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第十七話 接客ができない武具店主(中編一)

 レモマールの店の一番奥にあるカウンターの横にある扉の向こう。

 店にあるスタッフだけが入れる扉の向こうというと、倉庫になっていたり事務室になっていたりというイメージがあったのだが、実際にはそのようなことはなく、そこあったのは絨毯が敷かれ、机やいすがおかれている普通の部屋だ。視界の端には小さなキッチンや食器棚も見える。


「……えっと、ここは?」

「レモマールの自宅じゃないですか? 私も初めて入ったのでよくわかりませんけれど……」


 アンゼリカがいうと、レモマールは無言のままコクコクと首を縦に動かす。


「あーやっぱりそうなんだ……」


 コンビニやスーパーじゃあるまいし、自営業なんてそんなものなのかもしれない。ただ、見た限りこの部屋の入り口と通りに面する入り口に以外に扉は見当たらなかったので倉庫がどこにあるのだろうか? もしかしたら、魔法でインベントリのような空間を作り出してそこに収納しているのだろうか? そうだとすれば、その取り出し口はカウンターの下とかそういったところかもしれない。


「そこ……適当、に座って」

「ありがとうございます。ユイさんも遠慮しなくてもいいですから座ってください」


 なぜか、家主でも何でもないアンゼリカに促されてユイは近くに置いてあった椅子に座り、アンゼンカもそのすぐ横に座る。

 レモマールはそのままキッチンに向かうと、カップを二つ食器棚から出して紅茶を入れ始める。


「それにしても、あなたが自宅に他人をあげるなんてことあるんですね? 明日は天変地異ですか?」

「……私だって、ひとを……家に、入れることぐらい……ある」

「その心は?」

「……今まで、来たの……アイリスだけ」

「それは来ていないのと同義だと思いますけれど?」

「……そうとも……いう」


 アンゼリカとレモマールの会話を聞いていると、レモマールは紅茶の入ったカップをもって机に戻ってくる。

 ユイとアンゼリカの前にそれぞれ紅茶を置くと、もう一度キッチンに戻って自分の分の紅茶を取ってくると、彼女はちょうどユイの向かい側になる席に腰掛けた。


「……それで? そろそろ真相を話してくれませんか? あなたが頼もうとしている依頼。ただの依頼ではないでしょう?」

「どういう……こと?」


 アンゼリカの言葉にレモマールが不快そうに眉を潜ませる。

 しかし、アンゼリカはそんなことは関係ないといわんばかりに小さく笑みを浮かべたまま話を続行し始めた。


「簡単ですよ。これまであなたが私を指名して店番をしてくれといったとき。そのときは決まって、そのことが依頼書に明記されていましたし、何よりも根本的な部分を超絶人見知りのあなたがほいほいとユイさんを信頼して、クエストの受領者に指名するわけがありません。それができたのなら、あなたは一人で店を切り盛りできるはずですからね」

「それは……そうじゃなくて……みせ、ばんを……アイリス。しばらく、帰ってこない……から」

「レモマール。お願いですから変にごまかしたりとかそういうのはなしで話をしましょうか。どうぞ、ゆっくりとお話しください」


 アンゼリカが促すと、レモマールは気まずそうに視線を泳がせる。というか、レモマールに会ってからここに来るまでの会話といっていることが若干違っている気がするのは気のせいだろうか?


 そんなユイの思考など置き去りにしてレモマールとアンゼリカの話は続く。


「……レモマール。あなた、昔からそのくせは治りませんね……私だって最初は店番の仕事だと思っていましたし、ユイさんのことを少しは信頼してくれたのだと思っていました。そして、そのことを喜ばしく思ったので迷うことなくユイさんをここに連れてきたんです。でも、バイトちゃんぐらいしか家に入れたことのないあなたが、私はともかくユイさんを家に上げた……あなたがここまでする理由があるとすれば、バイトちゃんがらみで何かあったんじゃないですか? あぁそれとも、店の中でバイトちゃんの行方を聞かれたら不都合だったとかそういうことですか?」

「………………さすが、アンゼリカ……でも、ユイ……さんには普通に店番を……してもらえばいいから。依頼主のいうことを……聞くのが冒険者、でしょ? 仕事は……一応……教えるし、不都合な、ことは……ない、よね?」


 しかし、アンゼリカがどれだけ説得したところでレモマールはユイの仕事が店番だということ以上を言うつもりはないらしい。

 こんな風に含みがあるような言い方をされると逆に気になってしまうわけだが、ある意味でレモマールがいうことはもっともかもしれない。


 アンゼリカからすれば納得のいかない話なのかもしれないが、ユイからして必要最低限の情報は引き出せているように思える。最も、なぜアンゼリカではなくユイを指名したのかという謎はどうにも解けそうにはないが……


「……ちょっと気になるけれど、店番だけならこのクエスト。受けるわ」


 理由が何にしても、これ以上の議論は不毛だ。

 そう判断したユイは二人の間に割って入るような形でそう進言した。


「なにを言っているんですかユイさん! 確かにレモマールは私の友人で信頼できる相手かもしれませんけれど、少し怪しいですよ?」


 ユイの言葉が意外だったのか、アンゼリカは目を丸くしていて、そのままユイの肩をがっしりとつかむ。おそらく、考え直してほしいとでも言いたいのかもしれないが、どうにもその言葉が口から出ない様だ。ギルド職員という立場がそれをさせているのだろう。


 そもそも、アンゼリカが怪しいと言うのは至極もっともな判断だとユイは思っている。しかし、冒険者が依頼主から依頼を受けてクエストをこなすということをしている以上、それを聞かなければクエストの遂行に支障が出たり、危険な事態が発生するような場合を除いて、依頼主が余計な詮索をしないでくれというのならそれに従うべきだし、こちらも必要以上に詮索するわけにはいかないだろう。

 アンゼリカはいまだに納得していない様だが、レモマールはユイの返事を聞いて満足したらしく、小さく笑みすら浮かべている。


「……だったら、そこの……アンゼリカ、はおいて……おいて。話をしましょう?」

「いえ、それはお断りします。アンゼリカがいないと私が話を理解できないと思うので」

「……そう。まぁ、アンゼリカ……埋め合わせ、は……後でするし……クエストの、依頼条件に……反することは、しないから」


 いまだに納得する様子を見せないアンゼリカを前にレモマールは欲しいものをねだっている子供のようにつぶらな瞳でアンゼリカを射貫く。

 しばらくそれに当てられたアンゼリカは大きくため息をつく。


「……仕方ないですね。冒険者が依頼を受けるといった以上はこちらも必要以上に止める必要はありませんし、依頼条件に反することはしないとまで明言されたら断る理由もないかもしれませんね。でも、話せる時でいいので事情ぐらいは話してくださいよ」


 アンゼリカからかけられた言葉にレモマールは無言でうなづいてから、スッと立ち上がる。


「……そうそう、一つだけ……お願い、いい?」

「お願いですか?」

「うん、その……店番、ね……私、お店……開けちゃうから、指導を……アンゼリカに、お願いしたい、って思ったの。その方が、いいだろう……から」


 レモマールの言葉を聞いてユイはさらにおおきくためいきをつく。


「わかりましたよ。それにしても、レモマールの口から店の外に出るなんて言う言葉が出るなんて思いませんでしたよ。何ですか? 明日の天気は雨でしょうか?」

「……だか、ら……空から、水が……降ってくる、なんて……ありえない。とり、あえず……簡単な、説明は……するから、ついてきて」


 ようやく依頼が成立となり、レモマールは待っていましたと言わんばかりに立ち上がり、ユイとアンゼリカについてくるようにと促し始める。


 ユイとアンゼリカはどちらからともなくうなづくと、彼女の背後について歩き始めた。


「それにしても、レモマールはどういうつもりでユイさんに依頼を出したんでしょうね? 結局そこが謎のままです」

「まぁいいんじゃないの? あとでちゃんと話してくれるなら」

「……その程度で済めばいいんですけれどね……」


 アンゼリカはもう一度ため息をついて、後頭部に手を添える。


「ねぇ私レモマールの事よく知らないから聞くんだけどさ。この事態ってそんなにまずいの?」

「……それを今頃聞きますか? まぁそうですね。すぐに気付けなかった私もうかつでしたけれど、冷静に考えればまずい事態が起きていると思います。まぁほとんど私の経験則と勘ですけれど」

「まぁそれでも十分といえば十分かもね……でも、それってわざわざ聞き出さないといけないことなの?」

「……ユイさんはユイさんで独特の考え方をしていますね……」


 さらにアンゼリカがため息をつく。

 そんなにため息ばかりついていると幸せが逃げていくのではないかと心配してみるが、そういうところがずれているのだろうか?


「……もしかして私が言った言葉の意味わかっていませんか?」

「えっと……アンゼリカがあまりにため息をつくから幸せが逃げるんじゃないかって心配を……」

「そうですか……あぁもうわかりましたよ。どうやら、この世界の言語だけじゃなくてもっとその……冒険者の心得的なモノも含めていろいろと教えないといけないみたいですね」

「えっ? うん。まぁお願い」

「はいはい。わかりましたよ」


 アンゼリカはそんな風に返事を返しながらもう一度大きなため息をついた。

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