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第十一話 初クエストの報酬は(前編)

 ムーンボウ自治区の中心部にある商店街。

 最初は何かいいものはないかと適当に歩いていたのだが、なかなかよさげな店が見つからなかったので、アンゼリカの案内でこの場所まで来たのだ。


 ムーンライト商会東西通りと名付けられているその通りは家具や小物といったモノを売っている商店が並び、人々は思い思いに買い物を楽しんでいる。

 この通りの名前の由来となっているムーンライト商会があるムーンライト広場では食料品などの店が並ぶムーンライト商会南北通りと交差していて、そこが町の中で一番活気がある場所なのだそうだ。


「さて、ここまで来ればかなりの種類の家具や小物がありますし、ほしいものの一つや二つ見つかるのではないでしょうか?」

「そうね……じっくり探してみることにするわ」

「はい。時間が遅くならない限りは付き合いますので自由に選んでください。そういう約束のはずなので」

「えぇ。その言葉に甘えさてもらうことにするわ」


 通りに面している店の数は多い。おそらく、一日ですべて回ることはできないはずだ。もちろん、アンゼリカに迷惑が掛かってはいけないのでほどほどの時間で済ませらるように気を付けようとは思っているのですべての店に入るつもりはない。この通りへの道自体は憶えられたから、今日行かなかった店にはまた後日になってから見に行くというのもありだろう。


 そんなことを考えながら、結菜は商店街の入り口付近にある雑貨屋らしき店に入る。


「いらっしゃい」


 店の奥から聞こえてくるあいさつを聞き流しながら結菜は店の中の商品に視線を送る。

 並んでいるのは生活雑貨が中心で店の奥の方には机やいすが並んでいるのが見える。ただ、店舗の広さは見た目相当で小さい店舗に所狭しとモノが並べられているような印象を受ける。

 そんな店舗の中を結菜は一番奥へ向けて歩き出した。


「おやユイさんは小物よりも机やいすに興味がおありですか?」

「そうね。落ち着いて座れる椅子がほしいわ」

「なるほど。確かにそういった心情はよくわかります。落ち着いて過ごすためには家具の一つ一つにこだわるを持つのは大切ですよね。私も今の部屋に入ったときは長い時間をかけて家具を選んだものです」

「やっぱりそうよね。私は特に椅子は大切だと思うわ。だから、自分にとって座り心地のいい椅子を報酬としてもらおうって思ったのよ」


 いろいろな店を見るといっても、この話を持ちかけられたときから買うものはある程度決めていた。


 落ち着いて座れるいす。


 あの殺風景な部屋を見てからほしいと思っていたモノだ。

 別にベッドに座ればいいのではないかといわれてしまえばそこまでかもしれないが、結菜としてはベッドよりもいすの方が落ち着くような気がするのでどうしてもほしくなってしまったのだ。


 そんなことを考えいている間に狭い店舗の一番奥に到達する。


「……へーやっぱり、どこへ行っても基本的には似たようなものなのね……」


 魔法なんてものが存在する世界だから、空中に浮いているいすみたいなものを存在していたのだが、実際は全く違って、目の前にあるのは木で作られたごく普通のいすだ。それも、ただの木の板ではなく、ちゃんと座りやすく丸みを帯びているあたり、どの世界でも考え方は似たようなモノらしい。


「おやおや、いすをお探しでしたか」


 店の奥で待機していた店主から声がかかる。

 結菜が店主の方を見てうなづくと、彼はニコニコと営業スマイルを顔に張り付けながらそばまで歩いてくる。


「どのような椅子をお探しで?」

「……そうね……とにかく落ち着いて座れるような椅子で予算が……」

「ムーンボウ金貨5枚までです」

「そうそう。ムーンボウ金貨5枚」


 報酬の額を半分忘れていたが、すかさずアンゼリカが補足を入れてくれる。

 ただ、よくよく考えてみれば、こちらの通貨のことをよく知らないのでそのムーンボウ金貨5枚でどのくらいのモノが買えるかということがわからない。

 商品にはしっかりと値札が付いているように見えるが、そこに書いてある数字が金額を現しているのか、それとももっと別の意味を持っているのかすらわからない。


「……ねぇアンゼリカ」

「椅子ならよほど高価なモノを選ばない限りはムーンボウ金貨5枚あれば十分です。そうですね……この店に並んでいるものですと、値札を見る限りではムーンボウ金貨2枚から3枚といったあたりでしょうか?」


 通貨がわからずに困っていると察したのか、すかさずアンゼリカから説明が入る。

 アンゼリカのいう通りなら、ムーンボウ金貨5枚というのは椅子を買うには十分な金額らしい。それを聞くと、実は多くもらいすぎているのではないかとすら思ってしまうのだが、もともとこの金額を提示したのはアンゼリカの方であり、こちらから要求したものではないし、こちらの通貨の価値についてちゃんと理解しているわけではないので下手に首を突っ込まない方がいいかもしれない。


「そうね……例えば、これとかはどうなの?」

「おや、そちらの商品が気になりますか?」


 一番最初に目についた椅子が気になってアンゼリカに聞こうとしたのだが、彼女よりも先に隣に立っていた店主が答える。

 結菜が小さくうなづくと、店主はそのまま上機嫌で説明を始めた。


「おやおや、本当にお目が高いようですね。こちらはかの有名な家具職人であるジェード氏の作品でして……」

「ちょっと待って」


 しかし、説明が始まった瞬間アンゼリカが間に入る。

 店主も結菜も突然のことに目を丸く見開いているが、アンゼリカはそんなことはお構いなしだといわんばかりに人差し指を店主に向けて“ビシッ”という効果音が付きそうな勢いで突き付ける。


「ジェードってあのジェード・アメトリンですか?」

「えっ? はぁそうです。それが何か?」

「何か? じゃないですよ。ジェード・アメトリンが作った家具といえば一級品のはずですよね? それがこんなところで安く売っているとは思えないのですが」

「あぁそういうことですか。やっぱり、わかる方にはわかるのですね! 確かにこちらはジェード・アメトリンが作った一品でして……」

「ですから、そういう御託を聞きたいわけではなくてですね。なんで、こんなところに安く置いてあるのかと聞いているんです」


 店主の説明を遮って、アンゼリカが迫る。

 二人の会話を聞く限り、自分が目を付けた木の椅子は有名な職人の手によって作られた高級品のようだ。それも、この店の店頭に並んでいる価格で売られているのがあり得ないぐらいの……


「……あぁ。それでしたら単純でして、ちょっとした事情から失敗作を安く譲ってもらっているのですよ。もちろん、安全性は保障していますがね。まぁいわゆる訳アリというやつでして、安くなっているんですよ」

「訳アリね……例えば、これだとどんなものなの?」


 二人の会話に割って入るような形で結菜が疑問をぶつける。

 店主は少しだけ考えるようなそぶりを見せてから、背もたれの裏の方を指さした。


「この椅子の場合はこれですね。背もたれの裏に傷がついてしまいまして……ご覧になりますか?」

「えぇ。お願いしてもいい?」

「どうぞ。こちらです」


 店主の男に促されて、結菜は背もたれの裏を覗き込む。

 確かにそこにはいくつかの傷があり、茶色の椅子にいくつかの白い線を引いている。これほどの傷がつけば商品価値が下がるというのも十分にうなづける。


「訳アリっていうのはここだけ?」

「えぇ。この傷がある以外は流通品と同等です。まぁもっと目立つ位置ならともかく、背もたれの裏が少し傷ついているぐらいでしたら椅子を壁際に置いてしまえばわかりませんし、正直な話、普通に使っていればそのうちこのぐらいの傷がつくこともあるので、むしろ自信をもってお勧めできる一品です」


 よほどこの商品に自信があるのか、それとももともとそういった性格なのかはわからないが、店主は自信満々で商品について説明する。

 結菜はしばらくその傷を眺めると、スッと立ち上がって店主の方へと視線を向ける。


「ふーん……なるほどね……ちなみに正規品はいくらぐらいなの?」

「正規品の値段ですか? そうですね……ムーンボウ金貨でいえば20から30枚といったところでしょうか?」

「つまり、この訳あり品は10分の1の値段だといいたいの?」

「はい。その通りでございます。多少傷がついているとはいえ、ジェード・アメトリンの作った一品がこのお値段ですよ。これを逃せば、この値段では二度と手に入らないかもしれません。いかがいたしますか?」

「10分の1ね……」


 そこまで聞いたうえで結菜は思考を巡らせる。

 訳あり品だから安いというのは十分わかる。だが、それにしても10分の1というのは安すぎではないだろうか? 安さを強調するために店主が大げさに言っている可能性もあるが、そうだとしても少し割引額としておかしい気がしてくる。


「……そうね。ほかの店も見てから決めたいから、取り置きなんかはできたりするの?」


 結菜が尋ねると、店主の男は少しだけ考えるようなそぶりを見せた後に答え始める。


「……そうですね……でしたら、今日のうちでしたら店のおいておきましょう。まぁもちろん、他の店の商品を見て、これがいらないというのであればその旨をちゃんと伝えに来てほしいところではありますけれど」

「わかったわ。ありがとう」

「いえいえ、それではまたのご来店をお待ちしております」


 店主との会話を終え、何か言いたげなアンゼリカを連れて店から出る。

 あのままもう少し話をしていてもよかったのだが、時間は有限だ。長々と商品価値について聞いたところで自分が気に入ったものでなければ買うつもりはない。


「……あぁそういえば、座らせてもらった方がよかったかしら?」


 座り心地がいい椅子を探しているのに説明を聞くだけで終わってしまったと若干後悔しながらも結菜はムーンライト商会東西通りに繰り出す。

 結菜はめぼしい店がないか探しながらアンゼリカとともにムーンライト商会東西通りを広場の方へ向けて歩いていった。

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