身なら、その世界の話をすることともう一つの条件をのんでもらえたら住居を提供してあげます。どうですか? 悪い話ではないと思いますよ」


 彼女はそれ以外の選択肢などないといわんばかりに自信たっぷりな口調で、おまけに人の悪そうな笑みを浮かべながらそう告げる。

 確かに彼女の言葉は間違っていない。実際問題、今この場で彼女が差し伸べてくれた手を振り払ったところで結菜には行く宛がないので、この場を離れたところで今度こそ本当に行き倒れてしまうだろう。そうなったときに誰かが手を差し伸べてくれるという保証はないし、仮に誰かがそうしてくれたところで必ずしもそれが善意からのものであるとは限らない。


 少なくとも目の前にしゃがんでいる少女からは悪意は感じないし、本当に助けてくれるのかもしれない。


「せめて何か言ってくれないと私としても困るんですけれど……あぁもしかしたら、話がうますぎるって疑っていますか? まぁ仕方ないですよね。私としてはとりあえず、信じてついてきてくださいとしか言いようがないのですけれど……あぁそうだ。でしたらこうしましょうか」


 一瞬、困ったような表情を浮かべたアンゼリカはわきに置いていたカバンの中に手を入れる。

 彼女はしばらくカバンの中を探った後、そこからナイフを一本取りだした。


「はい。これ渡しておきますね。後ろを歩いてきていて、少しでも怪しいと思ったら刺してもらって構わないので」

「えっいや、そんな!」

「ほら、ついて来るんですか? それとも、こないんですか? 私としてもこの後仕事があるのであまりのんびりとしていられないんですけれど」


 早く決断しろと言わんばかりにそんなことを言うアンゼリカを前にして、結菜は動揺が隠せない。

 どうして、彼女は自分のためにそこまでしてくれるのだろうかという疑問が頭の中をよぎる。


 だが、ここまで来て断るという選択肢はないと考えたほうがいいかもしれない。


「……あなたについていきます。案内してもらってもいいですか?」


 最初にアンゼリカに発見されてからおそらく二十分ぐらい。

 御影結菜はようやく彼女を信じてついていくという選択肢を選んだ。


「やっと信じてくれたみたいですね。まぁ私もナイフで刺されたりしたくないので怪しまれないように気を付けて案内しますかね。この町の説明だとか、もう一つの条件だとかそのあたりはあとで話をするのでとりあえずついてきてください。もちろん、もう一つの条件が気に入らないのであれば、その場で出て行ってもらって結構なので」


 彼女はそういった後、荷物を持って立ち上がる。

 長い間、固い地べたに寝そべっていたからなのか、すっかりと固くなってしまった体をゆっくりと動かして立ち上がる。

 どうせなら体を起こしてから話をすればよかったと思ったが、今となっては後の祭りだ。


 結菜はあちらこちらが悲鳴を上げる体をゆっくりと起こした後、アンゼリカの背中を追いかけて歩き始めた。

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