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第十六話 接客ができない武具店主(前編)

 ギルドを出た後、アンゼリカの後ろについて歩いていると、彼女は迷うことなくギルドのすぐ近くにあるレモマールの店に入っていく。

 突然のことにユイは一瞬、立ち止まってしまうが、すぐにアンゼリカの背中を追って店に入る。


「依頼主のところに行くんじゃないの?」

「えぇ。ですから、ここに来たんじゃないですか」

「えっと……つまり?」

「ちょうど、レモマールが依頼主のクエストなんですよ。大方店番を手伝ってくれとかそのあたりでしょうけれど、ユイさんは彼女と面識があるのでちょうどいいと思った次第ですよ。ご不満ですか? まぁ不満でもユイさんを指名しているので拒否権はありませんけれど」

「あぁいや、そういうわけじゃないけれど……」


 武器屋の接客を代わりにしろとかそういう話なら、別に問題はない。ただ、あの店主のもとでちゃんと接客ができるかと聞かれるとそこはかとなく不安だ。

 まず、第一に仕事をちゃんと教えてくれるかという点と、何かわからないことがあったときにレモマールに聞いて答えが返ってくるかという点、さらに言えば武具の扱いは勿論、接客業の経験もないのでそんな状態で仕事ができるかどうかという心配だ。


 そのあたりも加味したうえでアンゼリカはクエストを選んでいるのかもしれないが、いまだに詳細な説明がない当たり、とりあえず会いに来て話を聞いてくれぐらいの事が書いてあったのかもしれない。もっとも、内容はともかく単純にユイを指名しているから選んだだけなのかもしれないが……


「レモマール。いるんでしたら返事をしてください」


 店に入ってから数分。昨日と同様にアンゼリカが声をかけると、これまた昨日と同じように店の奥から大きな音がする。

 どうやら、彼女はまた崩れた商品の下敷きになったようだ。


「……ねぇアンゼリカ。これって毎回なの?」

「えぇ。毎回ですよ。そして、今回も引っ張り出さないと話にならないので手伝ってください。もっとも、よほどのことがない限りは自力で出てくるでとは思いますけれど」

「あぁやっぱりそうなるのね……」


 ユイは思わずため息をついてしまう。

 昨日よりも音は小さいのであれほどのことはないだろうが、それでもレモマールが自力で出てこなかった場合、商品をどかすという非常に面倒な動作が発生するのは間違いない。

 それにしても、人見知りというのは仕方ないことなのかもしれないが、恥ずかしがり方というか、隠れるにしてももう少しうまいやり方というのはなかったのだろうか?


「まぁよほどじゃない限り手伝いは必要ないので大丈夫ですよ。えぇ。大丈夫なはずです」


 アンゼリカのそんな言葉を聞きながらユイは店の奥へと入っていく。


 長細い店内の廊下を進んでいくと、レモマールがいる場所はすぐに見つかった。

 昨日ほどにはないにしろ、通路はひどい状態だ。わかっていたこととはいえ、戸惑っているユイに対して、アンゼリカは非常に慣れた様子でその山に近づいていく。


「レモマール。出てきてくれませんか? それとも、昨日みたいに引っ張り出しましょうか?」

「…………だい、じょうぶ。自分、で……でる」


 昨日よりいくらか早く聞こえてきた彼女の声は相変わらずか細い。

 崩れた商品の山の前で待っていると、ガタガタという音が何回かたったあとに白く細い手が現れる。

 それをきっかけにもう一方の手が出てきて、前に這い出そうと動き出す。


 崩れた木箱の中から手が出てきて、しかも這い出ようと動いているその光景は出来の悪いホラー映画のようだ。


「本当に大丈夫?」


 その光景を見かねたユイが声をかける。

 アンゼリカが焦ったり、手を貸したりといった様子を見せないあたり大丈夫なことは確かなのだが、それを加味してもどうにも不安になる。


 そのまましばらく待っていると、ガタンという音と共に山の一部が崩れてようやく、レモマールが姿を表した。


「…………いらっしゃい、ませ……レモマール武具店に……よう、こそ」

「こんにちわレモマール。私たちが来た理由、わかりますか?」

「……ギルドに、張った……依頼?」

「そうです。ユイさんを名指しで指名した理由と合わせてお話を聞いてもいいですか?」

「うん……わかった……」


 アンゼリカの問いかけにレモマールは小さな声で答えてから店の奥に向けて歩き出す。どうやら、案内してくれるようだ。

 アンゼリカとユイはどちらともなく歩き出し、レモマールの後ろについていく。


 狭い店内の通路がところどころ商品の山でさらに狭くなっているあたり、本当に来訪者がくるたびに先ほどと同じように商品の中に隠れ、そのあと片付けていないのだろう。

 現に先ほどの木箱も元の場所であろう場所に戻していない。最初に来たときに比べてこれほど散らかっているというあたり、昨日アンゼリカの話に出てきたバイトの人がいつも片付けているのだろう。というか、床に何度も落としたりして、中に入っている商品は大丈夫なのだろうか?


「商品……入れる、箱……には、魔法……をかけて、いて……ちゃんと、保護……してる」

「そうなんだ……」


 レモマールは人の心を読むことができるのだろうか? そう思わざるを得ないほどのタイミングでのレモマールの言葉にユイは若干驚くと同時にそんなところに魔法を使うぐらいなら、崩した商品の山に潜る必要などないのだろうか?


「……人の、顔……見るの……恥ずかしい……」

「えっあぁはい……わかりました……」


 これまた、ユイの心を読んでいるかのような発言だ。それとも、誰しも大体このぐらいのタイミングで似たようなことを聞くということなのだろうか?

 そのあたりの真相はレモマールにしかわからないが、わざわざ口に出して聞くほどの事ではない。また、興味がわいて来たら少し調べてみてもいいかもしれないが……昨日からの印象だけでいえば、レモマールは魔法にたけているようだし、もしかしたらそういった類の魔法が使えるのかもしれない。


 そこまで考えた後にユイは彼女が何か答えを提示してくれるのではないかとレモマールの背中を見てみるが、そのような様子はなく、彼女は無言で歩いているだけだ。


「……ユイさん。また考え事ですか?」


 そんなレモマールに代わってアンゼリカが声をかける。


「いや、大したことじゃないから……にしても、レモマールのクエストって何だと思う?」

「……そうですね……そもそも、彼女からクエストが出ること自体まれですからね……それも昨日知り合ったばかりのユイさんを指名するというのはより不可解です。私を指名して店番をしてくれっていうのは何度かありましたが……」


 何かいやなことでも思い出したのか、アンゼリカが重々しくため息をつく。


 その様子を見る限り、レモマールの店の店番というのは大変なのかもしれない。


「……つまり、私に店番をやれと? というか、アンゼリカも冒険者なの?」

「前者から答えますと、店番の確率は高いと思います。いつものバイトちゃんはいないようですし……後者に関しても肯定です。というか、ギルド職員の大半は冒険者カードを持っていますよ。誰も受けないクエストをこなしたりしないといけないので……」

「そういえば、前にもそんなこと言っていたね……」

「えぇ。ですから、レモマールのようにギルド職員を名指しで指名する人も少なからずいるわけです」

「なるほど……」


 確かに対応してくれた人が冒険者だろうが、ギルド職員だろうが、その対応が良ければもう一度お願いしたいと思うのは当然の心理だ。それはユイが依頼主の立場に立ったとしても同じことだ。特にレモマールのように人見知りの激しい人物だと、知らない人が来たときに対処できないだろうから余計にそうなのかもしれない。


「まぁそう考えると合理的よね」

「……ギルド職員からしたらたまったもんじゃありませんけれどね……レモマールはまだいい方ですけれど、中にはもっと別の目的をもってそういうことをする人もいるぐらいですから……まぁとにかく、理由はわかりませんがレモマールが本業が冒険者であるユイさんを指名したというのはいい傾向ととらえて間違いないでしょう」

「アンゼリカ……全部、聞こえ……てる」


 ゆっくりと振り向いたレモマールの目には確かに抗議の色が浮かんでいる。

 彼女に言わせれば、困らせているつもりはないということなのだろう。


「いえいえ、レモマールのことを言っているわけではありませんよ。先ほども言いましたが、レモマールは問題ないんですよ。店での接客はギルドでの受付に近いものもありますし……まぁ中にはやましい理由で女性冒険者やらギルドの女性職員を指名する人もいてですね……あぁそうだ。ユイさんなんて見た目も悪くないですし、性格も冒険者にしてはかなり穏やかなので気を付けてくださいね。変だと思ったらすぐに相談してもらっても構わないので」

「……えっと、うん……わかった……」


 どこの世界においてもそう言ったことはあるということなのかもしれない。

 家に直接来てほしいとかそういうたぐいのクエストは少し注意した方がいいかもしれない。


「……というわけでレモマール。そろそろユイさんを指名した理由を聞いても?」

「……それは、あと……もう少し、で……つく、から……」


 レモマールは自分の進行方向を指さす。

 そちらの方へと視線を動かしてみると、永遠と続くかと思われた通路の終点である壁とその前にあるカウンターが見えてくる。その見え方からしてあと数分もしないうちにそこに到達できるだろう。ただ、そこが本当に一番奥なのか不安になってくるというのもまた事実だ。実はその壁際で通路がまがっていて、さらに奥に続いている何てことがあるかもしれない。


 ユイはそのことを確かめるために前を歩くレモマールに話しかける。


「あのカウンターが一番奥なの?」

「……そう。あの、カウンターの……横に扉、が……あるの」

「あーなるほどね……」


 彼女がいう店の奥というのはその扉の向こうにある場所のことを言っているのだろう。

 それにしても、店に入ってからこの場所にたどり着くまで結構時間がかかっているような気がするが、店に入った客は会計をするたびにいちいちこの場所まで来ているのだろうか? そう考えると、いささか面倒な構造に思えてくる。


「……ねぇ? 変な……こと、考えてる?」


 その思考を読み取ったかのようにレモマールが話しかける。


 やはり、彼女は人の思考を読むことができるのではないだろうか?


 ユイはそんなことを考えながら店の奥に向けて歩いていった。

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