第十二話 初クエストの報酬は(後編)
ムーンライト商会東西通りのほぼ中央。
ムーンライト商会南北通りと交差する広場の程近くにある小さな家具屋に結菜とアンゼリカの姿があった。
ここまで五軒ほどの店に入ったが、最初に入った店で見た椅子以外にこれといったものは見つからず、結局ウィンドウショッピングをしているような状態になっている。
普通に考えれば、値段、質、見た目ともにいいものはそろっているはずなのだが、最初に見たあの椅子のことが頭からなかなか離れない。
このまま連れまわしていてはアンゼリカにも迷惑がかかるし、いっそのことあの場でしっかりと即決してしまった方がよかったのだろうか?
「……どうですユイさん。何かいいものはありましたか?」
「んー今のところ何とも……やっぱり、最初の店にあったあの椅子がよかったかな?」
「そうですか……まぁゆっくりと選んでください。時間はたっぷりとありますし、私はちゃんと働いた時間分だけギルドから給料が出るのでむしろもっとゆっくりと選んでください」
「えっ……うん」
どうやら、自分の心配はかなり的外れだったようだ。おそらく、アンゼリカはここまでの一連の流れを新人冒険者にクエストのことについて教えるつもりだからと給料を要求する腹積もりなのだろう。
その内容でギルドに請求して通るかどうかは別として、彼女がその気ならゆっくりと選んでもいいのだろう。
結菜はそう考えなおして家具屋を出て近くにある次の店に入る。
「いらっしゃい。ムーンボウ自治区随一の椅子専門店へようこそ」
店に入るなり、奥の方から明るい女性の声でRPGのテンプレのようなセリフが聞こえてくる。
その声に引かれるように視線を動かしてみると、入り口から見てすぐ左の場所に明るい栗色の髪の毛を短めに切りそろえている女性がけだるそうにカウンターに肘をついて座っていた。
「あの……椅子を探してて……」
「そう。だったら、ここのほかに見る価値のある店なんてないわよ。まぁ私はここにいるから、気になる商品があったらその場で手を二度叩いてくれればそっちに行くわ」
「はい。ありがとうございます」
どうやら、店主はこちらが商品を決めるまで動くつもりはないらしい。
それはそれで楽なので気にしないが、声をかけるとかではなく手を二度叩くというのが少し気になる。最も、それでちゃんと来てくれるのなら気にするほどの事でもないかもしれないが……
「それにしてもすごい数ね……」
「はい。先ほど店主が言っていた通りこの店はムーンボウ自治区で一番大きな椅子専門店でして、他では見られないようなものも多数あります。この通りを一通り見ていい店がなかったらここに案内するつもりでしたし、ゆっくりとみてみたらどうでしょうか?」
店内に並ぶのは視界を埋め尽くすほどに大量に並べられている椅子だ。それも、一目で変わっているとわかるほどの変わり種もいくつか混じっているのも見える。
例えば、天井を見上げてみればつり下げられているわけでもないのに浮いている座椅子のようなものから、店内を絶えず飛び回っている書斎椅子まで様々だ。
ムーンボウ自治区で一番というのは嘘ではないらしく、これならいい椅子が見つかりそうだ……ある意味ぶっ飛んだ方向で……
「ねぇアンゼリカ。普通の椅子はないのかしら?」
店に入ってから約1分。結菜が横にいるアンゼリカに尋ねた内容がこれだ。
最初は椅子がたくさん並んでいるだけのように見えたが、それらすべてが異様なモノだと思うまでたったこれだけの時間しかかからなかった。
そう思うまでにこの店にある椅子は変わっている。
先ほど例に挙げた空を飛んでいる椅子はほんの始まりで、自走式の椅子や座ったら二度と立ち上がれない呪いの椅子、非常食にもなる食べられる椅子(1年はおいしく食べられるらしい)など予想のはるか斜め上を行くような椅子が結構な割合で紛れ込んでいる。
つい先ほども近くの椅子に座ろうとしたら“食虫植物椅子”などという座る気が失せるようなことが書いてあるとアンゼリカが耳打ちするのでその場からそそくさと離れたところだ。
こんな店を知っているのなら、最初から紹介してほしいなどとこっそりと心の中で思っていたのだが、アンゼリカが他にいいところがなかったらといっていた意味が分かってきたような気がした。
要はほかの店で普通の椅子を見て、結菜が満足する様子を見せなかったらここに連れてこようなどと考えていたわけだ。
「ねぇアンゼリカ。私は普通に落ち着いて座れる椅子を求めているの」
「えぇ。ですから、最後の最後にしようと思ったのですが、ユイさんが店に入って行ってしまったので」
「まぁそれは否定しないけれど……」
結菜はせめて、店に入ってからでもいいから止めてくれても良かったのにと思うのだが、おそらくそれはアンゼリカに伝わらないだろう。
実際に最初の店で見た椅子以外に満足のいくものは見つけられていないし、ここなら確かに結菜が元いた世界では見られないようなモノがたくさんあるだろう。ただし、それは求めていないのだが……
「とりあえず、せっかく入ったんですから一回りぐらいは見ていってはどうですか? 意外といいものが見つかるかもしれませんよ」
「いいモノね……見つかるのかしら?」
「見つかるかじゃなくて、見つけるんですよ。レモマールのところと一緒でこれでもかっていうぐらいに広い店なんですから、気に入る品の一つや二つぐらいならすぐに見つかりますよ」
あまり来たくなかったようなことを言っていたアンゼリカではあるのだが、来たら来たで徹底的に見ていこうということなのだろう。
理由はどうにしても、遠からずこの店は訪れていた可能性もあるからゆっくりとみていくのもいいかもしれない。
「ユイさん! 危ないです!」
突然、アンゼリカが結菜を突き飛ばす。ややうつむいて考え事をしていた結菜はそのまま後ろに倒れる。
「なによいきなり……ってえっ?」
再び思い切り打ち付けた頭をさすりながら体を起こしてみると、目の前に見えたのは自分が先ほどまでたっていた場所めがけて思い切りかぶりついている大きな椅子の姿だ。
「なにこれ……」
「ちょっと、ユイさん。椅子専門店って周りを見ないで考え事なんてほとんど自殺行為ですよ。ダンジョンでモンスターに囲まれながら愛を語り合っているようなものです。ほら、早く移動しましょう。また襲い掛かってきても知りませんよ」
前言撤回。こんな店早く出たい。
どうやら食虫どころか食人椅子がおいてあるらしいこの店ははっきり言って危険地帯だ。店主が入り口付近のカウンターから微動だにしていないのもなんとなくわかる気がする。いくら椅子が好きでもこんな危険な店内を悠々と歩けるような気はしない。ましてや、商品を選ぶなどもっての他だ。
「アンゼリカ。やっぱり、この店早く出た方がいいんじゃないの? その、やっぱり危ないというか、怖いというか……」
「……この程度で怖がっていたら冒険者なんてやって行けませんよ。街の外に出れば魔物なんてたくさんいますし、ダンジョンにはトラップが仕掛けられていたりもします。そういったことを考えれば、この店の中をぐるりと一周する価値はあると思いますよ」
しかし、アンゼリカは結菜の考えなど知る由もなく店の奥へ向けて歩みを進めていく。
店の奥へと続く通路は時々別の通路と交差する場所を除いて左右に椅子が並べられているという風景が続いていて、その中でもいくつかの椅子は近くを通ると何かしらの動きを見せている。
先の食人椅子ほど危険なモノはないのだが、普通に椅子として使うなら必要ないであろう機能がついている椅子がたくさんおいてあり、もはや椅子専門店ではなく椅子型からくり専門店とか名乗ったほうがしっくりくるような気すらしてくる。
「ねぇアンゼリカ。この店には普通の椅子はおいてないの?」
「さぁ? おいてないと思いますけれど……そもそも、普通の椅子がほしかったらこんな店には来ませんよ」
「……でしょうね……」
アンゼリカの言葉とこの店の状況を考慮すると、整然と並んでいる椅子も軽い気持ちで座ったら命を失うような事態になりかねない。そんな危険を冒してまで家具を選びたいとは思えない。
しかし、同時にこうも思う。
この世界で生きていくためにはこんな店で堂々と歩けるほどの強靭な精神が必要なのではないかと。
アンゼリカの言葉によれば、冒険者として生きていくためにはこのぐらいのことで帰りたいというようではだめだとのことだ。なら、この程度の事で動揺しないでちゃんと対応することが大切なのかもしれない。
そう思いながら結菜は近くにある椅子に手を伸ばす。
『おい。俺に来やすく触るな。ぶっ飛ばすぞ』
その行動とほぼ同時に低い男の声が聞こえてきた。
結菜は不審がって周りを見回してみるが、アンゼリカのほかに人の姿は見えない。
改めて椅子に手を伸ばすともう一度声が聞こえてくる。
『おい。触るなっていってんだろ』
確定だ。声の発生源は目の前の椅子らしい。
「なるほど。人語を話す椅子ですか。これは珍しい一品ですね」
『黙れクソガキ』
「ただ、恐ろしく口は悪いみたいだけど……ユイさん。次行きましょう」
やっぱり店内の椅子には来やすく触れない方がいいかもしれない。
考えを改めて結菜はアンゼリカの背中を追いかける。
「ねぇこの店の中を一周って言っていたけれど、いつまでかかるの?」
「さぁどうでしょう? 私にもさっぱり……レモマールのところと一緒で広さが定かではないので……そう考えると、この店の中を回るというのは現実的ではないかもしれませんね。どうしましょうか?」
「はぁそうね……最初の店で見た椅子にするわ」
「そうですか。せっかくですから、もう少しここにいたかったのですが……ユイさんがそういうのならそうしましょうか」
店の中を十分見て満足したのか、もしくは別の理由からなのかアンゼリカはあっさりと結菜の意見を受け取り店の入り口へ向けて歩き出す。
結菜も遅れて彼女の背中を追いかけて店の外へと向かう。
帰りは生きにいったん通った道ということもあり、危険な椅子をよけながら無事に店の外へ出ることができた。
「ありがとう。また着て頂戴ね」
これまたテンプレートなセリフで見送られ、結菜とアンゼリカは最初に入った店へ向かって歩いていった。




