第十五話 ギルドに来た騎士
五階にある食堂で食事を終えた後、ユイとアンゼリカは軽く五階にある施設を見て回ってから一階へ降りてきた。
一階のホールは早朝にもかかわらず、すでにたくさんの人であふれていて、昨日と同様かそれ以上に活気に満ち溢れていた。
ここまでユイを連れてきたアンゼリカは、適当にクエストを選んでくるという言葉を残して、掲示板前の人ごみの中へと消えていき、ユイは広いホールの中央付近でポツンと一人取り残される。
「……ねぇそこのお嬢さん。そんなところで何をしているの?」
暇だからギルドのホールに出入りする人たちの観察でもしようかと思っていたユイにたまたま近くを通りかかった男が声をかける。
普通の人から見ても長身に映るであろうその男はぼさぼさの髪の毛をガリガリとかきながらユイを見下ろしている。
そのことに対して、少し不快だと思ったが、そういったものをなるべく表に出さないようにしながら、ユイは彼の方に向き直る。
「人を待っているんですよ」
とても簡潔な返答だったのだが、男は大体の事情を察したのか直ぐに納得したような表情を浮かべた。
「なるほど。新米の冒険者か。大方、ギルドの職員の方にクエストを選んでもらっているとかそのあたりか?」
「えぇまぁそんなところですね。そういうあなたはこんなところで女の子に声をかけて、ナンパでもするつもりですか?」
「おいおい。それはないだろ。冒険者の女はじゃじゃ馬が多いからな。ナンパをするならこんなところよりもしゃれた店が並んでいる通りを歩く方がセオリーだよ」
「ふーん。そう」
ナンパの方法など知る必要のない情報だ。
これ以上聞いていても仕方がないし、早々に話を切り上げて離れたいが、アンゼリカはまだ掲示板に張り付いてクエストを選んでいるからこの場所から移動できないし、男の方もまだ移動する気配はない。
「そうだ。まだ名乗っていなかったんな」
ユイの心境など知る由もないだろう男は聞いてもいないのにそんなことを言い出す。
「私はアーサー。連邦直属騎士団所属の騎士だ。だからといって、敬語は必要ないぞ。それと、ここには時々来るから剣を習いたかったら声をかけてくれ。新米冒険者君」
「……新米冒険者ではなくて、ミカゲユイよ。機会があれば頼むかもしれないわね」
ユイが適当にあしらうぐらいのつもりで答えると、騎士を名乗った男は豪快な笑い声をあげながらユイの肩を叩き始める。
「はっはっはっ冒険者をしていると、すぐに必要になるさ。何なら、今日のクエストが終わった後とかでもいいぐらいだ」
「……それは遠慮しておくわ。しばらくは魔物の討伐クエストなんかは受けるつもりはないし……どうせなら、私よりも有望そうな冒険者を探したほうがいいわよ」
「いやいや、適当に選んでいるわけじゃないさ。鍛えれば有望そうな人にしか声をかけないからな。俺は」
「そう」
有望そうな人にだけ声をかけているのなら、彼の眼は確実に間違っている。
極端に運動ができないユイが剣術を学んだところで、重い剣を持ち上げられるかどうかという時点から怪しい。
だが、わざわざそんなことは口にする必要はないし、それでも鍛えればきっとなどと食い下がられても迷惑なのでできる限り興味がなさそうにふるまって、相手の方から早々に立ち去ってもらった方がいいだろう。
アーサーに対してそれがどれほど通じるのかは完全に未知数だが……
「どうだい? 君が待っているギルド職員が来るまででもいいから話を聞いてみるかい?」
「……お断りするわ」
「おいおい。まったく……大体の冒険者は目を輝かせて聞きたがるものなんだなが……」
「やっぱりナンパ目的なの?」
「だから、違うって言っているだろ?」
しかし、話せば話すほど彼は騎士ではなくただのナンパ野郎にしか見えなくなってくる。正直言って、こちらの世界のことをよく知らないので彼が本当に騎士なのか調べるすべがないというのが原因なのかもしれないが、一番大きいのは彼の振る舞いがユイがイメージしている騎士よりも大きく離れていることにあるかもしれない。強いていうなら、名前がいかにもそれっぽいというところだろうか?
それ以外の点に関しては服は鎧ではなくて普通の麻の服を着ているし、髪もぼさぼさ、体躯も細くそこまで強い印象は受けない。
この世界において騎士というのがどういう風に認知されているかわからないので下手にそういうことは口に出さない方がいいだろう。
「どうしたのさ? すっかりと黙っちゃって……おかしいな。剣術を教えてあげるっていえば大体の冒険者は食いつくのに……」
聞いてはいけないような類のぼやきが聞こえてしまったが、おそらく気のせいだろう。
「とにかく、私はついていかないのでナンパなら他をあたってください」
「……まったく、ナンパじゃないって言っているはずなんだけどね……」
ナンパ野郎呼ばわりされて本気で困っているか、アーサーは小さくため息をつきながら頭をがりがりとかく。
「あらあら、これはこれはアーサーさんじゃないですか? またナンパですか?」
ちょうどそのとき、アンゼリカがそんなことを言いながら駆け寄ってくる。どうやら、クエストを選び終わったようだ。
アンゼリカの姿を見たアーサーは困ったような表情を浮かべたままさらにため息をつく。
「まったく、君までそんなことを言うのかい? ボクは純粋に剣術の指南をするために声をかけているんだけどね」
「そうでしょうか? その割には女の子にばかり声をかけているように見えますが? あぁもしかして、女の子に剣術を指南するときにあんな所やこんなところを触る妄想でもしているのですか?」
「そうではないといっているだろう。私はやましい気持ちなどまったくなくてな……」
「人を見ているのなら失敗ですよ。ここにいるユイさんは近年まれにみるほどの運動音痴でして、剣なんて持ったところで自分を切りつけて自爆すると思います」
昨日の出来事も助かって、アンゼリカからのユイに対する運動能力の評価は最悪のようだ。あんな転び方をしたのだから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが、もう少し言い方というのがあるはずだ。
そう思っている横でアーサーは困ったような表情を浮かべたままだ。
「……おかしいな。ボクの目利きは間違っていないと思うけれどね……」
「残念ながら間違いですよ。もっとも、いつかはそういう技能は必要でしょうけれど、そういったものはギルドで指導しますから。用事がないのならお引き取り願いますか?」
「いや、今日はリコリス殿に用事があってきたんだよ。というわけで呼んでくれるかい?」
「……そういうことは早く言っていただけませんか? とりあえず、ついてきてください。申し訳ないですけれど、ユイさんも。これ以上変なのに引っかかったら大変なので」
そういうと、アンゼリカはユイやアーサーの返事を聞くことなく歩き始める。
彼女も対応に困っていたのかもしれない。
アンゼリカの後ろを追いかけるようにして歩いていると、横に並んだアーサーが再びユイに声をかける。
「……彼女はあぁ言っていたけれど、私の指導が必要だったらいつでも声をかけてくれ。といっても、普段はライトイーストにある騎士団本部の近くにある宿舎にいるからここにいることはめったにないけれどね」
彼はそういうと再び豪快な笑い声をあげる。
「アーサーさん。そういう勧誘やめてもらいますか? ギルドのイメージが損なわれますから」
「……本当に君は昔から口調が厳しいね。見た目は悪くないんだから、もうすこしかわいく振舞ってみたらどうだい?」
「少なくとも、あなたに対してはそんな態度は取りませんね。そうしてほしいのならもっと、騎士らしい振る舞いでもしたらどうですか? なんであなたなんかに騎士の役割が務まっているのかはなはだ疑問です」
「はっはっはっ相変わらず手厳しいようだ」
この二人、割と前からの知り合いなのだろうか? なんとなく割って入りにくい空気があるし、何よりも二人の態度からして、このような会話はそれなりの頻度で繰り返されているのだろう。
そんな空気の中ではなんとなく居心地が悪いのでユイは自然と一歩引いて少しだけ距離を取る。
「おや、ユイさん。どうしましたか? あぁその男の横を歩くのが嫌だと。まぁそうでしょうね」
「おい。いい加減にしてくれないか? 君は本当に私のことを何だと思っているんだ」
「騎士で女好きな男ですが?」
「前者しかあっていないぞ」
一瞬、声がかかったものの再び二人で話が始まってしまう。
やはり、ここは少し離れたところから見ているべきだろう。そうすれば、アーサーと話す必要もないし、これ以上勧誘される心配はない。
「それにしてもリコリスに何の用です?」
「ん? あぁちょっとな。連邦側から各自治区に通達が出たからそれを届けに来たんだ」
「通達ですか? 基本不干渉の連邦政府からそんなのが出るなんて珍しいですね」
「あぁそうだな。私も少し驚いている。まぁそれぐらいの事態だということだろう」
二人の会話への不干渉を貫いている間に会話がとんでもない方向へと移っていた。
アーサーの訪問理由を聞くアンゼリカはまだしも、こんなところで重大そうな話をしてしまうアーサーには少し問題があるように見える。
幸か不幸かユイたちはあまり目立っていないため、周りでだれかがきいているということはないのだが、もしもそれがきかれていたらどうするつもりなのだろうか? それとも、重大そうに話をしている割にはそう大した内容ではないのだろうか?
「それで? 通達の内容というのは何ですか?」
「さぁ? それは私も知らない。単にリコリス殿への手紙を託されただけだからな。通達はその手紙に書いてあるはずだ」
あっさりと通達がどんな状態で手にあると言及した当たり、本当に大した内容ではないとみて間違いないだろう。
そのあと、二人の話は世話話に移り、そのまま応接室へと到着する。そのあと、アンゼリカとともにリコリスを呼びに行き、ようやくアーサーから離れることができた。
「さて、どこぞのバカのせいで遅れてしまいましたけれど、クエストの依頼主に会いに行きましょうか」
アンゼリカは皮肉たっぷりな口調でそういった後、ユイの手を取ってギルドの出口へ向けて歩き出した。




